HiFiオーディオ教室

 AUDIO LESSON 95 「オーディオの始まり−12」 7/1
 レコードのLP化にともない、日本にハイファイ技術が移入された当初は、スピーカーもアンプも、やはり外国製品が主流でした。
 記憶に新しいところでは英国タンノイ社の「オートグラフ」が、作家の五味康祐氏が愛用しているということから大きな人気を得ました。

 このスピーカーは15インチの同軸2ウエイ型のユニットを使用し、背面を複雑な構造のバックロードホーンにしたもので、結構な大きさのものでした。モノラル時代の製品ですから、重心が低域にあり、まさに威風堂々という音色で、大型の響きの豊かなリスニングルームで聴くときは、流石というプレゼンスを感じさせました。

 その後、米国製のJBL社のモニター用スピーカーが、主としてジャズファンを中心に大きな人気を集めました。4320、4343、4350などの43シリーズです。ロサンゼルスの太陽一杯という雰囲気で、ウエストコースト・サウンドなどと称されていました。
 ステレオ初期に発表された「パラゴン」はその華麗な外観デザインから、人によっては信仰に近い程の愛着を持ったものです。今後も、このデザインを凌駕するスピーカーが出ることはないでしょう。

 このころ、ハイファイオーディオの先達として著名な故高城重躬氏が「ストレートホーン」タイプのスコーカー、ツイーター、更には低音ホーンも推奨されて、日本独特の高忠実度スピーカーを発展させました。あくまでも透明、精緻な音色を追求するという方向でした。

 面白いのはこの3者、すなわち、英国流/ウエストコースト・サウンド/ストレートホーンシステム、はまさに三者三様で、それぞれの贔屓を集めていました。

 そうこうするうちに、ようやくオーディオが産業として成り立つということになって、日本の大手メーカーは優秀な人材と資金を投入して、完成度の高いスピーカーシステムを次々と製品化しました。

★三菱ダイヤトーン:放送局用モニタースピーカー「2S−305」があまりにも有名です。同様に小型モニタースピーカーとして設計された16センチのシングルコーン「P−610」は超ロングセラーで、知らなければ初心者扱いされるほどの名品でした。
 最後期の「DS−V9000」はその当時のスピーカー設計技術の粋を具現化したもので、その後も日本ではこれ以上の製品は見あたりません。

★パイオニア:スピーカーと言えばパイオニア社といわれる名門メーカーです。高品質のスピーカーをリーズナブルな価格で提供し、日本のオーディオの発展に大きな貢献をしました。
 「S−955」は大振りなブックシェルフタイプですが、名器として今でも愛好者がいます。

★松下テクニクス:理論的に極め尽くしたという感じの高級スピーカーを幾つも作りました。タイムアライメントを取り入れたのも世界で最初の筈です。

★ソニー:角形平面振動板の4ウェイ「APM−8」は分割振動を徹底的に排除し、全域をピストンモーションの領域でカバーするという理想的なスピーカーでした。

★ヤマハ:楽器メーカーとして、音楽の視点から名器「NS−1000M」を世に出しました。小型サイズながら堂々とした音色は、モニタースピーカーとしても、家庭用としても熱狂的に受け入れられ、同種のものとしては異例のロングセラーでした。

★日立ローディ:学術用に開発したという「HS−10000」「HS−5000」が有名です。珍しく壁バッフルを前提に設計したという「HS−10000」は18Hzで−2dBという優秀さでした。

 このように大手メーカーの努力によって、日本のスピーカーは忽ち世界の一流にのし上がりました。

 では、それによってオーディオファンがすべて国産スピーカーの愛好者になったかというと、残念ながら答えは「ノー」でした。そしてオーディオに翳りが見え始めると、各社は一斉にハイエンドのスピーカーから撤退して、名門の三菱も最後には民生用から撤退しました。

 これはオーディオ界にとってはまことに大きな痛手で、オーディオ不況の象徴的な事態でした。
        

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