HiFiオーディオ教室

 AUDIO LESSON 96 「オーディオの始まり−13」 7/15
 これだけの人材と資金を投入し、優秀なスピーカーを作り上げながら、何故、国内すら制覇できなかったかという疑問は日本のオーディオ界の大きな謎でしょう。考えられる理由は次のようなものです。

◆優等生過ぎた?
 理詰めの設計方針は、理論的な完成度が高く、どうしても優等生的な方向になってしまいます。自然、日本の各メーカーの音色は、完成度が高まるにつれて、似たような傾向を示しました。
 それは決して悪いことではないのですが、ユーザー側に、それを受け入れる準備がなかった、あるいは理解力が不足であったと考えられます。

◆個性という曲者
 外国製品には往々にして特徴の際だった製品があります。良く言えば個性ですが、正直に表現すると「癖」です。それは褒められる特徴ではなく、高忠実度再生の考え方からは欠点なのですが、それをもって良い評価の対象とし、一部の評論家達はその「癖」を褒め上げたのです。
 国産のスピーカーは原音再生に忠実であろうとしたために、すなわち、ハイファイ再生の本筋に忠実であろうとしたために、その落とし穴に嵌ってしまったのです。

◆評価方法の問題点
 高忠実度再生の根本は原音に忠実かどうかということです。日本で製品が紹介されるとき、テストするオーディオ誌はもっぱらテスターの試聴感を優先し、それは時には商業政策とも交錯するのですが、原音と比較して評価することをしませんでした。

◆ブランド崇拝
 明治以来の舶来信仰は根強いものがあって、女性のシャネル崇拝を嗤う訳にはいきません。外国製だからというだけで驚異的な価格を付けても、それを不審に思わず、「高額だから良い製品」という認識を持つ人がいました。

◆販売戦術
 日本のメーカーは、原価意識から無闇な高価格を設定することはしません。しかし、一部の海外製品は、輸入品なるが故にそれを行い、その上で破格の値引きと小売店マージンの設定を行いました。ユーザーは「これはお買い得か」と勘違いしてその外国製品に走ったのです。


 かくして、営々と築きあげた日本のハイファイ用スピーカーは殆ど全滅という事態になりました。
  
        

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