辛口オーディオコラム

column 11        「戦略と戦術」
 戦略とは、その戦争をどのような基本設計で計画するかであり、戦術とは局地戦において、どのように敵を攻撃するかということで、いずれも「軍略」という言葉に包含されるのであるが、戦略の方は広義な意味がある。
 オーディオという趣味にもそれがあるようで、と言うより、無ければいけないと考える。そして、そのためには先ず自分の目的を確認しておく事が大切だ。
●  自分はオーディオというホビーに何を求めているのか、その目標をしっかりと把握しなければならない。音楽を楽しく聴ければそれでよいのか、自分の手作りのシステムでなければいけないのか、そこには明確な開きがある。
 まず最初は音楽享受派で、一応「良い音で音楽を楽しむ」をもって目標とすることとしてみよう。
 次は、では、どのようにしてそれを実現するかであるが、ここは明確に戦略である。

1.既製品を購入してシステムを構築する。
 ごく普通の発想ではあるが、どのような考え方で、どんな音をねらうか(どんな音を良い音とするか)となると、それなりの勉強を求められること勿論である。
 ここが確りしていない時は、外界の声、すなわち、友人とか評論誌のレポートなどに振り廻されて、それこそ泥沼に落ち込むことになる。授業料と言うにはあまりにも馬鹿々々しい。

2.自作コンポーネントも含めてシステムを構築する。
 既製品では飽き足らず、自作するしかない、「止むを得ず」派である。
 ここでの特長は「飽き足らずに」という点で、それが妥当かどうかは別にして、求める音の姿がはっきりしていることである。
 しかし、後述の「クラフト」派とは一線を画する。自作は既製品で満足できない時に限られるからである。技術系オーディオ誌の読者には相当数見られる派であろう。
 この辺りの層が一番合理的でもあり健全でもある。

3.完全自作を目指す。
 たとえ評価の高い既製品があっても自分の腕を信じ、スピーカユニットまで自作し、全世界に拮抗する勇猛邁進型である。勇ましいことではあるが、結果を出せるかが問題で、厳密な評価に耐えられるシステムにはまだ出会ったことはない。或いは、必ずしも現世での良い音に拘らず、100年先を見ているのかも知れないが、これも戦略となると凡人の理解を越える。
      
 これが戦略である。「良い音を得る」にあたって、どのルートをとるのか、自作能力に照らして、既製品だけでゆくのか、とするとその限界はどの辺か。
 
 もう一方の、既製品で不満なのは分かったとして、既製品を凌駕できるコンポーネントが手作りで出来るものなのか。その辺りの判断を誤ると、時間と費用の無駄使いとなる。戦略を立てるにあたって、慎重にならざるをえない。
●  自分のシステムの欠陥はどこか、どのように改善すればその弱点を補強できるか、ここら辺りから戦術であろう。仮に低音が出ないとして、スピーカを替えるのか、アンプを替えるのか、設置場所を変えるのか、部屋を変えるのか、グラフイック・イコライザを使うのか、戦術は多様である。
 ここでも戦略と同じように知識と経験がものを言い、まさしく「知は力なり」である。オーディオ専門誌の効用はここにある。

 正しい戦略を立て、適切な戦術を駆使して「良い音」を獲得しよう、等と書くもう一つの所以は、無我夢中でのめり込まずに、時には自分の筋道を確かめ、無駄な労力、時間、出費を節約する客観的な反省も必要ではないでしょうかという親切心(よけいなお世話?)である。
●  最後はクラフト派である。
 こちらは「自分で造ったアンプから音が出る」というだけで嬉しくなるという、手芸の原点とも言うべき立場に立つ。
 ここでは、造ったもので何をするという確固たる目的が無いだけに、戦略もへちまもない。ひたすら手を動かし、計画通りに完成したら人に与えたり、バラして別なアンプに組替えたり、純粋に物を造る喜びを味わう。
 これはこれで面白い世界で、誰かが「素晴らしい」と褒めてくれれば十分で、それ以上に望むことはない。

 さて、以上のように分類して、各人をきれいに分けられるものではなく、隣との境界は相当に重なり合っているいるのが普通であり、それで一向に構わない。
 ただ、時々は、自分の位置を確認することは決して無駄ではありません、という、まさにこれは老婆心。
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