小生がロスアンゼルスに行ったのは1ドルが360円という時代だから、ずいぶんと昔になる。
その時、なんとも羨ましかったのはLPの価格が、新譜では10ドルするが、少し時間がたったものは6ドル、売れ行きの良くないらしいものは1ドル50セントで、店頭に山積みされていたことである。
当時のドルの購買力は、1ドルが100円見当という感じだったから新譜で1,000円、月遅れでは600円、最後は150円ということになるが、当時の国内のLPの価格は 3,000円位だったから、びっくりもし、なんとも羨ましかった。
ここにきて、漸く日本でも安いレコード(CD)が買えるようになって、これは有難い時代が到来したものである。
小生の趣味の一つは、安い「掘出物」を見付ける楽しみで、時々新宿のコンビニエンス・ストアのCD売場に立ち寄るが、千円CDで驚いたのももう今は昔、2枚980円の時代が来ている。 この間、一枚がカラヤン/リヒテルのチャイコフスキーとプロコフィエフのP協、もう一枚がシューベルトの「ます」とベートーベンの「幽霊」(こんな曲があるとは知らなかった)というのを買った。いずれも1960年前後の録音なので、テープヒスが少しあるものの、十分楽しめるものである。
そこで発売元からカタログを取り寄せてみると、クラシックは40ペアで大多数がカラヤンであるが、フルトヴェングラーが5ペア含まれている。録音はすべて1968年以前のもので、これは著作権の関係らしい。直接取り寄せると1ペア1,030円(+送料)である。
他に1,000円盤がクラシック50タイトル、ジャズ等が50タイトル。ルイ・アームストロング、ジュリー・ロンドンからエドムンド・ロスまであって、昔人間にはひどく懐かしい。
この廉価CDは輸入もので原盤はマスターテープとのことである。解説とジャケットの印刷は日本。
更に今度は、地下鉄本郷三丁目の駅前で、2枚800円の輸入ものを見付けた。南ドイツ・フイルとミュンヘン交響楽団の、いずれもモーツァルトであるが、デジタル録音のもので、音質的には他のCDと同じである。(ただし、音は良いが録音が下手で、これはハズレ)
東京の、少し大きなレコード屋だと、輸入ものが千円程度から並んでいて、大勢の人が掘出物探しにせっせと励んでいる一方、その横では、国内の大手のCDが断固として2,500円〜3,000円の価格を遵守していて、これは頼もしいというのか頑固と言うのか、いささか辟易する感じである。
ユーザーとしては、世界で通用しているCDがどんどん低価格で入ってきて、こと、クラシックに関してはすべて輸入で間に合う時代が来て欲しいと願うものだ。
もっとも、ユーミンの新譜が発売と同時に、コンビニエンス・ストアで20%オフセールをやっていたから、流通機構も少しずつ改善されてきているのかも知れない。
ついでに、レコード屋さんにも注文をつけたい。それはCDを店頭で試聴させて貰いたいことだ。昔のレコード屋さんはそれを実行していたし、仮に1枚100円を払っても試聴して買いたい。本屋は勿論、大抵の商売ではそれが出来るのにレコード屋でそれをやろうとしないのは、似たような商売としては、ビニ本の自動販売機くらいしか思い付かない程、威張った商売と言えようか。
ユーザーは曲目と演奏者名と表の写真を見て、「エイ、ヤッ」と金を払うことになるが、買って良かったと言えるCDは、小生は10枚に1〜2枚である。試聴させないということは、これは、ひょっとして、ユーザーに無駄金を使わせる陰謀じゃないかね。
もっとも、ユーザーにもなにがしかの責任はあるようで、こんな商売を業界の言いなりに受けとめて、多分、何度か失望したに違いないのに文句を言わないことも理由として挙げられるのではなかろうか。頑固な定価販売といい、試聴なし密封売りの習慣と言い、どうして抗議をしないのだろうか。
そうだ、試聴を売り物のレコード屋を開くというのはどうだろう。試聴1枚100円、プラス500円/30分の席料なら、商売が成り立つのではなかろうか。 勿論、お気に召したら、即、お買い上げ戴ける。
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