| column 19 「サントリーホール」 |
| サントリーホールは、大型コンサートホールとして、少なくとも東京では最も音の良いホールだと小生などは信じている。人によっては別の意見もあるようだが、好みの問題だから勿論それは構わない。 某日、満席でないのをよいことにして、席を移動して、場所による音の差についてこんな評価をしてみた。 ● 2階最後部席 低音も高音もかなり減衰する。これは当然のことで、その差が少ないほど良いホールであることは当然なのだが、いかなサントリーホールといえども、これだけ大きいと、それから免れることは出来ない。 ただし、神南のNHKホール(3000人収容の超大型ホール)の3階後部席のような凄まじさではな く、勿論音楽そのものは十二分に楽しめる。 高音の減衰はある程度予想されるが、低音の減衰はちょっと気が付きにくい現象で、結局ナローレンジの蒲鉾型となる。 オーディオ的に表現すると、100Hz−6kHz 程度といった感じである。音の素性そのものは素晴らしいが、モノラル時代の標準的LPに近いか、といった音質になる。 NHKホール3階の後方は、SPに近い、と言っては酷かも知れないが、視覚の助けでやっと、生の醍醐味が味わえる。 実は、これは理由のはっきりしている話なのである。このホールは年末の紅白歌合戦のためのホールと言ってもよい大型多目的ホールで、コンサート専用でなければこの程度が限度です、という一つのサンプルである。 ● 30m前の席 その某日のサントリーホールで、30m程前方の席にこっそり移動して、2階ながらホール内ほぼ中央の最前方の席に座ってみると、音は一変する。指揮者迄は30m程度(1階だとステージから6列目位)で、かぶりつきとは言えないが、離れているという程でもない。 まずコントラバスの風のように軽い低音が聴こえるようになる。それと、大太鼓の深々とした重低音。 中音から高域にかけての明るい輝きと、癖の無い残響によるしみ透るような余韻。 まさに聴いて楽しく、今日ここに来られて幸せだった、と感じさせる。 ● オーディオ的最上席 サントリーホールにおける小生の好みは、ステージ横の2階席で、ここでは存分にオーディオ的快感を味わうことが出来るが、当然、楽器群相互のバランスは良くない。したがつて、ここでは楽器個々の音色を楽しむことになる。指揮者から20メートル位か。 音楽はその字の通り、音を楽しむことから始まる。その音が気に入らないときには、すでにその重要な要素の一つを外したことになる。サントリーホールは、その点、先ず「楽しい音を出す」ことにおいて小生は最も好んでおり、オーケストラをこのホール以外に聴きに行く気にはならない。 ★ 距離による低音の低下 音源からの距離が近くなると高音がはっきりとしてくるのは当然として、なぜ低音がこんなにも変わるのかという理屈は、音響学を齧ってみるとすぐ分かる。これは耳の特性なのである。 距離30m減での音圧の増は3〜4dB程度と思われるが、低音の音の大きさのレベル(ラウドネスレベル、単位はフオン)は急激に変化するから(フレッチャー・マンソンの等ラウドネス曲線によれば、30Hzにおける音圧レベル70dB〜80dB間の10dBの音圧の変化は、音の大きさのレベルでは約30フオンも変化する)、低音の音量が急激にスレッショルドレベルを越すようになり、ローエンドが聴こえるようになってくる。こうしてオーケストラの本当のバランスが聴こえるようになる。 このことから、オーディオフアンがコンサートを聴きに行くときは、くれぐれもステージに近い席を選ばれることをお薦めする。 ★ サントリーホールの2階前方席でのオーディオ的評価は、 最後期の出来の良いLPという感じである。しかし、CDの高分解能には少し距離がある。 では、どこまで楽器に近付けばCDのような明快な音が聴けるかとなると、ステージ上の補助マイク、ないしは指揮者の上のメインマイクの場所であろう。 現在の録音は決して客席中央の音を意図しているわけではなく、再生装置の弱点をカバーする意味も含めて、相当数の補助マイクを駆使して明快な音をとる。ここが実は「原音再生」を標榜するときに一つの問題点となる。すなわち、録音された信号を原音再生指向の装置で再生してみせると「客席の音とは違う」という反応である。 したがって、再生音楽との付合いが長い方は、極力ステージに近い席を取らなければ、失望する。上野の文化会館ではそれでも物足りない思いをすることがある。 渋谷のオーチャードホールはその点多少席が離れていても音の分離は良い が、ここは音が面白くない。 「面白くなければ小説ではない。音が楽しくなければ音楽ではない」というのが小生の、言われるまでもない俗っぽい信念で、もう、これは死ぬまで変わらない。そして、この信念の上に30年を越すリスニングルームの設計技法がある。 サントリーホールに出会うことが出来たことは、司馬遼太郎の本に出会うことが出来たことと同じくらいに幸いなことであった。 (文中の距離の話は目測によるもので正確なものではありません) |