
| column 105 「物価2題」 12/1 |
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オーディオ誌で、ある外国製スピーカーケーブルが1セット350万円という記事を見た。なにやらノイズ防護対策を施してあるとのことだが、350万円というと、日本の若いサラリーマンの年収に匹敵する。 如何に物価の高い日本だとしても、これには驚いた。 自由市場経済においては、価格は生産者、販売者が自由に設定してよい。とは言うものの、社会の倫理として、ある程度の規律があるものではないか。 この製品を輸入販売している商社も、それが沢山売れて商売になると思ってはいないであろう。とすると、この値付けの思惑は「話題性」の受け狙いであろうか。 このような姿勢がオーディオ衰退の一因ではないのか。 スピーカーやアンプと違って、ケーブルは基幹パーツという立場にはない。にも拘わらず1セット350万円となると、外野の人は嘲笑うだろうし、真面目なオーディオファンは鼻白むに違いない。 この価格が生産国での価格なら、輸入商社を非難することは出来ない。しかし、常識的な輸入品の価格「生産国の2倍」以上だったら、すなわち、生産国の価格が175万円以下だったら、その値付けの根拠を知りたいものだ。 オープン価格 この話は前にも書いた。 相変わらず家電メーカーは新製品を発表するとき「オープン価格」としている。大手は殆どと言ってよい。 以前は「希望小売価格」が設定してあって、消費者はその商品の規模、或いは格のようなもの、また、おおよその実勢価格を想定することが出来た。 現在、オーディオショップの店先には「○○○円(ただしカタログはオープン価格)」と表示してある。 オープン価格とは、販売店が自由に設定してよいということだから、消費者は販売店に到着するまでは目隠しされた状態である。そして、それが妥当なものかどうかは、何軒かの販売店をハシゴして調べる以外に手段はない。 価格は性能と同じ重要な情報で、大きな買い物ならば何社かのカタログを並べて、価格と仕様をあれこれ考えて決心を固める。その情報を絶つことが消費者のためになるとでもいうのだろうか。 蕎麦のように1杯16文と、世間の相場のあるものならばそれでもよい。しかし、昨今では、新製品が幾らするかは、メーカーと販売店以外には分からない。 そこで、マスコミは実勢価格を「およそ何円くらい」と書いている。しかし、最近はそれすら手抜きされるようになって、単に「オープン価格」とした紹介記事が多くなった。 新製品の紹介は、消費者の購買意欲を刺激するはずのものであろう。それが「知りたくば販売店まで訪ね来よ」と突っ放されては、みすみす買いたい意欲に水を差すものだ。 近頃はオープン価格の文字を見るたびに「あ、そう」と、読んだ情報を頭の中から消すことにしている。見るに耐えないCMの時にチャンネルを切り替えるのと同じである。 |