column 106 「真空管の価値」 12/15
 オーディオ誌やインターネットのサイトで真空管の品定めが取りざたされている。それどころか、テレビの「何とか鑑定団」という番組で、「205D」とかいう化石のような真空管が、25万円と鑑定されて、これには驚いた。

 小生の信条は「金は生かして使え」で、古い陶磁器に大金を投ずるなどという神経は、歴史的資料として博物館に展示する用途以外は理解の外にあるが、古いというだけで、愚にも付かない真空管に25万円と値付けをした感覚は気違い沙汰としか言いようがない。
 その真空管を使えば、最高に良い音の出るアンプが作れるというわけでもなかろうに、この価格は不可解としか言いようがない。

 それに似た話は現用真空管にもつながっている。真空管は、アンプに仕立てられて、良い音を出して「ナンボ」という部品である。
 小生の出力トランス付き真空管アンプの音の記憶はマランツの8B、マッキンのMc275で終わっている。しかし、その時代に、同一型名の真空管で、価格にプレミアムが付くほどの音質の差があるなどとは喧伝されなかった。
 それらを凌駕するアンプでもなさそうなのに、某社製の球は音がよいとか、何年製の真空管は音が違うと言い、高額で取り引きされているのは不思議でならない。

 それとも、現在の真空管アンプならば、価格差に比例するほどの音の違いが出るのだろうか。「出る」と言われるのならば、ブラインドテストで実証して見せて貰いたいものである。

 真空管という部品の性能は仕様と耐久性である。その評価においての価格差ならば意味もあろうが、単に何年製の真空管だから音が良いと言って有り難がる風潮はどんなものだろう。
 再び言わねばなるまい。
 「それはブラインドテストで分かりますか?」

 真空管は何のためにあるのかという問いかけに「良い音を出すため」と答えられるアンプが果たして何台あるのか。そして、そのアンプでも、真空管の「生まれ」がどれだけの価値を持つと言うのだろうか。

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