医療過誤 【医療過誤】いりょう‐かご

診断・治療の不適正、施設の不備等によって医療上の事故を起すこと。誤診・誤療などがその例。刑事上・民事上の責任を問われうる。
【資料・岩波広辞苑第4版より】

あなたの人権は守られていますか? それは生きているときだけの権利なのでしょうか?
ここで取り上げた現実の事例は被告病院を中傷や誹謗したり、原告を正義として見る事でなく、1人の死から、その真実を追い、誰でもが適正な最善の治療を受ける権利を有し、生きる為の努力をしたのか、裁判を通して命の権利の重さを考えていきます。
概要
私の親友の長女(高校1年)が食思不振症(拒食症)で入院中の某大学病院にてなくなりました(1997/2/2)。死後3時間を経過しその事実を家族は知りました。入院中の治療、看護体制,などケアに疑問を抱く両親が告訴に踏み切りました。

 2002年3月10日(日):医療過誤裁判  追加事項

勝 訴

2/10終結宣言を出しましたが、一部訂正させていただきます
合議による示談による終結から、勝訴の終結と示談を慰謝料と訂正いたします

詳しくはこちらを!

記 望月昌男

 2002年2月10日(日):医療過誤裁判終結宣言 と お礼

1997年12月25日に東京地裁に訴状を提出してこの医療裁判が始まりました
その後、紆余屈折しながら今日まで回を重ねて参りましたが、今日2月10日(日)を持ちまして4年48日間に渉る医療過誤裁判を終結させていただきます

2月8日の合議におきまして原告の目的達成を見て、最大限の成果とは別に原告、被告の双方の合議案を最終結論として、このホームページも目的を達成したものとして更新もこの発表を最後に終了いたします

4年有余の間、応援してくださった方、励ましのメールを頂いた方、そして貴重な資料を調べお送りくださりこの裁判に大きな争点を提供して頂いた方、皆様にお礼申し上げます

どうもありがとうございました。
(参考のためにこのHPは暫くは更新はしませんが掲載しつづけますが掲示板は目的を終了したので閉鎖しました)

■2002/1/262002/1/24(木)の公判  ここにも少し
■2000年の裁判進行記録第12回公判から15回公判まで 2000/1/14〜2000/7/24
■1999年の裁判進行記録第7回公判から11回公判まで 1999/1/1〜12/31
■1998年の裁判進行記録訴状提出から6回公判まで 1998/1/1〜12/31


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■ 医療裁判リンク集 ■  「医療過誤 ゆう君ごめんね」 リンクしました。
●「健康診断結果を知らされず心臓病が発症・悪化」。
●健康診断は何のためにやるの」。

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