空に刻んだパラレログラム(ウグイスカグラ)

 生身で空を飛ぶこと。果てのない幻が遂に実現した。ただし、それは一部の限られたクオリアと呼ばれる人たちだけ。しかも、飛べる場所は限定されている。それでも、人々は夢を追い求める。そんな想いの詰まった学園がある。クオリアだけが入学を許されるそこで少年少女たちはテレプシコーラという競技で青春を体現する。
 かつて空で輝きを放とうとしたひとりの少年、宝生歩(変更不可)。再び空を見上げるだけとなった彼は何を求めて帰って来たのか。今、熱い夏が始まろうとしていた。

 ウグイスカグラの新作は架空のスカイスポーツを扱った長編アドベンチャー。
 購入動機は体験版をプレイしてなかなか引き込まれるものがあったので。
 予約キャンペーン特典は好評を重ねたのか、複製色紙が追加されていって3枚にまでなりました。ただし、店舗が限られていたので個人的にはお目にかかれませんでした。初回特典は特になし。

 修正ファイルが公開されています。発売早々にダウンロードしたファイルしか持っていない方は要注意。本編6章を自動でスキップしてしまうというトラップが実装されてしまいます。バージョン1.1であることをきちんと確認してからあてましょう。

 ジャンルはいつもの通りのアドベンチャー。
 足回りはかなり貧弱です。メッセージスキップは既読未読を判別して高速ですが、次の選択肢まで飛ぶ機能はありません。ちなみに上述した修正ファイル1.0でプレイして飛ばしてしまった場合でも1.1をあてれば該当個所が未読扱いされてスキップは止まってくれます。
 バックログは別画面にて行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能ですがあまり戻ることができませんし、ロード直後にも使用できません。
 クイックセーブや前回の続きから始められるCONTINUE機能は残念ながら搭載されていません。
 全体的に長時間読ませるタイプの作品としては不親切さが目立ちます。

 シナリオは事実上の一本道と言っていいでしょう。選択肢は2つしかなく、その構成は非常に大胆です。中身はずばりテレプシコーラの頂点を目指すか、それとも恋愛を求めるか、このための選択肢となっているのです。つまり、頂点を目指せば個別シナリオには入れません。そして、分量から考えても間違いなくこの作品の本筋と呼ぶべきものはテレプシコーラの頂点を目指す物語の方です。個別シナリオはオマケといってもいいくらいのボリューム、内容でしかありません。スタッフロールの有無でもそれは明らかです。
 繁雑なオリジナルスポーツ=世界観の構築は舞台を絞ったこともあり、難解になりすぎず説明不足にもならず、ちょうどいいバランスで描写されています。序盤に出し渋った(?)かいもあってか、試合シーンは見事な白熱ぶりで読み手を貴重な世界へと引き込んでくれます。試合を描くことがキャラクターを描くことになっていることが大きなポイントではないでしょうか。
 一方で基本、三人称視点を使わず一人称視点を節操なく変えていくスタイルは(確たる演出による区別もなく)慣れるまでなかなか読みにくいです。特に試合経過を語る場合は意外なほどわかりにくかったりします。主人公などしばしば相手に対する呼称が変わってしまうあたりも一因だと思います。
 日常の掛け合いはおおよそ存在しません。世界を絞ったことの影響で日常はすなわちテレプシコーラという競技の話題なので、ろくすっぽ趣味のことさえわからないほど。よって稀にテレプシコーラから離れると色々なことに驚かされるケースが多かったりします。物事の重要度に係わらず、唐突に色々なことをぶち込んでくるライターのクセも関係していそうですが。その上でなら笑いは少ないですが、キャラクターたちの個性によって賑やかです。
 惹かれ合う過程はとても苦しいです。やたらと恋をするのに理由はいらない、と繰り返しているあたりからも推察できます。もちろん、単純に分量が少なすぎるという事情もあります。基本は互いに好意を寄せ合っていることが前提で始まります。
 非常に残念ですが本作は誤字脱字がとても多いです。特に終盤に行くほどこの傾向は強くなっていきます。恐らく完成度があまり高くないのでしょう。文章を始めとしてデバッグにあまり時間を割けていないようです。良いシーンでの誤字はなかなかに萎えさせてくれます。本当にもったいないと思うくらい。
 Hシーンも個別シナリオの一部ですから同じようにとても性急かつ短いです。もちろん、エロ度にもあまり期待しない方がいいでしょう。こちらでも、誤字に出会って和むなんてことも。

 CGは独特のデザインや塗りに賛否が分かれる面はありますが、クオリティはとても高いです。競技に関するCG(ユニフォーム姿や背景など)も多く、試合シーンをしっかりと盛り上げてくれます。ただし、演出面はそれほどでもないので、試合のわかりやすさなどはテキストに頼りきりです。
 キャラクターの多さに伴って立ちCGも豊富に用意されています。名前があって立ちCGのないキャラがむしろ珍しいくらいです。複数原画を採用していますが同じ世界観の住人として違和感はありません。
 稀ですがフェイスウインドウの指定間違いなんてこともありました。

 音楽は多彩な曲で試合シーンの空気を生み出してくれています。曲数以上にバリエーションが感じられて飽きさせません。また、展開に応じて特定の曲を使うという構図がしっかりと活きていて、プレイヤーに上手に期待感を持たせてくれます。熱い展開の呼び水が音楽から生まれる演出はなかなか気持ちいいです。サウンドトラックを付属してほしかったです。
 ボイスは主人公を除いてフルボイス。数多くのキャラクターが登場しますが演技に不安はありません。個性豊かな面々を演じきっています。

 まとめ。完成度がもったいない力作。なまじ実力を感じるだけにもどかしさが大きくなります。しかも、後に行けば行くほど誤字が増えていくというのは展開に水をさしている形なだけに。それでも、買ったことを後悔しない輝きがありました。次回作が楽しみです。
 お気に入り:藍住ほたる
 評点:80

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。








1、彼杵柚
 素人スタートであるがゆえに延び代が計り知れない。それがそのまま頼もしさであり、玻璃殺しになってしまっていたように思います。実際の実力以上に相性は最悪ではないでしょうか。練習の描写が似ている、なんてあたりまでキャラとしてのカウンターになってしまっていますからねぇ。
 境先輩を根負けさせたのは見事としか言いようがなかったです。

2、宝生玻璃
 なんか最初から最後まで真価を発揮しきれなかったように思います。なまじ最強の1年生などと呼称されるがゆえの停滞三昧。ただ、速いだけと何度言われてそのまま対応されてしまったことか。得点シーンも少なく、活躍したのもわずかしかなかったような。

3、有佐里亜
 基本的に輝くパターンが同じなのが切ない娘さん。いつもガス欠からの逆襲というあたりなんともねぇ。というより、この属性こそがほたる先輩の出番を生むための処置としか見えないあたり……。
 いかにも演技なツンデレはちょっとどうかと。

4、藍住ほたる
 長い長い停滞はまるでバッドエンドルートかと思うほどでした。それだけに覚醒して舞姫の名を与えられたシーンは凄みがありました。まぁ、すご過ぎたがゆえと里亜のために最後はああなってしまいましたが、それもほたる先輩らしいポジションだったように思います。正直、第二選抜トーナメント決勝からの交代はいつかまた戻るための布石であるのはわかっていましたからね。控えを含めて4人というテレプシコーラではこういった形しかなかったでしょう。単純に勝つための努力をしないという点でもアレですから。