月の彼方で逢いましょう(tone work’s)

 学生の頃、深く考えることもなく日々を過ごしていた。クラスメイトとの他愛のない会話、文藝部のクラブ活動、ビブリオカフェでのバイトに親戚の子供の面倒をみる。その中に未来に大きく係わるものが含まれているなんて思わなかった。
 社会に出るようになってあの時のことばかり思い出す。後悔なのか、詮のないことなのか。そんなある日、悪戯のようにも思えるメールを受け取ったことから昔のスマートフォンを手に入れる。何気ないつもりで送った自分へのメッセージ。返って来るはずのない返事があった。今の自分と昔の自分がつながった時、何が起きるのか。それとも何も起きはしないのか。

 tone work’sの第4弾はスクール編とアフター編の二部構成からなるアドベンチャー。ビジュアルアーツ20周年記念のブランドのはずが普通に継続して作品を出してますね。
 購入動機は体験版がそこそこ気になったので。
 初回特典はART WORKS BOOKにオリジナルサウンドトラック。早期予約キャンペーンは描き下ろし複製サイン色紙。

 ジャンルはいつも通りのアドベンチャー。ただし、スクール編が終了するとタイトル画面に戻ってアフター編が再スタートという体裁を採っています。この時は最初のタイトル画面とは意味合いが違うので他のルートに入ったりはできません。
 足回りはもどかしいくらい進歩していません。メッセージスキップは既読未読を判別して高速ですが、次の選択肢まで飛ぶ機能は残念ながらありません。前の選択肢には戻れるあたりも一緒です。
 バックログは別画面にて行います。ホイールマウスに対応、ボイスのリピート再生も可能ですがそれほど戻ることはできません。よってシーンバックの機能があってもほとんど使う場所がないように思います。かろうじてロード直後でも使用できます。スマートフォンの内容が見られるようになったのが以前より良くなったところでしょうか。

 シナリオはヒロインによって落差があります。アフター編にしか登場しないヒロインはスクール編の分を差し引いても尺が短く、サブヒロインと呼んだ方がしっくりくるぐらいの扱いになっています。CGなどの割り当ても当然のように少なくなっています。一方で双方に登場するヒロインは作品の売りである二部構成を活かした尺の長さが用意されていますが、それでも各ヒロインごとに見逃せないくらいに色々と差があります。それは単純なテキスト量だったり、SDカットのあるなしだったり、サブキャラの扱いだったり、単純な出番だったり、作品上で担う役割だったり、様々です。良くも悪くもシナリオを1本終わらせたくらいでは全貌がわかりにくくなっています。
 ということなので複数ライター制の欠点もしっかりと出ています。
 日常の掛け合いはキャラクターが多いようでそうでもないので、変化に乏しくマンネリに陥りやすいです。せっかくの関係性もアフター編ではあまり登場せず、意味がない、なんて悲しい事例も。
 惹かれ合う過程はなかなか苦しいように感じます。状況的に主人公は恋多いと評されそうなポジションなのですが、性格的には全くそんなことはないので結果的にそうなっているようにしか見えないケースが多いです。中にはしっかりとした尺で納得しやすい形で描かれているものもありますが。むしろ、アフター編の方が受け入れやすいものが多いように感じました。
 Hシーンは各ヒロイン2~5回とやはり差があります。スクール編とアフター編という二部構成はここではあまり有効に活かされていません。そもそも、スクール編にはなかったり、あっても代わり映えしなかったり。シナリオをあまり邪魔しない形で入っているせいか、エロ度はそれほど高くありません。

 CGは本作最大の見所と言っても過言ではないでしょう。背景はもっと枚数が欲しいと切望したくなるくらい、世界観を含めてしっかりしたものが用意されていますし(その分ないシーンは苦しさが目立ってしまっていますが)、そこに溶け込む立ちCGも負けてはいません。ポーズ、表情とも実に多彩に描き起こされています。中には二部構成をこれでもかと活かしたヒロインも若干名います。もうちょっといてもいい気はしますが。
 イベントCGは差分抜きで100枚オーバーとなかなかの数字です。しかしながら、ここでもヒロイン間の格差のようなものが見え隠れしています。倉橋聖衣良がやけに少ないのは立ちCGが多いせいなのでしょうか。
 エンドロールは各シナリオごとに趣向が凝らされています。気に入ったヒロインは特に印象深いものとなるでしょう。

 音楽は現実の街を舞台にしているせいなのか、派手さの少ない落ち着いた曲調のものが多く作られています。耳に馴染みやすいのは立派な長所ですが、記憶にはもうひとつ残りにくいかもしれません。
 ボイスは主人公を除いてフルボイス。演技の方は特に問題ありません。ただ、スクール編とアフター編での演じ分けは一部ヒロインを除いてあまり感じられませんでした。

 まとめ。売りがもうひとつ弱い作品。せっかく2つの時代を書いていながら全体的にあまり差を感じられないのは素直にもったいなく感じます。倉橋聖衣良シナリオくらいしか醍醐味のあるものはなかったように思います。
 お気に入り:倉橋聖衣良、岬栞菜
 評点:75

 以下はキャラ別感想。ネタバレ要注意。







1、新谷灯華
 物語全体のキーパーソン。けれども出番はとても少ない。アフター編はほとんど行方不明ですよ。ということで、全ヒロイン中で最も魅力的でないと困るくらいなのですが……、果たして「そうだ」と答えたプレイヤーはどれくらいなのでしょうか。色々な疑惑も印象を悪くしていますしねぇ。
 で、結局どうして文藝部の部室にエンデュミオンを隠したのですか? 中継者とはなんでしょう。そもそも、どうしてエンデュミオンの機能を知ったのか。歴史の流れみたいなのを観測でもできないと説明できないことが多すぎるような。
 主人公の振る舞いも謎が多いです。なぜ、そんなに電波塔にこだわるのか。なぜ、霧子に秘密にして原作者を務めようと思ったのか。編集長に秘密にしなくてはならない理由とはなんでしょう。

2、日紫喜うぐいす
 灯華の対みたいな扱いですが、やはりあの真っ正面すぎる立ちCGがえらい苦手です。ある意味で魅力を感じにくい灯華を助ける形になってしまっているのはなんとも皮肉な感じです。このタイトルにまだあまり関心を持っていなかった時に編集ヒロインがいると知っていたので絶対にうぐいす先輩がアフター編でそうなるんだと思い込んでました。
 ダイジェストっぽい描写が基本すぎてどうにも感情移入が難しかったです。ビブリオカフェが続いてくれるのはなんだか嬉しかったですけども。
 やはり、過去を変えてることで未来を書き換えるような展開はあまり好きになれないですね。

3、佐倉雨音
 スクール編もアフター編もとにかく長すぎます。明らかにこれだけが。これを見ると同じライターの栞菜シナリオは手抜きではないかと勘繰ってしまうような短さです。実際、唐突に展開が激変しますからねぇ。
 日本橋ホライゾンさん、結婚していて子供も2人もいるのにレベルカンストって色々と酷いと思います。
 時間飛ばしの描写がちょっとやり過ぎではないでしょうか。むしろ必要ないのではないか、というくらいの意味の薄さになっちゃってますよ。
 彼女のためだけにSDキャラ担当がいるという不思議。

4、倉橋聖衣良
 他のシナリオと合わせて見ると主人公の言葉がなんとも重いものになっています。幼少期の影響って大きいなぁ。
 疲れたサラリーマンならイチコロの幼妻っぷりが凶悪すぎます。これをレジストできる人はなかなかいないでしょう。まるで代わり映えしない他のスクール編からのヒロインたちと違ってしっかりと美しく成長していますからねぇ。というか、二部構成の一番の恩恵を受けているのは間違いなく聖衣良ですよね。
 あとはもうちょっとお母さんや他のキャラに出番があればねぇ。そこだけが返す返すも残念です。

5、岬栞菜
 途中まで順調なシナリオ運びだったのに急に暗転して驚きました。まさに打ち切り漫画のようで。
 せっかく栞菜さんは2つの姿を持っているのにそれほど有効に使えなかったのはもったいないように思います。編集が作家に手を出してはいけない、というのもあまり上手に使えていなかったように思います。結局、葛藤もせずに手を出してしまうのだから。
 大事なことを色々と黙っている霧子は普通に酷いですよね。プレッシャーを感じさせないためって言ったって連載を終わらせた編集であることにはまるで変わりないですからねぇ。

6、松宮霧子
 中身は可愛い人だけにもっときらりとの絡みとか見てみたかったですね。正直、配分のために意外な姿でもなんでもないあたりがちょっと。
 貝殻型の浮輪ってどういう形なんでしょう。イベントCGを見ても全く想像がつかないのですが。
 主人公に頼りがいみたいなのが圧倒的に足りないと思います。妥協したようにしか見えないですよ。

7、月ヶ洞きらり
 デザインのせいで愛人感が半端ないです(主人公の方が)。ボリュームのせいもあってなんだかシナリオ全体の箸休めのような感じがします。
 脇に回った時の輝きは半端ないものがあります。