徳王(De wang)
 1902..〜66.. 。
 内蒙古のシリンゴル盟・スニット右旗の王族の子として生まれる。本名はデムチュクドンロプ(徳穆楚克棟魯普)で字は希賢。若くから内政改革、民族自治の運動を進め、満洲事変直後の32年頃、日本軍部と連絡を取り合うようになったと言われる。33年内蒙古王公会議を開催、南京国民政府に自治を要求。37年、4つの盟と2つの特別市を領域とする蒙古連盟自治政府を樹立して副主席。38年主席。39年蒙古連合自治政府となり主席。日本敗退後は蒋介石と和解し、国共内戦に参加した。中華人民共和国が成立するとモンゴル人民共和国に移るが北京へ送還され、戦犯で抑留された。63年特赦され政治復帰し、内モンゴル人民委員会参事となる。