タバコで歯が抜ける?

喫煙と歯周病

日本歯科大学・歯周病科 沼部幸博


このタイトルを見て、”ドキッ”とした方も多いことと思います。今回は喫煙の習慣と歯周病 (歯槽膿漏)との関係についてお話ししたいと思います。愛煙家の方にとっては、いささか耳の痛い?話となるかも知れませんが、どうかしばらくおつきあいをお願い致します。

少し前の新聞に、日本では成人男性の約五九%、女性では一四・八%、平均して三六・二%の方が喫煙者であると書かれていました。この比率は、他の先進諸国のものを大きく上回る数字で、わが国の特徴ともいえます。

喫煙の習慣が健康を害する可能性が高く、さまざまな病気の発症と関係することは、たくさんのメディアや、前回のニュースレターでも取り上げられています。しかし、歯科の疾患、とくに歯を失う大きな原因のひとつの歯周病とも関連があることは、意外と知られていないようです。 

欧米では、すでに十年以上前から多くの研究者によって、喫煙者での歯周病が、吸わない人と比べて重篤であることが報告されてきました。とくに高齢者では、その傾向が強くなるとの意見もあります。よって喫煙は、今後の口腔衛生を考えるうえでも、重要な問題と、とらえられています。さらに喫煙人口から考えると、日本での問題はより深刻であるといえます。

タバコの煙がまず最初に触れる場所が口の中の組織です。それらには歯、歯肉(歯ぐき)、口腔粘膜(ほっぺたの内側のやわらかい部分)、舌、口蓋垂(のどちんこ)などがあります。 煙はさらに吸引されると一旦肺の中に入り、そして逆戻りして口または鼻から出て行きます。

タバコの煙の中には、ニコチン、タール、一酸化炭素、アクロレインそしてシアン化物をはじめとして二千を越える潜在的な有害物質があることが知られています。それらの物質が、肺や心臓に害を与えるように、歯の周りの組織(歯周組織)にも悪い影響を及ぼすことになるのです。

どのような影響が?

では具体的には、どのような影響が生じてくるのでしょうか。大きく分けると、三つの項目があります。これからそれぞれについて簡単にご説明いたしましょう。

1 歯やその周囲に汚れがたまりやすくなる

タバコの煙の中のタールは、俗に言うTヤニUとして歯の表面にこびりつきます。歯ブラシでもなかなか取れない、歯の裏側などにこげ茶色に付着したものがそうです。この部分には、う蝕(むし歯)や歯周病の原因となるプラーク(歯垢)も沈着しやすくなり、歯周病の発症や進行を助けます。

2 細菌に対する組織の抵抗力が低下する

この問題は最も深刻です。先に述べた煙の中のニコチンは、歯肉や口腔粘膜からも吸収されて 体の中へ入ります。その付近には通常、体を外敵である細菌などの微生物から守るために待機している、白血球などの免疫担当細胞がいます。彼らは言わば強盗を捕らえる警察官のようなものです。しかし、ニコチンはそれらの細胞たちの働きを鈍らせてしまうのです。  そうなると、細菌は監視の目をかいくぐり、体の中へ簡単に侵入し、ゲリラ活動(暗躍)を開始します。その活動とは、毒素などによる、まわりの組織の破壊です。これは歯周病に罹りやすくなることや、現在歯周病になっている方でしたら、その病状のすみやかな悪化につながります。

3 傷や治療を受けた所の治癒(治り具合)が悪くなる

歯周病の治療はその性格上、どうしても歯肉やそのほかの組織に結果的に傷口を生じます。普通でしたら、すぐに治るはずの傷であっても、組織の中にニコチンなどが吸収されていると、それが遅れることが知られています。 なぜならば、傷口をふさぐ細胞の働きも鈍ってしまうからです。よって、せっかく受けた治療に対して良い結果が得られないことになり、次の治療のステップに入る時期が遅れることになります。そして通院期間が長引くことも考えられます。

これらの背景から、欧米では歯周病の治療を希望する患者さんには、まず禁煙や節煙を約束させることが常識となっています。日本ではそこまで強硬な姿勢を示す歯科医は少ないようです。しかし、患者さんに対し、より適切な医療を提供するためには、今後私たちもこれらの点を強調していく必要があると考えます。

もし、タバコとはどうしても縁が切れない方がいらっしゃいましたら、せめてこれまで以上に 、細菌を近づけないように一生懸命歯磨きをして下さい。

最後は愛煙家の患者の皆様にとって、やや厳しい内容となってしまいました。でも、どうか受診前、受診後の一服の際に、この話を思い出していただけたら幸いです。                              

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