KID A
その店は、山の中腹にある道を更に奥に入っていった、人目につかない場所に建っていました。レストランや料亭というよりは、小振りなペンションといったたたずまいです。 でも仮に人目についたところで、それが店であるとわかる人はいないはずです。看板もなければ、窓からこぼれる灯りもありません。建物の中に人がいる気配もしないのです。地図を頼りに歩いてきて、他に建物がなかったから、きっとそこが私の探している店だと仮定してみただけです。 ただ、よく目を凝らすと、小さな文字で「KID A」とだけ書かれています。 何のことだかわかりませんよね? 私だってわからなかったんですから。 ノックを二度、それから少し時間を空けて再び二度ほど叩くのが合図だと、私は友人から聞かされていました。その通りにするとドアが静かに開きました。 それからのことはよく覚えていないのですが、ふと我に返ると私はテーブルを前にして座っていたのです。 そのテーブルには真っ白なお皿が置いてあり、そこにはきれいに焦げ目のついた竹が載っていました。いえ、「たぶん、竹だと思うもの」と言った方が正しいでしょう。目に見えたものが、そのまま真実だと誰に言えるでしょう? 私が今までに見たもののなかでは、竹が最も近いというだけです。 その竹のようなものの上には、塩が盛られています。これも「たぶん塩だと思う」と言ったほうがよいかもしれません。 「もしかしたら、これは料理なのかな?」と私は思いました。箸はきちんと置かれているし、いま焼いたばかりといった匂いだってします。しばらくその皿を前にして、私はその店を紹介してくれた友人のことを思いだしていました。たいした話はしていません。近くに行くなら寄ってくるといいよ、と言われただけです。 皿を前にして、どれくらいの時間が経ったでしょうか。 誰もやってこなければ、どれだけ耳を澄ませても物音だってしないのです。周りを見回してから、私は箸を手にして、その竹のようなものを軽く押してみました。でもその感触は、竹とは思えないほどにしなやかで、香ばしい匂いがするのです。だから、私はまたそれが竹であることに自信が持てなくなりました。あるいはこの上に載せる魚でも運ばれてくるのでは、と考えてみました。 しかし、どれだけ待っても誰もやってこないし、何も運ばれてきません。そうして再び気がつくと、皿は私の前からなくなっていました。跡形もなく、匂いも残さずに。 いまでもふと、あの竹はどんな味がしたのだろうと思うことがあります。あれが料理だったのか、それとも私が試されていただけだったのか、それはわかりません。あのとき、私はどうするべきだったのか、いまこうして振り返って考えてもわからないのです。 ただひとつだけ言えるのは、それからというもの、何を食べてもあの竹のことを思い出してしまうのです。そしてそういった料理が私に残す後味が、今までと違うように感じます。たとえば肉を食べているとき、「肉味のなにか」といった別のものでも食べているような気になってしまうのです。 あの山に行くことがあれば、その店を訪ねてみてください。目印などありません。ただ小さく「KID A」と書いてあるだけです。 歓迎はされないでしょう。けれども店はすべての人に開かれているはずです。 |