平成歌舞伎評判記
1997年1月

新春花形歌舞伎(浅草公会堂)

野崎村
 久作娘お光・・・孝太郎
 油屋娘お染・・・菊之助
 丁稚久松 ・・・新之助
 後家お常 ・・・秀調
 百姓久作 ・・・三津五郎
 妻おさよ ・・・芙雀

三社祭
 悪玉  ・・・辰之助
 善玉  ・・・新之助

屋敷娘
 娘お菊 ・・・菊之助
黒手組曲輪達引
 花川戸助六・・・八十助
 番頭権九郎・・・八十助
 牛若伝次 ・・・辰之助
 新造白玉 ・・・孝太郎
 朝顔仙平 ・・・亀蔵
 白酒売新兵衛・・幸右衛門
 紀の国屋文左衛門
      ・・・三津五郎
 三浦屋女房・・・秀調
 三浦屋揚巻・・・芝雀
 鳥居新左衛門・・松助

熊さん  ご隠居ご隠居、見てきましたぜ、今噂の三之助。ご隠居に見せたかったね。

ご隠居  浅草だろう、何言ってんだい。ワシもついこの間、見てきたばかりだ。

熊さん  分かっちゃいねえな、三之助だよ、三之助。それも生。

ご隠居  当たり前だろう、歌舞伎は生に決まってますよ。

熊さん  違うんだなあ・・・。本物、素顔の三之助、正真正銘の生三。

ご隠居  なんだね、その生三ってえのは。なんでも略しゃ良いってもんじゃないぞ。 それで、なんで生の三之助を見られたんだい。あっ、分かったぞ、お前さん、 とうとう追っかけとやらを始めたな。楽屋口かなんかで、鼻の下伸ばして 待ってたりしたんだろう。

熊さん  馬鹿ぁ言っちゃいけないよ。こちとら江戸っ子でい。そんな情けない 真似なんか出来る訳ないだろう。実はねぇ、あっちの知り合いのディレクターが三之助の 取材をするってんで、ノコノコ付いて行った、と言う訳さ。

ご隠居  ほう、それはいい目に会ったな。で、どうだった、三人は?

熊さん  なんだかな・・・。ご隠居、羨ましそうな顔して。お前も結構ミーハーだな。 三人とも、19歳と21歳の若さ。なんだか眩しかったね、あの若々しさ。
      素顔の菊之助も良かったし、辰之助もかっこ良かったし、やはり新之助はいい男。 性格はそれぞれ違って、興味深かったけど、想像以上に仲も良く、 これからの歌舞伎を背負って行く、華やかさを感じたな。

ご隠居  舞台も、思った以上に良く出来ていたな。新之助が丁稚にしては 立派に見えたが、孝太郎との掛け合いにも、初々しさを失わない菊之助は互角であったし、 辰之助は踊りに元気一杯だった。特に、手の動きなどは綺麗で基礎がしっかり出来ている。

熊さん  菊ちゃんも美しかったね。一緒に取材に行ったカメラマンなど、 すっかり惚れこんじゃって、今や菊ちゃん命っ、て感じだそうですよ。

ご隠居  黒手組の八十助さんもなかなかの好演。序幕の権九郎役は本当に八十助、と思われる情けないメイクで、浅草に出演者の名前を読み込んだ科白を語り、場面が変わって、 助六として登場したら、颯爽とした男ぶり。ストーリー自体はそれほど見るべき所は なっかたが、めったに出ない演目で、それなりに楽しかったよ。

熊さん  江戸歌舞伎縁の浅草に復活して15回。これからも若手の勉強の場として 毎年続くことを祈りたいねえ。三之助の火の出るようなぶつかり合いが 話題になるような、舞台を見てみたいもんだ。



壽 初春大歌舞伎(歌舞伎座)
昼の部
毛谷村
 毛谷村六助・・・吉右衛門
 微塵弾正 ・・・権十郎
 お園   ・・・鴈治郎
 後室お幸 ・・・吉之丞

身替座禅
 山陰右京 ・・・菊五郎
 奥方玉の井・・・宗十郎
 太郎冠者 ・・・正之助

鳥辺山心中
 菊地半九郎・・・幸四郎
 坂田市之助・・・宗十郎
 弟源三郎 ・・・染五郎
 遊女お花 ・・・田之助
 遊女お染 ・・・雀右衛門

青海波
 清元志津太夫 他
夜の部
本朝廿四孝
 八重垣姫 ・・・芝翫
 武田勝頼 ・・・鴈治郎
 長尾謙信 ・・・羽左衛門
 腰元濡衣 ・・・富十郎
 白須賀六郎・・・勘九郎
 原小文治 ・・・彦三郎

連獅子
 右近(親獅子)・・・猿之助
 左近(子獅子)・・・亀治郎

文七元結
 左官長兵衛・・・勘九郎
 女房お兼 ・・・藤十郎
 娘お久  ・・・勘太郎
 角海老お駒・・・芝翫
 手代文七 ・・・染五郎
 家主甚八 ・・・吉弥
 和泉屋清兵衛・・権十郎

羽根の禿・うかれ坊主
 禿・願人坊主・・・富十郎

第202回歌舞伎公演(国立劇場)
壇浦兜軍記

  悪七兵衛景清・・・團十郎
  井場十蔵  ・・・團十郎
  遊君阿古屋 ・・・玉三郎
  箕尾谷国時 ・・・左團次
 秩父庄司重忠・・・梅玉
 岩永左衛門 ・・・我當
  十蔵母松乃 ・・・又五郎
 重忠妹白梅 ・・・松江
  花扇屋戸平次・・・半四郎
 局早瀬   ・・・歌江

茶髪娘  おや、若旦那、どちらへ?

若旦那  こりゃ、横町の茶髪どの。あなたのおじいさんのお隠居の所に、歌舞伎話でもしにいこうかと、思いやしてな。

茶髪娘  そりゃ丁度良かった。あたしも爺ちゃんとこ行く所なんだ。 この前は熊の野郎が、三之助の生を見たと大騒ぎで、爺ちゃん悔しがっていたよ。

若旦那  三之助は10年、20年後が楽しみだけど、今月は何と行っても玉ちゃんでやんしょう。 歌右衛門以外はやったことがないという、阿古屋に挑戦。見事に三曲を引きこなしたんだから・・・。

茶髪娘  今月の国立は、まず切符を取ることから、大変だったもんね。 じいちゃんと二人、1等B席の端っこでやっと見られたんだ。それにしても玉さまの人気、 ちょっと異常。阿古屋の出の瞬間など、全員息を詰めて、会場が窒息死するんじゃないかと、 思ったくらい、異様な雰囲気だったよ。

若旦那  確かにあれはすごかったでやんす。その割に演奏に入ると居眠りするおばさんたち続出で、 あっちには良く分からない現象でやんした。さあ、着きました。

茶髪娘  爺ちゃん、元気。あれ、また熊公来てるのか。

熊さん  悪かったな。ご隠居と、俺とは竹馬の友。憎さも憎し懐かしき、将棋仲間。

ご隠居  お前の言うことはどうも出鱈目でいかん。竹馬とは小さい頃一緒に竹馬で 遊んだという、幼なじみの事じゃ。30以上年の離れたお前と、幼なじみの訳はないだろう。 またな、『憎さも憎し』とは碁敵が上の句に来るのじゃ。まあ、将棋でも同じ思いだから 良しとしようか。

熊さん  まあ、ぺらぺらうるさいじじいだな。所で若旦那、話したくてうずうずしてるって、 顔に書いてあるぜ。

若旦那  先程も茶髪どのと話して来たのだが、『壇浦兜軍記』盛り上がっていましたな。

ご隠居  阿古屋だけに注目が集まったようじゃが、本来は、通し上演の中味を 検討せねばなるまい。琴責めの場以外、全てが目新しいものじゃたが、わしが気に入ったのは、 十蔵住家の場。又五郎さんの母親役がなかなか。いつものように出は声が出ないが、 調子が出てくると、哀感漂いさすがだった。

熊さん  しかし、全体を通して初めて見た訳だが、阿古屋の想いはあの場面だけで、 いつの間にか子供を生んでるなんて、どうも納得がいかない展開だよな。

茶髪娘  気になったのは、その他にも、團十郎さん。柄にも合い、科白も立派なんだけど、 なんだか心に訴えてこない。二役の性根の違いも明確でなっかたし、ちょっと、 体調が悪いんじゃないかと、心配しちゃった。

ご隠居  まあ、国立はこれくらいにして、歌舞伎座だが、目玉はなんと言っても、 百寿を迎える志寿太夫さんじゃな。

若旦那  その元気なこと、驚きでやんすな。それにしても、幹部連中の踊り?は 何とかならなっかたんでしょうか。右に行ったり左に行ったり、まさ右往左往するだけで、 詰まらなかったじゃありませんか。

茶髪娘  そういう意見も多かったけど、あたしは結構楽しかったよ。贔屓の役者さんを チェックしたり、女形では誰が綺麗か見比べたり、幸四郎・吉右衛門兄弟は公家姿が 全く似合わないとか、すっかり楽しんじゃったよ。

熊さん  俺も、女形にチェックを入れたけど、思いの他に秀太郎が綺麗なんで びっくりした。もっと、舞台で活躍して欲しいね。

ご隠居  わたしが感心したのは、連獅子を踊った亀治郎くん。可憐な子獅子の心情を きちんと表現していた。毛を振る所でも、叔父さんを圧倒していて、おかしかったな。 あの猛優と言われる、猿之助に負けないんだから、立派さ。

熊さん  あっしが気に入ったのは、文七元結。何度か見ているし、正月のTVでも 全部見たから、あまり期待しないで見ていたんだけど、ついつい引き込まれて思わず涙が こみ上げて来ちゃった。やっぱり、勘九郎はすごい役者だね。

ご隠居  確かに、人の命は金じゃ買えねえ、て所は背筋がぞくぞくってしたな。 見ていて改めて気づいたんだけど、文七は最初に名乗っているんじゃよ。 和泉屋の手代文七ってな。しかし、勘九郎の長兵衛は、雪駄を取りに川淵に移動して、 全く話を聞いちゃいないんだ。その結果、女房に問いつめられても、相手がどこの誰だかも 覚えちゃいない。ああした、細かな演技が、見事ですな。

茶髪娘  勘九郎さんも良かったけど、義兄の藤十郎さんも忘れちゃいけなよ。 いい味出してたじゃない。お姫さま姿もいいけど、こうした貧乏長屋のお上さんもいいよね。

若旦那  あちしは、人間国宝四人が揃った、十種香、良かったでげすな。殆どが 竹本に乗った動きで、退屈な人も多かったようげすが、さすがという決まり決まりの演技でした。

ご隠居  富十郎さんは、腰元濡衣を演じた他にも、禿とうかれ坊主を踊った。 お元気なことだが、うかれ坊主はちょっとスケベったらしさが足りなっかたかな。

熊さん  あと思いがけない拾い物は、菊五郎さんと宗十郎さんの『身替座禅』。 宗十郎さんの奥方が、大口を開けて怒る所など、もう抱腹絶倒。これまでも様々な組み合わせで 演じられて来ているが、ひょっとして最高のコンビかもしれないなあ。

茶髪娘  毛谷村の吉右衛門さんも良かったし、今月はいつもより高い金を 取っただけのことはある、予想外に良い舞台だった。

ご隠居  すっきりまとまった所で、今日はこれぎり。



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