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ついでに七九もやってたも (『野崎村』で久作が久松に頼んでいうせりふ) 『野崎村』のこのシーンには耳慣れないことばが沢山でてきます。 「橙の数は争われぬもの」 「孝行に片身うらみのないように」 「三里をすえてくれぬか」 「もぐさもけんびきもおおづかみにやってくれ」 「ついでに七九もやってたも」 上から順に、お正月にお供えの飾りに橙を用いることから、年をとること。「片身うらみ」とは不公平から生じる恨み事のこと。三里はお灸のツボ、手と足にあり「三里当て」は以前に説明しました。 「けんびき」とは「痃癖」と書き、「けんぺき」がなまったもので、首から肩にかけて筋がつること、またそのことから肩もみ=按摩のことをいいます。 さて問題の「七九」ですが、白水社の『歌舞伎オンステージ15 新版歌祭文』をみますと「背骨と肩胛骨の間にある八ヶ所の灸をすえる場所」とあります。これは多分岩波の「日本古典文学大系 浄瑠璃集下」の注釈をそのまま用いたようです。しかし、ここは久作が肩を揉んでいる久松にむかっていっているので、お灸のはなしをするのはヘンですね。お灸をすえているのはお光です。 正解は『名作歌舞伎全集 第七巻』(東京創元社)の戸板康二さんの解説にありました。 『「七九」は「糸竹」と書いて、こめかみの事を意味する言葉だという。』 調べてみますと、目の周りには多くのツボがあるのですが、「糸竹空」は眉毛の一番外側に当たる場所のようです。たとえばこちらにくわしくのっています。 歌舞伎座にでかけたら、鴈治郎さんが富十郎さんのどのあたりを揉むのかよ〜〜く見ておきましょう。 20050214記 |
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様子あって久離切り (『新口村』で孫右衛門が忠兵衛についていうことば) 久離=きゅうりと読みます。広辞苑には「旧離」とも書かれています。雪の中鼻緒が切れてころんだ孫右衛門を梅川が助けおこしたあとの会話です。 「わしにも年たけた悴があったが、様子あって久離切り」「久離切った親子なれば、好かろうが悪かろうが、構うことはなけれども」といったせりふになります。 広辞苑には「自分より目下の親族で欠落(かけおち)をした者に対し、役所に届け出て、関係を断絶すること」。また大辞林には「江戸時代、不身持ちのため別居または失踪(シツソウ)した子弟に対し、目上の者が連帯責任を免れるため親族関係を断絶すること」とあります。どちらも欠落や失踪を理由にしていますが、これはそうした情況の時に多く「久離切り」がおこなわれたからにすぎません。江戸語の辞典をみますと「正式に勘当をする。すなわち官に届け出て久離帳に登録し、人別帳から削除してもらう」となっています。 落語などでもおなじみの「勘当」と久離はどこがちがうのでしょうか。たまたま最近文庫になった『おもしろ大江戸生活百科』(北村鮭彦・新潮文庫)をよんでいましたら、そのくわしい区別がでていました。 簡単にいうと勘当には大きく3つのランクがあって、軽い順に「内証勘当」「勘当」「久離」となります。「内証勘当」は非公式な勘当で身内だけの処置です。落語の若旦那の多くはこれでしょう。公式にどこかに届けるということはありません。本当の「勘当」になりますと、名主に正式に届けでます。「久離」は重勘当ともいわれ、「家主、町役、五人組、名主が添え書きをして奉行所へ届けます。」さらに係の役人が慎重に調査して受理し、「奉行所に保管してある人別帳の名の上に『久離』と書いた札が付き、いわゆる『札付き』者になります。」とあります。 ただし少々おかしいのは、町の人別帳は奉行所には保管されていないはずです。江戸幕府や諸藩はそこまで管理していません。人別帳を管理しているのは、町村役人のはずですね。 20050212記 |
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ドレ添乳してやりましょう (『葛の葉』であそびから帰ってきた童子に葛の葉がいうせりふ) 文字通り「乳児に添い寝して乳を飲ませること」(広辞苑)なのだが、この後に安倍晴明になる童子はいったい何歳だとおもいますか?保名のせりふに「ここにすまいいたすもはや五年、安倍の童子と申す五つになる倅をもうけ」とありますから、数えで五歳、少なくとも満で四歳にはなっているでしょう。そんな現在では幼稚園に通う子どもに、おっぱいを飲ますのでしょうか? じつは平安時代はいざしらず、江戸時代には数え年の六〜七歳まで乳を飲ませていたらしい。これは『江戸の子育て』(中江和恵・文春新書)にでていて驚愕したおぼえがあります。前の民主党代表で国会議員の鳩山由紀夫氏や鳩山邦夫氏の曾祖母にあたる鳩山春子はその自伝で,、「一番末っ子の為か私は六歳位まで乳を呑んで居たので、身体が非常に丈夫でありました。」と書いています。乳を十分に飲ませることは、子どもへの愛情だと当時の多くの人は考えていたようです。 それにしてもちょっと現在では考えられないことですが、そのために乳母が重要視され、歌舞伎にもよく登場する「お乳の人」がお家騒動の原因となったり、大切な若君を守ったりするわけです。これがいまのように一歳くらいで乳離れをさせていたら、乳母のことなどちっとも記憶にのこりませんものね。このことは意外に知られていない、江戸時代の盲点でしょう。 20041125記 |
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たがよたがよ (子どもが泣き出した時あやすことば) 考えてみれば、何だかヘンなことばですよね。これはどうやら泣いている子どもにむかって「誰が泣かしたんだい」という問いかけなんだそうです。それがつまって「誰がよ」になったのです。 20041125記 |
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理を非に曲げていわして見しょう (『沼津』で平作が出立した十兵衛を追う時にいうことば) 「理」とは道理のこと、つまり正しいこと、「非」はその反対。簡単にいえば、「なにがなんでもいわせるぞ」と平作はお米にむかって決意表明しているわけです。 もちろん、十兵衛にいわせるのは仇股五郎の居場所あるいは逃亡先です。そして自らの命をすてることであの有名な「落ちつく先は九州相良」ということばを引きだすことになります。 この「理」と「非」は反対ことばといえるのでしょうが、最近は「是」と「非」をつかうようになりました。「理が非でも」は聞き慣れませんが、「是が非でも」「是非にも」は日常的に耳にすることばです。どちらも古くからつかわれているようですが、なぜか最近は「理」がつかわれなくなりました。「理非曲直」なんて、いかめしくてちょっと迫力を感じさせることばなのですが……。この「理非曲直」については面白い笑い話がありますので、絶句帳で紹介します。 今回このことばが気になったのは、宇野信夫さんのこんなはなしが記憶にあったからです。 たしか「雪地獄」だったと思うが、その中に「是が非でもやりとげなければ」というセリフを書いたことがある。六代目は「一般にはこの頃そう言ってるようだが、これは邪が非でもじゃないかな」と言った。成程そういわれて気がつくと、是が非でも、とはわけのわからない言葉だ。(宇野信夫『菊まくら』より) この時はなるほどとおもって読んだのですが、よくよく考えてみると、「邪が非でも」というのはヘンですね。なんで宇野さんは「是が非でも、とはわけのわからない言葉だ」なんて、なんども書いたんだろう。どうも不思議だ。その理由を「是が非でも」しりたくおもう。 20041015記 |
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015
手が長い (『助六』でかんぺら門兵衛と助六とのやりとりで出てくることば) 門「なんだ、わしだ」 助「ムウ、わしだァ」 門「うぬが鷲なら、おらァ熊鷹だ」 助「熊鷹の長範、貴様は手が長いな」 門「おきゃァがれ」 とまあこうなります。 わし→鷲→熊鷹→熊坂長範→手が長い、という連想ゲームですが、熊坂長範とは平安末期に活動した大泥棒です。長範の伝説は各地に残っているようで、たとえばこことか、こことかを参照してください。 問題はなぜ「手が長い」か?じつは「手癖がわるい」「盗み癖がある」ことを「手が長い」といったようです。いわれてみれば、イメージがわいてきますね。 20040618記 |
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012
ひえもん (『助六』の中で、助六が花道から舞台中央へ出ていく時の言葉。) じつはこれ、冬に銭湯で湯船に入る時の挨拶の言葉なんです。 ひえもん=ひえもの=冷物、つまりまだ身体が冷たい状態であることを断っている訳です。助六はその言葉をしゃれの感じで言っているのでしょう。 また、辞典には「後から寝床に入る時」にも使われたとあります。こちらの意味で助六は使ったのでしょうか? 20000207記 |
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008
長竿にする (同じく『盟三五大切』の中で、源五兵衛が小万たちの行動についていうことば。) 深川の岡場所で言い始めたことばだそうで、芸者や娼妓が客を振る、あるいは冷遇すること。『長竿で突き出す』ともいいます。 また同様の意味で単に『突き出す』という表現もあり、絶縁する、手を切る、捨てるなど。後に男が女に対しても使うようになったそうです。 19980909記 |
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006
まんがちな人 (同じく『義経千本桜』の川連法眼館の場で、静が義経と再会した後、忠信の姿を発見して、「ちっとの間に先に抜け駆け。まだ戦場かと思うてか。ほんに、まんがちな人ではあるわいなア。」と語ります。) まんがちとは漢字では、目勝と書き、身勝手、我勝ち、利己排他、こすいなどの意味があります。 19980721記 |
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005
チチュウがあれば容赦しない (『義経千本桜』の椎の木の場で、権太と小金吾が言い争う際に、何度も出てくることば。) 調べてみますと、難しい字ですね。足偏に知る(踟=チ)に足偏に厨(チュウ)でチチュウ。もともとはためらう事、転じて万一の事、あやまち、まちがいの意に使われたそうです。 19980721記 |
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001
あもつき(『廓文章』の吉田屋店先の場より) やたら「あもつき」ということばが出てくるので、なにかと思って調べてみました。 あもとは『餅』のことで関東では小児語として使われたということです。 199800128記 |