「櫻前線」



 「なんだか変な感じだね…」
 私の感想に、美樹と涼子がうなずいた。じっさい卒業式の日に桜が咲いてるなんて、めったにないことなのだ。みんな呆然と桜並木を見上げていた。すぐ近くにある海岸から、かすかに潮の香りが漂ってきている。
 海の見える学校なんて、なんだか恥ずかしい響きだけど、ほんとに見えるのだからしょうがない。学校のすぐ隣の公園の、桜並木から松林を抜けると、そこがもう砂浜なのだ。交通の便があまりよくないのと、このへんが田舎で無名なせいで、そこはまだ正しき日本の砂浜という雰囲気をかろうじて保っている。いちおう国定公園(だったかな?)らしいので、不良やアベックの皆さんもあまり見かけないし、とても清潔なのだ。
 そんなわけで、海水浴シーズン以外はとても静かなその公園は、うちの学校の生徒には、とっておきの息抜きの場所になっていた。
 見渡すかぎり、音もなく桜の花びらが舞い散っている。
 こんなにも美しい世界の中で、私のこころは別の場所へと飛んでいた。そのことを考えるたびに胸が苦しくなる。
 そう… とうとうこの日が来てしまった。

 高校からの卒業というのは、一生のうちでもちょっと特別だと思う。あまりにも、たくさんの旅立ちにあふれてる。育った街や家、家族との暮らし、学校という特別な世界、友達のみんな、今までの人生のほとんど全てだったものから、卒業していくことになる。
 そして、それはだれも避けることができない。旅立ちをおくらせることさえできないのだ。

 ダレモ逃ゲルコトハデキナイ

 でも私は逃げ出したかった、世界の時間を止めてしまいたかった。こんなかたちで旅立ちたくなかった。
 私は…こわかった。


「ね、倉沢くん知らない?」
「え?そういやさっきから見てないなあ」
 もう校舎を半周して聞きまわってるのに見つからない。この肝心なときに…
 あちこちで、それぞれの"さよなら"が飛び交っていた。だれもが今日を境に、それぞれの選んだ道、あるいは進まざるを得ない道へと分かれ、散り散りになっていくのだ。このうちの何人と、また話すことができるだろう?
 記念品や寄書きの交換、記念写真、泣いてる子もいる。けれど私の目には入ってなかった。

「倉沢なら、さっき帰ったみたいだぞ」
「ほんと!?」
 あのバカ、今日は一緒に帰ろうっていう私との約束なんか忘れちゃったわけ?私はなかば逆上しつつ、駆けだしていた。だれかが呼んだような気がしたが、振り向く余裕もなかった。
 校舎の裏側の抜け道、通称「キャットウォーク」は、ふつう遅刻したときに使うものだが、今日は逆だ。ここから出れば先回りできるはずなのだ。わたしは植え込みの枝をかきわけ、油断してた猫をケとばしながら、どうしてこんなことになったのかを考えてた。
 それは、この半年の間、くりかえし、くりかえし考えてたことだった。







時間小説館..
「櫻前線」Page 1 2 3 4  5  6 7