-櫻前線- Page2 



 わたしは空想癖があるせいか、なにかを集中して考えているのに、体は思考とは関係なくきっちり動いている、ということがよくある。単純作業のバイトなんかの時、この癖はフル稼働していて、お金は稼げる空想はできるで、非常に有意義な時間を過ごせたものだ。
 でも、こんどのことについては、そういうのとは違っていた。頭の中がいっぱいで、他のことは何一つ考えられない状態だった。それどころか、何をしたらいいのか考えることも、何かをすることもできないでいた。
 まるで、ただ突っ立って、時間と世界が動いているのを眺めていたようなものだ。わたしはなす術もなく、「終わり」が迫ってくるのを見つめていた。そしてその「終わり」は、わたし自身が招いたことなのだ。考えただけで泣きたくなってくるけど、ぐっとこらえた。
(…泣くな、今日だけは泣くな)
 こう誓うのは今日何度目だろう?わたしは、そんな気分を振り払いたくって頭を振ると(少しも楽にはならなかったが)、以前に通った時よりも、少しだけ濃くなった茂みの中を突き進んでいった。


(その日、わたしは海岸へと続く道を、一人で歩いていた。少しずつ地面が砂混じりになってくる。靴に砂が入ってしまうかもしれないけど、なあにかまうものか。
 日曜日だというのに私服で学校に来たのは、バスケ部の練習試合の応援のためだ。わたしはもう3年だから引退している。他のみんなは予備校や模試なんかで日曜でも来れない人が多かったが、わたしはそういうのにはあまり行ってない。どのみち進路はもう決めてしまっていて、あまり焦る必要はなかった。苦労してるみんなには悪いから黙っているだけなのだ。
 後輩たちの試合は小差での負けだったが、練習試合だし、うちはもともと勝ちが全てのガチガチの体育会系ではなかったので、それほどみんな落ち込んだりはしていなかった。
 後輩たちは打ち上げのお茶会に誘ってくれたが、何となく理由をつけて断ってしまった。後輩たちに囲まれて過ごすのが好きな人もいるが、わたしはなんだか長居してはいけないような気分になってしまう。別に行きたくないわけではなかったけども、3年生はわたし一人だったし、後輩たちがどんなに笑ってむかえてくれても、「ここはもう自分の場所じゃない」と思ってしまう。
 もうとっくに葉っぱだけになった桜並木を、海からの風が吹き抜けている。まだ海水浴には早いしここではウインドサーフィンは禁止されてるから、海岸はきっと静かだろう。(もっとも、このへんではそんな人は久しく見てないが)
 この桜並木から松林を抜けると、もうそこは海岸なのだ… )


 植え込みをかきわけて進んでると、制服の袖がなにかに引っかかった。無理に引っ張るとほつれてしまう。今日のために念入りに手入れした制服は、もはや風前の灯火だった。
「ええい、くそ、あたしは急いでるんだ!」
 強引に前へ進んで最後の茂みをくぐり抜けると、急に後ろから衿首を引っ張られたみたいに、のけぞってしまった。しりもちをつきそうになるのを、かろうじてこらえる。最高にかっこわるい体勢で道にとび出てしまった。

 ふと見上げると、目の前に倉沢樹が立っていた。






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