-櫻前線- Page3 




「なにしてんの?」
「なにって…」
 わたしが次の言葉を思いつく前に、倉沢くんは近づいてきて、木の枝に引っかかった制服の衿を外してくれた。腕につかまって立ちあがる。
「妙なとこから現れるね…」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
 いつもながら彼はクールだけど、わたしは恥ずかしさと驚きの混じった気持ちもあって、つい声を荒げた。そもそもこいつのせいで…
「忘れたの?今日は一緒に帰ろうって…」
 ふと、彼が手を伸ばして、わたしの髪に触れた。思わず息が止まる。彼はわたしの髪に引っかかった葉っぱをつまむと、指先でくるくる回しながら独り言のように言った。
「そうだっけ?」
 そう言いながら彼はまた歩き始めた。なんだかわたしは、はぐらかされたみたいで気が抜けてしまった。心臓が私の意思と無関係に高鳴ってるのが、なんだか場違いな気がして腹立たしい。こんな時は気のきいた皮肉でも言いたかったが、なんにも思いつかない。
 いつだって… そう、いつだってこんな調子なのだ。
 2、3歩先に立って歩いていく彼の背中を見ながら、わたしはどうやって話のきっかけをつかもうかと考えてた。そういえばわたしは、倉沢くんの背中を見ていることが多い。つきあいはじめる前も、二人で一緒にいるときも、飽きもせず背中を見ていた。倉沢くんもわたしも、そんなに話し下手ということはなかったが、なぜかそうしているほうが、わたしは気持ちがよかったのだ。もしかしたら、その方が安心だったからかも知れない。

 高校3年となると、ごく親しい友達以外とは、進路の話はしにくい雰囲気になってしまう。誰もが見えない自分の未来と向かい合い、否応なしに選択を迫られていく。成績を上げていい大学に入れば自分の望む人生に近づける、なんて教師のお題目は全く信じてなかったが、ひとつだけはっきりしてることがある。
 自分で選んだ道を進んだ結果、なにが起こったとしても、それを自分自身が受け止めて、生きていくしかないということだ。
 なにが起こったとしても… 

 わたしたちは公園の入口をくぐって、二百メートルほども続く桜並木に入った。少し長く歩くことになるが、公園の向こう側のバス停を使ったほうがはやいのだ。それに二人だけで話をするには格好の場所だ。それに、この場所から全てが始まったのだ。そして今は、「終わり」が始まろうとしている…
 今、わたしたち二人を桜吹雪が包みこんでいる。張り詰めたわたしの気持とは関係なく、それは息をのむ程に美しい世界だった。

「桜、すごいね…」
「そうだね」
 倉沢くんも、トンネルのような桜並木を見上げると、まぶしそうな目をして言った。
「…でも、すぐまた見れるさ」
 一瞬、わたしの中でなにかが動いたような気がしたが、それはすぐに消えてしまった。

 意を決して、わたしは何度かつんのめりそうになりながら、タイミングを見計らって話しかけた。(うるさいぞ心臓、ちょっとは落ち着いてくれ)
「ね、倉沢くん…」
 と、そのとき倉沢くんは歩きながら顔をこっちに向けて、まっすぐわたしの目を見つめた。それはごく自然な反応だったけど、目が合ったその瞬間、わたしは今まで何度も頭の中で繰り返してたシナリオが、百万光年の彼方へと消えていくのを感じた。






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