-櫻前線- Page4 



 困った。わたしから話しかけたくせに、話題がなにも思い浮かばない。一瞬、気まずい沈黙が訪れそうになる。まずい、なんとかしなくては…
「なに?」
 と、なぜか倉沢くんの穏やかな声と一瞬の間のおかげで、わたしは少しだけ落ちつきを取り戻した。
 ふとわたしは彼が卒業証書の筒以外、手になにも持っていないのに気づいた。彼のクラスでも、女子が共同で全員のぶんの花を買いこんで、一人ずつに配ったはずなのだ。
「あれ、そういえば花は? もらわなかったの?」
 彼は答えるかわりに左ひじを前に突き出すと、まるでなにかを振り払うように軽く腕を振った。すると制服の袖から白い花がすべり出てきて、彼の手におさまった。なんか手品みたい。
 わたしは「きゃはは!」と笑って拍手した。
「拍手はいい、拍手は…」
 倉沢くんはちょっと恥ずかしそうに顔をしかめると、そっぽをむいたまま、手に持った花をわたしの前にさし出した。
「やるよ」

 というわけで、わたしの花は二つになった。女の子には赤い花、男の子には白い花… なんともありがちな選択だけど、実際これしかないのだ。
「ありがと… でも、持ってればいいのに」
 そういいながら、わたしはちょっと感動していた。倉沢くんから花なんかもらうのは初めてなのだ。一瞬、抱えてる悩みを忘れそうになる。
「恥ずかしいよ、そんなの持って歩いてたら…」
 ふふ、彼はけっこうそういうのを気にする性格なのだ。それに、彼はいつも自分自身をコントロールしていたい人で、それがいつも冷静な態度となって表れてる。でも、彼だって歳相応に「熱い」なにかを抱えていることは、この半年ほどつきあってるうちに、わたしにもわかってきた。そして彼は、自分がそんな感情を持っていることを、人に知られたくないみたいに見える。

 薄桃色の桜が舞い散る中、わたしは手に持った花をゆっくりと回しながら眺めた。赤い花は女の子、白い花は男の子…
「そんなの、恥ずかしがることなんかないのに」
 なぜかしばらく間があいた。彼の答えが返ってこない。
 ふと、まわりを見回すと、わたしはいつのまにか、一人で歩いていたことに気がついた。倉沢くんの姿はない。

 突然、わたしの中に不条理な恐怖がわきあがった。一瞬、この桜の舞い散る美しい静かな世界が、なぜだか恐ろしいものに感じられてくる。
「倉沢…くん?」
 声が震えている。わたしの呼びかけは、桜吹雪の中にうずもれてしまいそうな程かぼそかった。
「倉沢くん!」
 一瞬、桜並木の向こう側に、黒い制服の背中が見えたような気がした。
 わたしは考える前に駆け出していた。




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