ためらいも、とまどいも、すべて捨て去って…。
◆第336話【ふたつの命】 |
「冴羽っ ケガ人を事故車から救助するぞ!」
血相を変えたサイモンは、車のドアをチャッと開けて外に出た。
そんな彼を、「へ…」と呟いて見やるリョウ。
サイモンは、中央分離帯のガードレールにガッと足をかけ、事故車の連なる反対車線に飛び移った。
「もしガソリンが漏れていて引火しでもしたら 大惨事になるぞ!」
「マジかよぉ…」
リョウは車の中から、面倒そうに視線を向ける。
「 グズグズしない!」
サイモンに続いた香瑩が、リョウの車の前をダッと横切っていった。
はぁ・・・
ハンドルにもたれて、溜め息をつくリョウ。
「やれやれ 天使のサイモンは 今でも健在ってかぁ…」
リョウもドアをチャッと開け、渋々と車外に出るのであった。
☆
バタタ タタタタ
翔子の操縦する遊覧ヘリは、今もダダダと都心の空を飛ぶ。
客のカップルが抱擁を続ける中、翔子はふと眼下に視線をやった。
「…事故?」
はるか下を見ると、首都高の先が事故で渋滞しているようだった。
「……」と思い、それを見やる翔子。
☆
「よっこらせ」
横転している大型トラックのドアを、ガチャと開けたリョウは、上から車内を覗き込んだ。
「お〜〜い 生きてるかぁ〜〜?」
「あは…あはっ ど ども その すみませぇん…」
中の運転手は目立った傷もなく、座席の上で苦笑していた。
「元気そうじゃん♪」
サイモンはケガ人に肩を貸し、ガードレールの所に避難させている。
香瑩もトラックに突っ込んだ乗用車のドアを開け、すかさず車内に声をかけた。
「大丈夫ですか? ケガはありませんか!?」
「あ…ああ 俺は何とか… だが彼が足を 骨折かも…」
頭から血を滲ませているドライバーの横では、助手席の男性が辛そうに顔をしかめていた。
「じゃあ 二人でその人を外に……」と、ドライバーを促す香瑩。
すると助手席の男性が、声を上げた。
「私は…いい! 時間が迫ってる!」
「頼む… これを早く!」と、膝の上に抱えていた金属製のケースを示す男性。
「……それは?」
香瑩が尋ねると、男性は続けて説明した。
「私は臓器移植コーディネーターだ…… これは――」
「移植用の心臓だ!」
そのケースを見つめる香瑩の心臓が、ドクンと大きく脈打った。
「 っ!」
トラックから運転手を引っ張り上げるリョウの所に、香瑩は駆けていった。
「どうした アシャン?」
「 これっ!」
香瑩は焦った様子で、金属製のケースをリョウに掲げて見せる。
目を見開くリョウ。
「…今日は あちこち渋滞がひどくて病院への搬送スケジュールが大幅に遅れて…」
「ようやく道が流れ始めて 何とかタイムリミットまでに着けそうだったのに――」
ケガ人の並ぶガードレールに背を預けて座り、コーディーネーターたちは話を続けた。
「この事故で……」額の血をハンカチで押さえながら、ドライバーは言う。
「患者は… すでに摘出準備手術に入っている!」と、顔に汗を滲ませるコーディネーター。
「タイムリミットは もう一時間を切った! …早く届けないと!」
そんな彼らの前で、リョウたちは黙って話を聞いていた。
「心臓も患者も全て終わりだ! 頼むっこれを!」
「頼むったってなぁ……」
コーディーネーターの足に、応急処置を施しながら呟くサイモン。
「間の悪い事に ここは出入り口と出入り口のほぼ中間点 両車線とも動けないこの状況じゃあ…」と、リョウは残念そうに言った。
「……」
なおも焦った表情の香瑩は、ケースのショルダーベルトをガッと掴んだ。
「走るしかない! 出入り口まで」
「それじゃ 間に合わん!」リョウが、慌てて香瑩を止めた。
「でも! 手を拱いてたら 時間はどんどん…」
「落ち着け アシャン! 考えるんだ もっといい方法を!」
そんなリョウたちの様子を、サイモンは意外そうな顔で見つめた。
「冴羽… らしくないぞ」「二人共 熱くなりすぎだぞ……?」
香瑩の肩に手をやり、彼女を落ち着かせるリョウ。
スッと姿勢を戻したリョウに、またサイモンが「冴羽…」と声をかけた。
「香瑩の心臓は "母親"から"もらった"ものだ」
前を向いたまま、そう話すリョウの言葉を聞いて、サイモンは目を見張った。
サイモンは、下に置いたケースに、しっかりと手を添える香瑩の姿を見やった。
「……まさか」「彼女は心臓…移植を!」と、その胸元から覗く傷痕に気付いて言うサイモン。
「こういう状況は…だから人事とは思えないんだ この子も 心臓も…」「もちろん俺もな」リョウは、ポツリと言った。
「……」
サイモンは黙ってリョウたちを見つめると、やがてポケットから携帯電話を取り出した。
「…奇跡的だ… こんな事故にもかかわらず一刻を争う重傷者が出なかった…」
「その心臓を除いては…な」
彼はそう続けながら、ピッと携帯を操作する。
「よう 本社ヘリポート管制か? サイモンだ」
サイモンは繋がった電話に、笑って言った。
「……ははは そう おかげ様で謹慎中の身さ ……ははは」
「ところで翔子の遊覧ヘリは 今 都心辺りを飛んでる頃だよな?」
電話でそんな話を続ける彼を、リョウは「?」と思って見やった。
「サイモン?」
サイモンは手でリョウを制して、さらに電話に言った。
「じゃあ ちょいとこの電話を翔子の無線につないでくれないかな……はは そう言わずにさあ…」
そして「いいから任せろ!」と、リョウに向けて笑みを見せるサイモン。
「つなげっつんだよ! 緊急だ!!」
サイモンはガードレールをまたぎながら、ついに大きな声を出していた。
「?」リョウと香瑩は目を点にして、互いの顔を見合わせた。
バタタ タ タ タ
遊覧ヘリの無線に、サイモンの電話が繋がった。
“よぉ〜〜う 翔子ぉ? パパだよぉ”
「パパ?」と、不思議そうな顔をする翔子。
「何なの? もう会社にいるわけ?」彼女は、ヘッドフォンのマイク越しに尋ねた。
“ははは… ちょいとヤボ用でな まだ首都高で一服中さ”
横転したトラックの前方に立ったサイモンは、煙草をくゆらせながら翔子との会話を続ける。
“首都高? そういやさっき事故っぽかったけど……まさか それに巻き込まれたの!?”
「ははぁ 見てたんなら話は早い 巻き込まれちゃあいないが 今その現場にはいるよ」
ヘリの中の翔子は、それを聞いて、ほ・・・と安堵の息を吐いた。
“だが ちょいと厄介事があってなぁ”
「その事故車の中に 移植用の心臓を搬送中の車があってなぁ」
「そうだなぁ あと45分以内に病院に届けないと―――」
煙草をくわえながら、遠くに視線をやるサイモン。
“心臓も患者ビも 両方ともアウトらしいんだよ”
翔子の目が、そこでハッと見開かれた。
「もうすぐ警察も来るだろうが… 事情を話してパトカーで運んでも もう 間に合わんだろう 困ったもんだ…」
サイモンは道路を塞ぐトラックの前方で、目の前にのびる空っぽの道路を見渡した。
“……”
「……パパ?」
翔子は、汗を滲ませてサイモンに言った。
「翔子… もし おまえがDr.ヘリのパイロットだったら…と思って聞いてくれ」
サイモンは返事をしながら、煙草の煙をぷかぁと口から吐き出した。
“今 目の前に… 引き継がれたい命と それを引き継ぎたい命……”
“その ふたつの命が失われようとしているとしよう… さあ その時――”
翔子のヘリは、その間もバタタタタと上空を進んでいく。
「……」と、表情を強張らせている翔子。
「おまえなら どうする? 翔子…」
翔子は沈黙して、頬に汗を滲ませた。
電話を耳にあてたまま、微笑みを浮かべるサイモン。
“話はそれだけだ 邪魔したな……”
ヘッドフォンから聞こえるサイモンの言葉は、そこでフッ・・・と終わった。
バタタ タタ
ローター音だけが響く機内では、客のカップルが相変わらず抱擁を続けている。
苦悩する表情で視線を落とす翔子。
パパ…?
あたしに来いっていうの…?
操縦桿を掴む翔子は、心の中で考えた。
許可なく首都高に着陸なんかすれば……二度と空を飛べなくなるかもしれないのよ…
いくら人を助けるためだからって…
そんな事すれば Dr.ヘリパイロットになるどころじゃないじゃない…!
あたしにどうしろっていうの!?
パパ!?
コクピットに並ぶメーターを前に、翔子は考えを巡らせた。
タ タ タ タ タ
瞬間、翔子は目を閉じる。
彼女はその目をカッと開けると、操縦桿を握る手に、ぐッと力を込めていた。
ええい
もう――
ヘリの向きが、急激にギュオォオォンと変わった。
「!?」「きゃ ぶっ!」反動で座席に倒れる、カップルの二人。
「わっ わぁああ〜〜〜あ」
知るかぁ――っ
☆
サイモンとリョウ、そして香瑩は、トラックの側に立って空を見上げていた。
「来るかしら……翔子さん……」と、香瑩。
「翔子にDr.ヘリの資質があれば……な」サイモンはそう答え、遠い視線で宙を見つめた。
「でもよぉ 来たとしてこんな狭い道に着陸させる事 できるのか?」
今度は、リョウが尋ねた。
「翔子の腕は確かだ…それは――」と、サイモン。
「俺よりクソ度胸あるんだ あいつぁ!」彼はリョウを振り返り、片目をつぶって見せるのだった。
リョウとサイモンは、互いに微笑みを交わした。
「だが…問題は」そこでサイモンは、背後にその顔を向けた。
「来たっ!」
その時、香瑩が、上空を指差して叫んだ。
・・・タ タ タ
そこには、近づいて来るヘリの機影が、小さく見えていた。
「お…おいっ 高度どんどん落ちてるぞ! どうする気だ!?」ヘリの中でカップルの男が、心配そうに翔子に言った。
「聞こえなぁ〜い!」
翔子は事も無げに答えると、操縦桿をさらにグイッと動かした。
バタ タ タ タ
ヘリは、眼下に見える首都高の事故現場に、一直線に近づいていく。
「ま…まさか あそこ……にィ!?」
「きゃあぁあぁ」
タ タ タ タ
両手を広げるサイモンの上空に、ヘリがいよいよその姿を大きくさせた。
・・・ン ファン ファンン
それと同時に、緊急車両のサイレン音が聞こえ始め、香瑩たちが背後を振り向いた。
車線を逆走して、何台ものパトカーが現場にやって来る。
ハッと表情を変えるサイモン。
「ちっ! やっぱり悪いタイミングで来やがった!」
「今 着陸したら 警察と鉢合わせだ! ヤツら 何を言っても離陸を許可しないぞ!!」
バタタタタと降下して来るヘリを見て、そのパトカーの中でも声が上がっていた。
「何だ あのヘリは!?」「まさか首都高に着陸する気か!?」
「こんな衆人環視の中でサツとやり合うわけにもいかんよなぁ」リョウは、思わず苦笑するのだった。
「着陸中止だ!!」と、サイモンは、リョウに向けて叫んだ。
「着陸する必要ない!」
そこでケースのショルダーベルトが、バッと掴まれた。
「アシャン!?」
リョウが見やると、ケースを持った香瑩が、横倒しのトラックの方にタンと跳躍したところだった。
香瑩はトラックのコンテナにトンと着地すると、ヘリの位置を鋭い視線で確認する。
バタタ タ タ
ヘリを斜め上空に見て、コンテナの上をダッシュで駆け抜ける香瑩。
彼女は勢いをつけてトラックから跳ね上がり、道路の側壁を蹴ってダ ンとジャンプした。
香瑩の体が、宙を飛ぶ。
彼女を見た翔子は、ハッと顔付きを変えた。
ガッ
香瑩の伸ばした右手が、ヘリの着陸脚のスキッドを掴んだ。
その左手では、肩にかけたケースのベルトをしっかりと握っている。
バタタタタと宙に浮かぶヘリに、片手で掴まる香瑩の姿。
「……あのバカ……」リョウは、呆れたような顔をして呟いた。
「…… ι」サイモンは言葉もなく、あんぐりとその口を開けていた。
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| 週刊コミックバンチ第31号(7月17日号)p.47-p.63 掲載分 Total:17p |
| 2009.07.03 |
見過ごせない“生命”だから…!!
☆予告☆ (バンチ予告)鼓動が香瑩を突き動かす!! タイミリミットは僅か…二つの命を救うため香瑩と翔子が大空を舞う!! (欄外予告)緊急事態に空を翔る香瑩!! 無事心臓を届けられるか!? |