カァーンン
夕日を受ける教会の塔から、鐘が大きく鳴り渡った。
コォーン
カァーン
白木神父の前に並んで立つ、友喜と真実の二人。
窓からは日の光が差し込み、鐘の音が場内に木霊した。
コォーンン
子供たちは皆、席について、式の始まりを見守っていた。
千尋やユウちゃんたちも笑みを浮かべ、新郎新婦の事を見やっている。
中ほどの席に座っている香瑩とリョウ。
神父はその時、「……」と思いながら、友喜の顔に視線を向けた。
下を向く友喜の表情は、どこか沈んだ顔付きに見える。
続けて真実の方を見やる神父。
涙を浮かべる彼女もまた、下に視線を落としていた。
「…私は」
神父はそう言って、ニコ・・・と笑った。
「今日生まれて初めて結婚式を務めさせていただきます」
彼のその言葉を不思議に思い、友喜と真実はふと顔を上げた。
「……?」
「ここは見ての通り オンボロ教会です」
神父はさらに、言葉を続けた。
「近所の人も ここは教会ではなく 診療所か養護院としか思っていないのです」
「結婚式を挙げられる所だとは 想像だにしていません」
それを聞いた子供たちが、一斉にどっと吹き出した。
「ホントだぁ〜〜」「結婚式 初めて見るう〜」と笑う子供たち。
あはははは
「それに…… ここだけの話… 私は偽神父なのです」神父は、声を潜めるようにして言った。
友喜と真実は、「……」と、思わず目を点にする。
あははは
子供たちは、なおも声を上げて笑った。
リョウも「くく…っ」と、堪えきれずに笑う。
その隣で一人、キョトンとした表情の香瑩。
「神父様っ ご冗談はほどほどに! これは神聖な儀式ですから!」
そこで千尋が、厳しい口調で言った。
神父は、ビクとなって顔を上げた。
「ちなみに」「あの口うるさいのは 本物のシスターです」
神父は焦りながら、また友喜と真実にヒソヒソと言った。
友喜たちの頭の後ろに、汗が浮かんだ。
「神父様っ!」と、千尋。
皆は一斉に、またどッと爆笑した。
「口うるさいだって〜〜」
「その とぉ〜り」
あはははは
千尋はそんな子供たちの方を向き、「みんなも静かにっ!」と慌てて言った。
友喜と真実が顔を見合わせ、ようやく、くすっと笑った。
「はい… いい笑顔です」
神父はそう言って、二人に笑みを向けた。
「折角の結婚式です 笑顔で行いましょう……では」
「――誓約の儀を執り行います 新郎新婦は向かい合って手を取り合ってください」
神父が二人に告げると、千尋が「皆さんもご起立ください」と、場内の皆に言った。
ガタ・・
香瑩をはじめ、子供たちが次々と席から立ち上がる。
ガタ ガタ・・・
香瑩はそこで、ふとリョウの方を見やった。
リョウは座ったまま動かず、居眠りするように首を下に垂らしている。
「 っ 立つのよ!」と、声をかける香瑩。
「う〜〜〜ん 終わったら起こしてくれよ」
「何 寝てるのよ! 起きて 立って!」
「退屈なんだよぉ 結婚式なんて…話しかけんなよ…もう」
リョウはふぁあ〜ッとアクビをしながら、目から涙を絞るのだった。
すかさず香瑩が「 …」と、声を荒らげようとした、その時。
ドクン
香瑩の心臓が、大きく脈を打った。
「……?」と、胸に手をやる香瑩。
彼女はそうして、ハッとなって表情を変えた。
… …
顔を下に向けたままのリョウを、香瑩は黙って見つめた。
両手をズボンのポケットに突っ込んだ格好で、目を閉じて座っているリョウの顔。
香媽媽の事……
思い出してる……?
リョウを見て、香瑩はそう考えを巡らせた。
その一方で、式は滞りなく進められていた。
「…お二人は―――」「今日 急遽 飛び込みで式の希望をなさいました」
互いの手を取り合う友喜と真実に、神父は言った。
「お二人に どんな事情があるのかは 私は知りません」
「しかし 私は 強い意志をお二人に感じています」
「添い遂げたいという強い意志を……」
その神父の言葉を聞きながら、香瑩は「……」とリョウの事を見つめ続けた。
前髪に隠れたリョウの顔は、口元のあたりしか見えない。
「どんな艱難辛苦をも 乗り越えたいという決意を…」
神父の言葉は、続いた。
 は……
知ってる…
心の中で思う香瑩。
友喜さんの未来は――
リョウ と同じ…
真実さんの未来は
香媽媽と同じ…
手を取り合う友喜と真実の二人は、微笑みながら互いの目を見つめていた。
二人の行く末は…
… 達と同じ――
その決意の先の……
辛さ……
苦しみを――
香瑩は、うつむくリョウの横顔を見つめた。
 は
…知っている…
「今からお二人が誓う短い言葉は 何の飾りもない 使い古された言葉の羅列と思う人もいるでしょう」神父は、友喜と真実に言った。
「しかし その言葉には 二人が歩むべき真理が確かにあるのです」
「それを実行するのは困難であり……無常ですら あるのかもしれません」
「ではその言葉の力を噛み締め… 私にご唱和ください」と、右手を上げる神父。
友喜と真実は、「……」と、互いの瞳を見つめ続けた。
「その… 健やかなるときも…… 病めるときも――」
胸の前に右手を掲げながら、やがて神父が言った。
「…その 健やかなるときも…」と、辛そうな表情で、言葉を繰り返す友喜。
「……病める……」「とき…も――」真実も視線を落として、神父の後に続けた。
友喜と真実は、遠い目をして互いを見やった。
「喜びの ときも…」
神父は、言う。
「悲しみの ときも―――」
閉じられていたリョウの目が、その時、ふっと開けられた。
リョウの中に、満面に笑みを浮かべた香の顔が蘇った。
喜びの……
ときも……
槇村の首に腕を回し、笑いながら道を歩くリョウの姿。
香はその二人の後を、笑顔でついて来たのであった。
そんな光景を思い出しながら、リョウは口元だけで微かに笑った。
そのリョウの横顔を、「……」と、香瑩は見やる。
悲しみの ときも―――――
“虹の橋”。
その橋の上で、槇村は殺された。
号泣する香。
槇村の墓にすがりついて泣く香の事を、リョウは立ち尽くして見守ったのだった。
「富める ときも…… 貧しき ときも――」
神父は、続けて言う。
「……富める ときも……」二人は互いを見つめ、声を合わせて言葉を繰り返した。
貧しき ときも――
・
雪の舞い散る中、開けられたケースの中で、指輪の宝石がキラリと光を反射した。
悲しそうな目で指輪を見つめる香に、コートをかけてやるリョウ。
香がケースを胸にギュッと握り締める隣で、リョウは橋の上から雪の舞う空を見上げた。
リョウの胸の中で、涙を流す香。
木漏れ日が差し込む、新宿御苑の木陰で、リョウと香は互いを抱き締め合った。
これを愛し……
これを敬い――
土砂降りの中、路面の水溜りを蹴って、リョウは駆けていった。
香の選んだウェディングドレス。
これを慰め……
これを助け――
回転する救急車の赤色灯。
降りしきる雨を受けながら、香はその顔に微笑みを浮かべた。
下に力なく落ちてゆく香の手。
リョウは、絶叫した。
……死が
二人を別つまで
タキシード姿で香を抱きかかえるリョウは、交差点の真ん中で、両膝をついたまま絶叫した。
二人の上に、雨は容赦なく降りつける。
ザァアァアアア
持ってきたウェディングドレスを香の体にかけ、その場に立ち上がるずぶ濡れのリョウ。
花嫁の姿となった香は、ひしとリョウに抱き上げられ、ただ眠っているようであった。
だが雨は、なおもそんな香の顔を濡らすのだった。
……共に
生きることを――
・
ポケットに突っ込まれたリョウの手に、ググッと力が込められた。
香瑩は黙って、リョウの横に立っている。
「――誓いますか?」と、白木神父。
「……」
友喜はしばらく何も言わず、汗を滲ませて、真実の顔を見つめた。
真実は静かに目を閉じ、次の言葉を待っていた。
さらに汗を滲ませて、真実を見る友喜。
「死が……」と、友喜は、言った。
真実は、そこでふと目を開け、表情を曇らせた。
友喜が、先を続ける。
「二人を 別つ"ことがあろうとも"」
と、彼が言ったその言葉を聞いて、真実はハッと顔を上げた。
「…共に "生きつづける"ことを――!」友喜は、さらに言った。
彼は目から涙をこぼし、真実の顔を見つめて笑った。
「……」と、友喜を見つめ返す真実。
真実の目にも、やはり涙が浮かんでいた。
誓います……!
ブーケを持つ手を固く取り合い、二人は誓った。
香瑩はリョウの腕に、そ・・っと手で触れた。
下を見つめるリョウは、チラリと香瑩の方を見やった。
「……何て顔してんの!」
そう言う彼女を見た瞬間、リョウの目が大きく見開かれた。
目の前に見える香の顔。
彼女は前かがみになってリョウを覗き込み、微笑んで言葉を続けた。
あたしは幸せだよ……
リョウ――
そんな香を、リョウはハッとしたように見つめた。
香の顔は、香瑩の顔に重なっていた。
リョウは目をふっと緩ませ、続けて顔に笑みを浮かべた。
真実の事を、真っ直ぐに見やる友喜の姿。
涙を流す真実もまた、微笑んで彼を見つめるのだった。
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