恋の香瑩争奪戦を制するのは―――!?
◆第355話【受け止める覚悟】 |
「死を… 覚悟している?」
夜。リョウのアパート。
「…う…ん」
リビングのテーブルに両手で頬杖をつく香瑩は、思いわずらう表情で返事をした。
「ただの… 直感だけど… …そう感じたの 今日…」
「……」
カウンターに背を預け、缶ビールを片手にそれを聞くリョウ。
リョウは缶を口から離すと、「ふぅ…ん」と宙を見やった。
「だから 命を狙われてても 笑っていられる… 死を恐れない…」香瑩は、さらに言葉を続けた。
「そうかねぇ…」そこでリョウが、ガタ・・・とスツールから立ち上がった。
「あのアシャンへのご執心ぶりは 死にたいヤツのものとは思えんがなぁ」
リョウは、香瑩の向かいに座り直し、缶をテーブルにコンンと置いた。
「んなことより 何もなかったのかぁ? 今日ぉ」と、リョウは笑って言った。
「何かっ…て?」顔を上げ、思わず聞き返す香瑩。
「佐久間は俺に似てる 女には手が早いと見た」
リョウは香瑩に指を向けると、ニヤニヤして顔をぬっと突き出した。
「気をつけろよぉ〜〜 隙をみせると すぐ唇を奪いにかかる手合いだぜぇ〜 ありゃぁ」
香瑩は面食らって言葉を失い、赤くなった顔を「…… ι」と下に向かせる。
「判った! どうせ は男の依頼人には興味ないのよね! 相談した私がバカでした」
彼女は声を荒らげて立ち上がり、怒ってその場を後にした。
そうして廊下に続くドアのノブに、チャ・・・と手をかける香瑩。
「…私も 佐久間さんは に似てると思った…」
「私と が初めて会った時の…」
ドアを開け、そう続ける香瑩の背を、リョウはふと見やった。
「あの頃の 喪失感の固まりみたいだった に…」
「タカ鬼に興じる彼の姿を見てたら…そう感じた」
香瑩は背を向けたまま言い残し、リビングから出て行った。
閉められたドアの音が、パタン・・・と室内に反響した。
リョウはビールの缶を掴み、それを口元に傾けた。
「…あの頃の俺…」「か…」
フッと笑みを浮かべ、呟きを漏らすリョウ。
☆
一夜が明け、崇彰のマンション。
ベランダの手すりに、香瑩がふわり・・・と降り立った。
香瑩はそこで、ふと表情を動かした。
見ればベランダの床に、沢山のバラの花が敷かれているのである。
「…バラの道…?」
花は二本のレールのように並べられ、それによって形作られた道が、部屋の中へと伸びていた。
「まぁた わけのわかんない事を…」と、香瑩は困った顔で、バラに沿って歩いていく。
「おはよう 香瑩さん(はぁと)」
その先に待っていたのは、食卓で椅子を引く、エプロン姿の崇彰だった。
「佐久… 崇彰さん…?」
「僕の手作りブレックファーストはいかが?」
大きなテーブルの上には、料理が所狭しと並べられていた。
「手作り? これ…ホントに!?」
「僕は何でも 凝り性なんだよ」
「すっごい意外〜〜!?」
「前言撤回!  とは大違い (…手抜き料理王だもん ι)」香瑩は、心で呟いて苦笑した。
「ささ 食べてみて 味は保証するよ」と、崇彰は、席についた香瑩を促した。
「う…うん」
料理にフォークを突き立て、それをぱくっと口に放り込む香瑩。
「ホント! 美味し〜い!」
香瑩は、すぐに驚きの声を上げる。
「ま… 当然だよ」
向かいの席に腰を下ろした崇彰は、気取った表情で言い、胸の上に手をあてた。
「だって愛する人の為だけに僕が真心込めて作ったんだから」
「いわば僕の愛の結晶が 詰まった香瑩スペシャル ブレェ〜クファ〜スト!」
崇彰は料理の器を両手に持ち、ブンブンと誇らしげに振り回した。
「さぁ僕の愛をたぁ〜っぷり味わって…」
と、そんな崇彰が香瑩を見やると、彼女は一心不乱に朝食を口へ運んでいるのだった。
ぱく ぱく ぱく
「…… て…聞いてない‥‥のね… ι」
崇彰は拍子抜けしたように、香瑩が食事する姿を眺めた。
そしてその顔に、微かな笑みを浮かべる。
☆
玄武門。
「石油関連企業最大手 サクマグループ…ねぇ〜」
「そうヨ …関連企業150社を超える 世界でも有数の…」
そう説明をする陳に、リョウは箸を動かしながら「知ってるよ…」と、言葉を返した。
「でも 佐久間って名前だから まさかとは思っていたけど…」
リョウは開店前の店内でテーブル席につき、並べられた料理を平らげようとしている。
「マジ 大御曹司だったんだなぁ あいつ…」
「……」と、テーブルの横に立っている陳。
「そんな大企業の跡取りが 何であんなに生きる気力が希薄なのかねぇ〜…」
口一杯に料理を頬張ったリョウは、笑いながら陳に迫った。
「何か知ってる?」
「え… それねぇ…」陳はたじろいで、その身を引かせた。
「教えてよん(はぁと) 陳さぁ〜ん」
「…は」「はぁ まぁ…」陳は困ったように答えると、ポツリとリョウに語った。
「一言でいうと…」「優秀すぎた…いう事ヨ 崇彰様は…」
「崇彰様は 幼い時からお父様の期待に応えようと 全ての生活を顧みず頑張ってきたネ」
「そして本社に入社してからは早々にその成果を存分に発揮しはじめたヨ お父様のために――」
ガッ ガッ ガッ
リョウは皿の料理を箸でかっ込みながら、陳の話を「ふんふん」と聞いた。
「すぐにグループ内で 大勢の者の信頼を得る事が出来たケド …逆にその優秀さを疎む敵も多く作ったヨ」
「うまいな このチンゲンサイ サイコ〜(はぁと)」
「それで…… 崇彰様が言うには最も自分を疎んだのが… 現グループ総帥 佐久間泰造様……」
「お父様だ…と」
陳はそう続け、額に汗を滲ませるのだった。
「ほうほう」
リョウは今度は、ずぞぞぞぞと麺を啜った。
「お父様は まだまだ引退する気はないネ」
「けどこのまま息子に手腕を振るわれれば… 自分を早期引退へと追い込む声が高まるはず…」
スープをず〜・・と飲み干し、満足気にゲフッとゲップするリョウ。
「それを恐れて 崇彰様を小さな関連企業に飛ばし 能力を発揮できないようにした…と」
陳がさらに続ける横で、リョウは楊枝を口元に持っていった。
「ふぅ〜ん 佐久間としては父親の期待に応え役立つ事が全てだった」
「だが その父親に疎まれ 自分の全ての行き場を 存在意義を失った…」
「て とこ?」と、リョウは楊枝をくわえながら、笑って陳に顔を寄せた。
「は… はい」陳は、また身を反らして返事をする。
「実際 入社してからの崇彰様への泰造様の態度は とても冷たいものだった様ネ」
「そんな折ヨ 崇彰様が狙われだして…」
陳は説明を続け、あるバーのカウンターで席を並べた時の事を思い返した。
あの日…
珍しく酩酊した崇彰様は
私に 冗談交じりながらも…
自分を亡き者に しようとしているのが
親父でも驚かない とまでも口走り…
さらには こんな言葉を――
“こんな僕でも 死んだら親父は …僕の為に涙してくれるかな…”
「……と」
グラスを手に苦悩する崇彰の姿を思い出し、話を締めくくる陳。
リョウはフ・・・と笑みを見せ、ガタ・・・と椅子から立ち上がった。
「戦国時代じゃぁ あるまいに… 親兄弟が実の息子の命を狙うなんて事ぁ…なぁ!」
「…はい」
「で? "玄武"は"暗殺の"黒幕を "突きとめた"のか?」
陳の眼前に迫り、リョウはニヤリと口元を歪めた。
「…う…な…ん…」
狼狽した陳は、その顔を横に背けて言う。
「……お 大方の所…は …今は証拠固め…を」
「そっ わかったら すぐ教せ〜てね(はあと)」
リョウは明るく笑い、陳の肩をポンと叩くのであった。
「……」目も点に、陳は汗を浮かべる。
「…たく」
軽く溜め息をつき、リョウは出口に向かって歩を進めた。
「玄武に御曹司をきっちり守らせてるってぇのに アシャンをガードにつけさせたり …何をコソコソやってんだかねぇ〜」
「う… そ… それは…」
「アシャンといれば少しは御曹司の気も紛れるだろうしな…」
「す…すみません冴羽様 …私は…」
そう陳が言うのを遮り、リョウは言葉を続けた。
「ま 出会いはどうあれ こういう事はお互いの気持ち」
「アシャンの気持ち次第だから 俺は口出しはしねぇけど…な」と、振り返って笑うリョウ。
陳は、目を見開いた。
パタンン
ドアが閉じられ、ガラス越しに見えるリョウの影が遠ざかっていく。
「……」と思いつつ、影に向かって頭を下げる陳。
彼はしばしの間、腰を折ったままの姿勢でそこから動かずにいた。
☆
「ん〜〜〜っ」
両手で大きく伸びをして、崇彰がマンションのエントランスから出てきた。
「佐久間社長! 敷地からはお出になられませぬ様に! くれぐれも昨日の様な…」
二人の黒服のガードマンが、慌てて近くに駆け寄ってくる。
「判ってる 判ってる ただの散歩!」
そう返事をする崇彰のすぐ横には、付き添う香瑩の姿もあった。
香瑩がガードマンの一人にチラリと視線を向けると、彼はニコッと満面に笑みを浮かべた。
もう片方のガードマンも、「ニコッ」と笑い、同じように香瑩に会釈をしてくる。
「?」と、不思議そうな顔をする香瑩。
崇彰と香瑩の二人は、ガードマンと距離を置き、庭園を歩いていった。
「あ〜今日もいい天気だ! 今年はカラ梅雨だなぁ〜」
「あの 佐久… 崇彰さん…」
言いかけた香瑩を、そこで崇彰が振り返った。
「そうだ香瑩さん いつまでもベランダから入って来る事ないからね」
「ガードマン達には もう君の事 話してるからチェックなしでエントランスから上がってこられるよ」
「私の事… ボディガードって説明したわけ?」
「ううん!」
「僕の恋人だって(はぁと)」
崇彰が笑顔で言うのを聞き、香瑩は後ろにひっくり返った。
「あのねぇ!」と、怒って起き上がる香瑩。
「彼らも納得してたよ だって――」
「初めて君を家に招いた日から 君が帰るところ 彼らは見てないんだもん ずっと君が家に泊まってると思ってるんだよ」
崇彰は平然とした様子で、香瑩に向かって説明した。
唖然とする香瑩の頭上を、極楽トンボが飛んでいく。
そんな香瑩にササッと近寄り、彼女の肩に手を回す崇彰。
「既成事実として 僕らの関係は周りが認めてる事だし もう本当の恋人同士になっちゃおうよ(はぁと)」
香瑩は身をよじって、その崇彰の手からばッと逃れた。
「ハッキリさせておくけど!私達は依頼人と請負人というだけの関係で…」
「からかっている様に思えたのなら謝るよ けど僕は本気だよ!」
崇彰は、真剣な表情になって言う。
ハッと顔を赤くして、彼の事を見つめる香瑩。
「…私だって…」
香瑩は崇彰に背を向け、ポツリと言った。
「バカじゃないから あなたが本気なのは判ってる… ずっとはぐらかせると思ってたけど…」
「でもちゃんと言うしかないみたいね」
「私には まったくその気はないから!」
そう続けた香瑩の背中を、崇彰はしばし見やった。
「…そう」と、目を閉じる崇彰。
「それでも 僕の心は揺るがない! いつかきっと君の心を…」
崇彰がそこまで言った時、香瑩は声を張り上げる。
「だから!」
彼女は崇彰に背を見せたまま、切なげな表情を浮かべていた。
「私…一生 恋愛しないって決めてるから」
吹き抜ける風に、髪がふわりと踊った。
「……香瑩…」
思わず呟いた崇彰に、香瑩はクルッと向き直った。
そして服のボタンを、上からプチッ、プチ・・と外していった。
「ちょ ちょっ! こんな所で いきなり何を!」崇彰は驚き、うろたえた。
そんな彼に、香瑩は聞く。
「心臓移植者の10年後の生存率って 知ってる?」
ハッとなって香瑩を見る崇彰。
「50%未満よ!」
香瑩はグイッと胸元を開き、そこにある傷跡を見せた。
崇彰の目が、大きく見開かれる。
「…香瑩…?」
彼は驚愕の表情で、頬に汗を滲ませた。
「そんな人を あなたは本気で愛せる?」
なおも問いかける香瑩。
崇彰は黙ったまま、その傷跡を見つめた。
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| 週刊コミックバンチ第16号(4月2日号)p.39-p.55 掲載分 Total:17p |
| 2010.03.19 |
香瑩の告白…そして問いかけ… 崇彰は受け止められるのか!?
☆予告☆ なし |