長男の祐貴が5歳の時、フランス料理店に連れていってやるといったら「嫌だ、かたつむりを食べるなんて」とむずがった。5歳でもフランス料理にエスカルゴがあることが知られているようで笑ってしまった。
ハネムーンでパリに行った時、もちろんエスカルゴを食べた。カタツムリのおいしさよりも、その出汁(?)をつけて食べたバゲット(フランスパン)の方がおいしかった。エスカルゴと大騒ぎするが、大体、これはカタツムリの被害で葡萄園の人々が考 えたと言われている。なーに、日本でも昔は稲の害虫だったイナゴを佃煮にして食べたものだった。アフリカでイナゴの大発生を聞く度に、このレシピを送らなければと思ってしまう。
エスカルゴと似た料理が日本にもある。富山湾はバイ貝が取れるので有名だが、今でもお祭りになるとバイ貝を似た料理がこちらでは出される。それに比べればエスカルゴなど取るに足りない。カタツムリなんて巻き貝が陸に上がっただけだ。しかも、バイ貝は刺身になるとこりこりとして最高だ。昔は富山県民の特権だったが、今では冷凍技術のおかげでどこでも食べられるようになった。
バイ貝といってもイメージの浮かばない人がいるかも知れないが、バイがなまってベーゴマとなった。
三大珍味の一つ、フォアグラだって日本のアンコウの肝の味には及ばない。これは自分で発見して喜んでいたのだが、『美味しんぼ』の中で描かれた時はショックだった。あの絵を担当している花咲アキラは僕の近所なのだからきっと同じように考えたのかもしれない。
ついでにキャビアだが、一番おいしいのはモスクワ空港でのトランジットの時に配ってくれたバゲットに載ったキャビアが最高だ。
これを日本で見つけるとすると、これはもう、甘海老のたまごしかない。新鮮な甘海老の腹についている透き通った青いたまごをお醤油をつけて少しずつ食べる。もちろん、おいしいお醤油が大切だ。
これに比べればキャビアなんか、ただの塩っ辛い珍味にすぎない。『刑事コロンボ』でもキャビアで喉が乾くことを計算に入れた殺人事件があった。おいしいものはいっぱいあるが、星を発見するのと同じように自分で発見しなければならない。三大珍味などというのはあてがわれた「常識」にすぎない。 それに、燕窩(燕の巣のスープ)にしても、蚊の目玉のスープにしてもゲテモノと五十歩百歩である。
今まで食べた中でゲテモノといえるのはケニアで食べた羊の脳味噌のスープがあった。これも脳味噌だと思わなければ鱈の白子の味噌汁と変わらない。うちの近所の料亭では白子を生で出すところがあってそれは、それはおいしいものだ。 東京にいた時に渋谷の焼鳥屋で豚の脳味噌を焼いたのを出されたことがあって、かなり酔っていいたから(そうでないと食べれない)詳細は覚えていないが、とにかく食べた。
その店には豚のワギナというものも出していて、当時つきあい始めた女の子にワギナって何?と聞かれてヴァジャイナ(vagina)と英語でいったものの分かってもらえなくて、独りで食べた。
中国料理のピータンも製法からするとゲテモノなのだが、酔っぱらっているときに食べてから病みつきになった。
カルロ・ギンズブルグという歴史学者に『チーズとうじ虫』(みすず書房)という変わった題名の本があるが、実はヨーロッパの一部、例えばコルシカ島などではうじ虫のわいたチーズを風味があるといって好むのである。人類は言語を獲得して想像的構成力(imaginative construction)を手に入れたと言われるが、僕の考えでは、この構成力を使って最初に人類が作ったのは料理だった。
だから、料理はコミュニケーションの基本だし、文化の中心なのである。
しかし、人類の想像力というのは恐ろしい。
海鼠(なまこ)なんてまだまだ可愛いものだ。うちの学校の留学生のミン君は生卵を食べない。そんなのを食べるのは残酷だという。考えてみると、うちのおじいちゃんなどはお風呂帰りに八百屋によって生卵を割ってそのまま口に入れていたが、これなど幼心に残酷だと思ったものだった。でも、朝、炊き立てのご飯にかけるときはそんな感情など吹っ飛んでいる。だって、おいしんだもの。
ミン君は生卵を食べることは野蛮な行為だと思っているが、僕は知っている。
ベトナムでは孵化直前のたまごを食べる習慣がある。
偏見をもってはいけないと思いながら、好奇心からミン君に尋ねたことがある。
すると「レストランで食べたことがあるけれどおいしいものですよ」との答えだった。これで分かってもらえるだろうが、食というのは性と同じく、文化によっておいしい物が決まっていて、一方でタブーがあってそうした文化にのっかって僕らは「おいしい」とか「まずい」とかいっているだけだ。
飢餓寸前のアフリカ難民でも目の前の湖で取れる魚をタブーで食べない文化がある。
四つ足の物は椅子以外、飛ぶ物は飛行機以外何でも食べる中国人だって人肉は食べられない。
死者の魂を残すために人肉を食べる文化もある。ケニアに行く前に近所の親切なおばさんが「あんたぁ、アフリカ行ってぇ、時計と眼鏡だけになってこられんなかぁ」と心配してくれた。アフリカ=未開=人喰い人種という図式がおばさんの頭の中にしっかりとインプットされていたのだ。
ホントは日本人の方が野蛮な首狩り族だった。このことは歴史的にも明らかで、戦国の武将は敵の大賞の首を刈ってきた者には褒美をつかわし、「首実検」なんて気持 ちの悪いものを平気で行っていた。だから、他人のことを野蛮だなんて簡単にはいえない。おばさんの方がよほど人を食っているように思う。
金沢の人は今でも子供が丸々ふとって大きいと「うまそうな子やねぇ」といって誉める。これこそ、日本人がかつて人を食っていた名残である。「美し(うまし)国ぞ秋つ島大和の国は」というときの「美し」が残っているのだという説もある。そのう ち、「うまそう」の連想から若い人たちが「おいしそうな子やねぇ」といい始める時 が来るであろう。
更に日本語には「食べてしまいたい位かわいい」という表現があるし、『骨まで愛して』という演歌もあった。このまま外国語に訳して紹介すると、またまた、日本は 野蛮な国だと思われるに違いない。食人(カニバリズム)には様々な誤解があって、アレンズ『人喰いの神話』(岩波書店)は全面否定で、異文化に対する「神話」や「伝説」から生まれる誤解の一つ一つに反論が施してある。
とはいえ、アフリカに全く食人がなかった訳ではない。西アフリカのイフェ王国やジュクン王国では即位式に際して、新王は先王の内蔵の一部を食べる。この行為は内蔵に祖先の力が宿るという考えに基づいていて、この食人を通して、祖先の力が先王から新王へと、宿る身体を換えるのである。王の衰弱にともなって国全体が衰弱するのを防ぐために、食人に先立って「王殺し」があるのはもちろんのことである。食人を責める西洋人に対して、「じゃあ、どうして先祖の魂を引き継いでいけるの」と逆に質問されたという話がある。
富山の友人にOというのがいた。過去形でいわなければならないのが残念だが、大変、人当たりのいい男で、活動的で皆から好かれていたのに10年ほど前、僕らの反対を押し切って南洋のある島へ子供を連れて行った。案の定、人喰い人種に捕まってしまい、せめて子供だけは助けてくれと懇願したのに、酋長が冷たく言い放った。 「今夜はダメだ、親子丼にするんだ」
この時、この酋長が作ったコピーが富山の観光キャンペーンの「いい人、いい味、 いきいき富山」になったといわれている。日本人も彼らに負けず劣らずで唐十郎の『佐川君からの手紙』のモデルとなっているS君は食べてしまいたいほど好きだったオランダ人女性をふられて殺してしまい、日本人らしくすき焼きにしようと思ったのだが、しらたきのないことに気づき、パリ市内を探し回ったという噂が残っている。
食はまさに文化だ!
この間、甥っこの英語を見ていたらHe made her lunch.というのを「彼は彼女昼 食にした」と訳した。あの子がパリへ行きたいと行ったら反対しなければならないと思っている今日このごろである。
ヒト食えば 鐘がなるなり 法隆寺------------藤原 新也(写真家)
さて、暗い話が続いたが、食なんてものは文化的な行為で、殆どタブーがなくなった日本人でも、未だに食べてない物があるかもしれない。
猫は干し魚が大好きだが、人間が登場して魚を干してくれるまで、こんな好物を知らなかったはずだ。
だから、僕らにもいつか、誰も食べてない大好物を発見できるかもしれない。いつか出会うかもしれない美女や美食のために僕たちは生きているのだ。
金川 欣二(国立富山商船高等専門学校助教授 専門は言語学)