スキル
1999.07.13作成
文責:飯島麻夫

銀行員時代の同僚たちが今、揺れている。

いまでは早くも35歳以上から退職金優遇制度が適用されるらしい(早く会社から出ていけ!ということ)。愛すべき元同僚たちも、いつ関連小会社に出向させられたり、嫌な目に会わされるか解ったものじゃない。事実、そういう目にあっている連中もいる。彼らの不安は積もるばかりなのだ。

「辞めちまえばいいじゃないか!」

と、とっくの昔に銀行を辞めてしまっている私が無責任に口にすると...

「飯島さんみたいにスキルが無いから...」

と銀行員たちは自信なさそうに口にする。
こういう優柔不断な態度を見せるときの彼らは嫌いだ。

「スキル」ってなんだか便利な言葉だ。
「自分には能力がない!」と認めるのは苦痛だけれど、「自分にはスキルがない」と自覚するのはそれほど苦痛でもない。
これには多分我々に下記のような意識があるからだろう。

1.スキルと一言にいってもいろいろ種類がありすぎて、ある特定の種類のスキルを取り上げた場合、普通はないのが当たり前。

2.スキルは仕事などの過程でたまたま身につくものであって、スキルの有無は本人の意思や能力とは無関係。責任があるとすればそれは本人のせいではなく、会社のせいなのだ。

例えばシステムに関するスキル一つとっても、システムにかかわっている時間そのものは私よりも彼らの方が上回っている場合さえある。にもかかわらず、私のほうはスキルだらけで、彼らのほうには銀行の外で通用するようなスキルがまるで身についていない、というのはどういうわけなのだろう?

1.スキルを身につける努力を怠っている。

2.身につけたスキルを自分のものにする術を知らない。銀行員では無理もないのだが...

スキルはこうして「愛に不審...」のように一見意味のないことをやっているように見えても、私の文章を書くためのスキルはめきめき向上しているし、「それなりに書ける奴」という評価も上がってくるはずだ。

スキルなんて、英語がしゃべれるかどうか、というのと同様、所詮薄っぺらなもので、大した問題じゃない。その気になれば、あるいは必要に迫られれば、いくらでも身につけることができるのだ。

不況かつせわしい世相の中、企業側から特に転職の際に、「即戦力」が求められる、という事情があるので、たまたま問題にされることが多い、と言うだけのことにすぎない。

本当に「スキルがない」から、というのが悩みの種であるとしたら、それは「スキルがない」のではなく「能力がない」のだ。

悩んでる暇があったら早いところ辞めてしまおう。時間の無駄だよ。
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