サイエンス・フィクション
1999.01.31作成

出版関係に強い知人の話によれば、SFの書籍の売り上げが良くないらしい。

SFがもっとも売れていた頃の未来観といえば、たとえばスタートレック、あるいは鉄腕アトムだろう。

この頃の未来観はといえば「バラ色の未来」だ。背景に描かれた街はすっきりと明るく、整然としていて住み易そう。もちろんゴミなんて一つも落ちていない。

こういう「バラ色の未来」をぶちこわしてくれたのは「ブレードランナー」だ。
あの映画が見せてくれた未来は、雑然として、暗く、汚く、ゴミだらけの悪臭漂う大都会。実際あの映画がもたらしたインパクトは相当なもので、事実以来「バラ色の未来」を描いた映画はなくなった様な気がする。
あるいは「マッドマックス」のように暴力が支配する荒涼としたアナーキーな世界、というような未来観も登場した。

未来が現在の延長である限り、かつてのSF作品が描いたような整然としたものであるはずがない、というあたりまえの現実に目覚めさせてくれたのがこれらの映画だ。
考えても見てほしい。いまどきの映画で「未来」という時代設定は、現在よりも状況を悪くしたい、という必要があった場合にのみ利用されている。たとえば、

ウォーターワールド = 世界中が水に埋もれてしまった。
12モンキーズ = 悪質なテロによって人類は地下にしか住めなくなった。
スターウォーズ = 悪の大帝国が出現して宇宙規模の戦争が勃発した。

などなど、散々だ。

「未来」が現在と大差ない、という前提に立てばわざわざSFを書く必要はない。
あるいは現在よりもっと悪い、我々の想像がつかないほど悪い、とすれば文章などよりも映画のほうがもっと具体的な映像によって我々を驚かせてくれる。

こういう状況ではSFの書籍が売れるはずはないのじゃなかろうか。

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