マカロニ・ウェスタン
1999.02.18記入 → 1999.02.20修正 → 1999.02.25追記

衛星放送でマカロニ・ウェスタンの特集をやっているのでついつい観てしまった。

マカロニ・ウェスタンとは1960年代に多いに流行った、米国の西部開拓時代のガンマンが題材だが、なぜかそれをイタリアでそしてもっと奇妙なことにイアリア語でとってしまう。私がこういう映画をテレビで観ていたのはおもに小学生だったので当然、当時英語などまるで判らなかった。ただ映画の最後に英語圏の映画なら「THE END」とでる(最近の映画でははやらない)のに「FINE」とでる位の差しか判らなかった。(追記:よく考えればテレビでの映画放映は日本語吹き替えなので何語でしゃべっているのかなんて実はわからないのだ。)

英語が解る今になって観ると、確かに本来英語をしゃべっているはずの米国人たちがイタリア語をしゃべっているのは結構異様に感じる。またロケ地も明らかにアメリカではないのであまり荒涼と、広々としたした風景は出てこない。

このマカロニ・ウェスタンが人気を得た最大の理由は、あっさりとしかも大量に人をうち殺してしまうところで、まるで日本のテレビ時代劇さながらに一瞬のうちにパタパタパタと一方的に倒れていく。

こういうふうに主人公が大量殺人者(いや虐殺者といってもいいかもしれない)なのにもかかわらず、観衆の共感をつなぎとめておくためには、殺される奴らの悪逆非道ぶりを強調しておく必要があるので物語の導入部にはたいてい、最終的にはうち殺される悪役が、ごく善良な市民をなんらのためらいもなく、笑いながらうち殺死すような残虐なエピソードがいくつか挿入される。

たとえば主人公が久しぶりに故郷の街に戻ってきて通りを歩いているといきなり銃声がして通行人が倒れる。倒れた人を誰も助けにこない...というような無法地帯と化した町の様子をあらわす印象的なシーンが挿入される。マカロニ・ウェスタンに登場する悪人は女子供にたいしても容赦しないので、おもわず「ひでえ!」と叫んでしまうほど。

本当に開拓時代の西部って、こんなにひどいところだったのだろうか?
なぜマカロニ・ウェスタンがイタリアで創られるようになってしまったか解るような気がする。


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