生き残り
1999.08.27作成
私がいまだにAppleのファンを辞めない理由の一つは下記のような経験があるからだ。
Appleが窮地にあった頃、Appleのプレゼンに出かけて行って、一風変わったプレゼンテーションを見せられた。Appleが目指すシステムの理想形である「Knowledge Navigator」に関するビデオで、これは、まるでコンピュータが秘書のように、人のやりたいことを言葉で理解し、推測しつつ、仕事をこなしてくれる、というものだった。
プレゼンの担当者の話によれば、このKnowledge Navigatorのビデオは社内用に巨額の費用を掛けて創られたビデオで、Appleに入社する人間は必ず見せられるという。
曰く、
「Appleという会社はKnowledge Navigatorを現実の世の中に実現するためにあります。もしこのシステムが実現できるならば、Appleは潰れたとしても本望です。」
会社の夢、目的を、「Appleの目指すものはこれだ!」という具体像をビデオというわかりやすい形で社員に示すとは...しかもそんなことにわざわざ大金を注ぎ込むとは...なんて立派な会社なのだろう、と一種の感動さえ覚えたものだ。
最近、リストラ決行の言い訳として、やたら「生き残り、生き残り...」と、経営者は口にするけれど、生き残らなければならない理由とは一体何なのだろう。
一昔前の「経営者」と呼ばれた人たちは「私にはXXX人の社員とその家族を養う責任がある」というようなことを良く言ったものだ。もし社員の生活を守るために生き残らなければならない、というのであればそれはそれで立派な「生き残らなければならない」理由になるだろう。
しかし、リストラによって社員の多くを削減する、と公言する大企業の経営者たちの口から、そういった責任感にあふれた台詞が出てくるとは到底思えない。かといって他に生き残らなければならない理由を知っているとも思えない。
大企業の経営陣のほとんどはサラリーマンだから、そもそも「経営哲学」のような立派なものを期待するほうが無理なのだろう。
「なぜリストラしてまで生き残らなければならないの?」と問われても、彼らは答えきらないだろう。せいぜい自分が嫌な思いをしたくないから、という保身上の理由が正直なところなのだろうから。
Appleのように、具体的な企業理念を持っていて、それを実現するために滅んでしまう(Appleは滅んでいないけど...)企業があっても悪くない。
逆に何らの企業理念を持たない会社なんて、生き残る資格はない。まして社員を犠牲にしてまで生き残る理由がどこにあるのだろうか。会社が潰れるにせよ、厳しいリストラによって生き残るにせよ、犠牲になるのは愛すべき社員なのだから。
会社が生き残るためには「レゾン・デートル(存在理由)」が必要だ。
というわけで、富士銀行も、第一勧業銀行も、日本興業銀行も、もういらない。
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