1+1>2
1999.11.25作成

「1+1が5にも10にもなる」

小中学校時代、つまらない教師に限ってこんな教訓めいたことを得意になって話したものだ。そのころから、とりあえず人が言った反対のことを考えてみる、という癖があった私は「そうじゃないだろう」、と思ったものだ。

「だって、成績優秀な奴が一人いれば、クラス全員が束になってかかったって歯が立たないじゃないか?」

確かに「1+1>2」という計算は、競争、試験など、各人にできるだけ平等な条件下に置こうとする制約がある場合になかなか成果があがらない。
いや、「1+1>2」のような結果が発生するのを防ぐためにこそ、競争、試験には厳しいルールが適用されているのだ。
学校ではすべてがこのような厳しいルールのもとで運営されているわけで、その中にどっぷりつかっていた私が「1+1>2」を「非現実的」と考えてしまったのも無理はない。

現実の世界にも一応のルールがあるけれども、はるかに緩やかなものだ。
60分以内で、カンニングせずに、筋力増強剤を使用せずに...等々細かい制約は一切ない。ただ、あまりにはみ出したことをすると法的、社会的に制裁をうける可能性がある、と言うだけの話だ。それだからこそ「1+1>2」という結果が生じるケースは多い。

例えば...
カラスはたまにタカのような猛禽類と戦うことがある。もちろん1対1では生まれついてのハンターである猛禽類に、カラスなんぞがかなうはずもない。体格も全然違うし、飛ぶ能力も問題にならない。鋭く曲がった嘴も、強力なカギ爪もない。

ところが2羽(大概は夫婦らしい)そろえば無敵であることを、賢いカラスたちは知っている。戦法はこうだ。

まず1羽が騒いで敵の注意を引く。そちらのほうに気を取られていると他の1羽が後ろから近づいていって敵の羽根を嘴でつかんで引っこ抜く。敵が驚いて後ろを振り向くと今度は最初の1羽が後ろから攻撃を仕掛ける。
このようなヒットアンドアウェイを根気よく続けていると、敵は嫌気がさしてしまいには逃げていってしまう、というわけだ。

カラスの夫婦が無敵なのは二羽が単に協力しあっているから、ではない。二羽が正しい戦略に則って正しく行動しているいからこそ猛禽類にも対抗できる、2以上の力が得られるのである。

だから、「1+1>2」という主題で、「お互い力を合わせましょう」という当たり前の結論に持っていくのはほとんどナンセンスだ。
そこまでで終わってしまうのであれば、戦時中の精神主義と何ら変わるところはないではないか?他のどんな国にも負けないほどの挙国一致体制で望んだ結果が、惨めな敗戦であったことを忘れてはならない。

より重要なのは、物理的に不利な状況をどのような戦略、智略で克服したか、ということで、そこまで考えてみて、はじめて話も生き生きと輝いてくるんじゃないか?

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