3極真空管の発明は1906年、その3極管に増幅作用があることが分かるのが1912年です。発明者は米国人のフォレストです。
2極管はフレミングによって1904年に発明されていますが、この3極管の発明は、2極管の特許を逃れるために、もう一つの電極を入れてみたところ、検波器としても優秀であり、その第3の電極によって増幅作用が生まれることも分かったと伝えられています。
一方、マイクの方は、ベルリナーが円盤レコードを発明した1888年頃にはカーボンマイクが発明されています。
カーボンマイク
リボン型マイクが実用化されるまではカーボンマイクが全盛でした。このマイクの原理は、炭素の粉末の両端に電極を設けて直流を流しておき、その粉末を音波で振動する振動板が圧迫すると炭素粉末の接触抵抗が変化して電流の変化となり、音声信号が得られるというものです。録音も放送も全部これを使用しました。
なお、ラジオ放送が始まったのは米国で1920年、日本では1924年(大正13年)です。
このカーボンマイクの特長は感度がよいことで、増幅することなく電話の送話器に使用できました。つい最近まで日本で使用されていた600型電話機(黒電話)の送話器がそれです。電話は300Hzから3000Hzまでの帯域ですからカーボンマイクで十分良質の音声が送れました。
付け足しですが、旧電電公社の黒電話の音質は一級品で、その後電話機の製造が自由化されてカーボン型送話器が使われなくなってから、電話の音質はかなり低下しました。規制撤廃の問題点が現れた一例です。
磁気録音の発明
一方、磁気録音の方は、原理の発明は意外と古く、1898年に「直流バイアス式鋼線録音」が行われたとあります。しかし、現在のようなプラスチックベースのテープと交流バイアスが発明されたのはずっと後です。
プラスチックテープの発明
磁気録音はそれまでは鋼線、鋼帯を使用していましたが、プラスチックテープがドイツのAEG社で製品化されてから、それが主流になりました。1936年(昭和11年)です。
交流バイアスの発明
日本では1938年(昭和13年)に永井、五十嵐の両氏が発明し、日本で特許を取っています。
ところが一方、1926年に米国のカールソン、カーペンターの両氏も、交流バイアス法でアメリカの特許を取得しています。
しかし、これは実用化されなかったことと、特許請求範囲が無線電信受信法となっていたため、永井、五十嵐の発明が日本で特許になったものです。
なお、「交流バイアス法の発見は、たまたま録音アンプが高周波の発振(寄生発振)を起こしていたための、怪我の功名」というエピソードも、これまで永井グループのものと記憶していましたが、カールソングループのものだと書いてある本もあって、どちらのグループのものなのかよく分かりません。
いすれにしろ、プラスチック磁気テープの開発と、交流バイアス法の発明が磁気録音を一気に押し進め、放送に、レコーディングにと大活躍をするようになります。
その理由は、性能が良いこと、装置が小型であること、手切り編集が出来ることです。手切り編集というのはテープを鋏で切り、そのあと、必要な部分をスブライシングテープという接着テープでつなぎ合わせることです。
少し余談です
小生が札幌の民間放送会社に就職したのは昭和28年(1953年)で、民放が始まって(昭和26年)間もなくの頃です。
放送はシェラック盤のSP盤と東京のキー局から送られてくる「完パケ」テープです。「完パケ」というのは業界用語で、「完全パッケージ」の略です。それを放送の番組表の時間に再生すると、30分なり1時間はそのまま番組が流れているという仕組みです。
その当時、放送局が使用していたテープは米国からの輸入品でした。そのため、バージンのテープを使用するのは大事な録音の時だけで、通常は編集して継ぎ接ぎだらけの中古テープを何度も再使用したものです。もちろんテープは1/4インチ(6.3ミリ)のモノラルフルトラックのオープンテープです。
テープレコーダーも輸入品で、外貨の関係から貴重品でしたが、間もなく東京通信工業(東通工:現在のソニー)からプロ用の録音機が発売されて、大いに助かりました。デスクトップ型がG型というものですが、これが業務用の最初です。可搬型がKP型、取材用の携帯型は電池と手巻きのゼンマイモーターを使った、M型、通称「デンスケ」と呼ばれたものを使いました。これは5インチリールで録音時間は15分というものです。
その後、ティアックも業務用を手がけるようになりますが、ほとんどソニーの独壇場でした。
その後間もなく東京電音、ソニーなどから、本格的なスタジオ用のテープレコーダーが発売されるようになり、アンペックスなどの輸入品に頼ることはなくなりました。テープもソニー、富士フイルム、TDKなどから供給されるようになりました。
テープ録音機は終戦後にアメリカが持ち込んできたのですが、テープ録音以前に使用されていた録音方法は「ラッカー盤(アセテート盤)」と呼ばれるディスクで、アルミの円盤に薄くニトロセルローズ(硝化綿)という材料を塗布し、それにカッティングマシンで録音するというものです。終戦時の玉音放送がそれで行われました。
その後LPの時代になっても、テープからカッティングマシンでラッカー盤に切り、それにメッキをしてプレスの型を作るという工程でした。
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