気まぐれモーリス大混乱
鈴樹 瑞穂
 まったくもう、困るんだよね。真夜中だってのに廊下を行ったり来たり、足音がたぁくさんして。このやかましい音。ああ、非常ベルかぁ。
 それで俺は目を覚ますことにした。ベッドの上に起き上がると、足の方の枕元に立っていた奴がいた。俺は健康上、枕に足を乗っけて寝ることにしてるんだ。
「やあモンキー、目が覚めた? 火事だよ、早くしないと逃げ遅れるよ。」
「フェイス……ホントに火ィつけたの?」
「いんや、発煙装置をセンサーの下に転がして非常ベル鳴らしただけ。さあ、早く行こうぜ。今度はちょっと大仕事よ。」
 黒ブチ眼鏡をかけて白衣を着込んだフェイスマンは、俺を急き立てて部屋を出ようとした。
「ちょっと待って。モーリス連れてくから。」
「モーリス? 蟻のハーマンの次は、カブトムシのモーリスかい?」
「モーリス知らないの? ホントに?」
「あとで聞くから。さ、モンキー、早くモーリス連れて来るんだよ。」
 そう言うと、フェイスマンは先に立って病室を出た。
「さあモーリス、おいで。何? 怖くて歩けない? じゃ、抱っこしてってあげるよ。」
 俺はモーリスを抱き上げると(モーリスの奴、ひどく重いんだ)、フェイスマンの後に続いた。
 俺たちはパニック状態の廊下を通って病院を抜け出した。
 正面玄関の前に、紺のバンが寄せられていた。運転席には額に縦皺を寄せたコングが座っている。フェイスマンが助手席に座り、俺は後ろに回った。
 ドアが閉まると同時にバンが走り出す。
「もう大丈夫だよ。ここは安全だからね。怖かったろ。ほら、そんなに爪立てるなよ、モーリス。」
 俺はモーリスを床に下ろそうとしたが、モーリスは服に爪を立て、しっかりとしがみついて離れようとしない。隣でその様子を見ていたエンジェルが、肩を竦めて笑った。
「モンキー、今度は何? モーリスって、まさかあのモーリスじゃないんでしょ?」
 これは、はっきり言って愚問だ。それで俺は首を横に振って見せた。
「あのモーリス以外に、どのモーリスがいるっての?」
「モンキー、あなた、そんな大それたもの……。」
 エンジェルは、もう我慢できないとでも言うかのように笑っている。
「可愛いんだから……。なあ、モーリス。」
 そう言って俺はモーリスの背中を撫でてやった。モーリスは目を細めてじっとしている。
 地図を開きかけていたハンニバルが、葉巻を咥えたまま尋ねた。
「モーリスって何だ、エンジェル?」
「ナイン・ライブスってペットフード会社のキャラクター・キャットよ。アメリカだけじゃなく、イギリス、フランス、ドイツ、日本なんかにも輸出されてて人気があるわ。」
 そう言いながら、エンジェルは右手を挙げて見せた。
「そりゃスゴイな。モンキー、今度の仕事が終わったら、モーリスにバスケットを買ってあげよう。」
「ホント? ハンニバル、約束だぜ。」
 俺は慌ててそう言った。ハンニバルは時々、自分に都合の悪いことには物忘れが激しいんだ。
 すると、ハンニバルは嬉しそうに言った。
「もちろん。何なら今でもいいが。」
「あら、今のがいいわよねえ。そうしたら乗り物の中にも持ち込めるわ。」
 そうエンジェルが言った途端、運転席のコングが弾かれたように振り返った。
「乗り物? まさか飛行機じゃねえだろうな。」
「コ、コングっ、前っ、前っっ!!」
 助手席のフェイスマンが慌ててハンドルに手を添える。コングも前を向き、すれすれのところを大型のトレーラーが通り過ぎた。
「ウィルルルル……ウィイイイイン……。」
 俺が飛行機の爆音を表現してみせると、今度は前方を睨んだまま、コングが怒鳴った。
「てめェは黙ってな。ハンニバル、どんなことがあっても俺ァ飛行機には乗らねえぜ。飛行機だけはゴメンだ。」
「あら、そう? この前はクルーザーで行ってひどい目に遭ったしねえ。飛行機も船もダメってえと、何で行ったらいいのかな?」
「モーターボート!」
 俺が前向きな意見を出してやったというのに、フェイスマンは首を左右に振った。
「あぁ、全く、次の仕事、どこだと思ってるんだよ?」
「んなの知らねえよ。エンジェル、知ってる?」
 エンジェルの方を見たけど、黙って肩を竦めただけだった。代わりにハンニバルが答えてくれた。
「ヒューストンだ。」
「ヒューストン!?」
 思わず、モーリスと顔を見合わせちまった。
「どうした、モンキー?」
 ハンニバルが、ちょっとマジな顔をして聞いた。ハンニバルは大胆不敵に見えるけど、あれでなかなか慎重だ。と、俺は思うんだけど、フェイスマンはそんなことないって言ってる。とにかく、ハンニバルがそう聞いたので、俺は頷いた。
「あぁ……いや、ちょっとね。ヒューストン、うーん、いいなあ、ヒューストン。」
「うるせえんだよ、てめェは。ちっとは静かにしてられねえのか?」
 再びコングが怒鳴り、俺はモーリスを抱き締めた。
「しーっ、コング、そんなに怒鳴らないでくれよ。モーリスが脅えちまうじゃないか。知ってるだろ、ネコは大きな音が嫌いなんだよ。」
 もう1回、怒鳴られるかと思ったけど、コングは何も言わなかった。その代わり、車はものすごい勢いで急停車した。そりゃもう、エンジェルが悲鳴を上げ、モーリスが俺の肩に爪を立てるくらいすごかった。コングの体を押し退けるようにして、フェイスマンが運転席に座った。
「さあ、飛ばすよ。空港まで15分ってとこかな。」
「お上手。でも急がないと、コングちゃん、すぐにお昼寝から目を覚ますよ。」
「任しといて。」
 ハンニバルの言葉にフェイスマンはウインクを返し、車を発進させた。
「はん、そーゆーこと。でも、少しは安全ってことも考えてほしいわ。」
 急ブレーキの衝撃で打ったお尻を擦りながら、エンジェルが言った。それから、俺の方を見て、
「あら、モンキー、どうしたの?」
「舌噛んだの、ほら。」
 舌を出して見せる俺を、エンジェルは高らかに笑い飛ばした。俺は同情してほしかった。
 


“お昼寝から目を覚ました”後、例によってコングはブツブツぶーたれた。でも、例によって誰も取り合わなかった。コングはなおもブツブツ言っていたが、ハンニバルになだめられて、機嫌を治した。
「で、ここで何やらかそうっての?」
 一段落ついた後、やっと俺は疑問に思っていたことを尋ねることができた。
「ちょいとゴキブリ退治などを、ね。」
 ハンニバルが心底嬉しそうに言う。相当、この仕事に乗り気のようだ。
「手紙が来たのよ、新聞社宛に。」
 エンジェルがポケットから手紙を出して、読んで聞かせてくれた。
「トーマス・ラグニーという男に私たちは苦しめられています。私たちに無理矢理借金をさせて、払い切れないような利子をつけては、借金のカタだと言って若い娘を連れて行くのです。連れて行かれた娘たちは外国へ売り飛ばされるという噂です。私も明後日までに500万ドルが払えなければ、連れて行かれてしまいます。どうか報道の力でラグニーの悪事を暴いて、私たちを助けて下さい。――差出人は、レイチェル・ヴァレイ。日付は1週間前で、消印はヒューストンよ。もっとも新聞社では全く相手にしていないわ。無理もないわよね、こんな漠然とした、大時代的な話。でも、何か引っかかるところがあるから、こうしてあなたたちに見せに来てるってわけ。」
 エンジェルは半信半疑の様子だった。
「でも許せないだろ、若い娘を食い物にするなんてさ。」
 女好きのフェイスマンが力説する。同意を求められても、俺は困ってしまう。俺としては、ハンニバルの決めた仕事をご機嫌でこなしていれば、それでいいんだ。
「全く許せねェ。」
 コングが力強く言って頷く。皆がそれほど言うんなら、そういうものなのかもしれない。うん、許せないよ、全く。
「許せないってさ、モーリスもそう言ってるよ。」
 せっかくそう言ってあげたのに、コングは俺をジロリと睨んだ。一波瀾ありそうだと思ったのか、珍しくハンニバルが割って入った。
「放っとけ、コング。時間がないんだ。ラグニーとやらのところに様子を見に行って、作戦を……。」
 ハンニバルがリーダーらしい意見を出している間に、何を思ったのか、いきなりモーリスが俺の腕から擦り抜けた。道端に停めたバン(ヒューストンに着いてからフェイスマンが調達してきたものだ)の半開きになったドアから飛び出して、たあーっと道路を走っていく。
「モーリス!」
 俺は叫んだ。
「どうしたの、モンキー?」
 エンジェルが眉間に皺を寄せて尋ねる。
「モーリスが! 行っちまった!!」
「へん、ちゃんとつないどかねえからだ、このバカが。」
 いい気味だというようにコングが言う。これはかなりひどい。モーリスは猫で、犬とは違うんだから。
「大丈夫、モーリスは賢いから、すぐに戻ってくるさ。」
 この話を打ち切りたいという魂胆丸見えで、ハンニバルが俺の肩を叩いた。
「でも……。」
 俺はドアを開け、顔を出して、路上をよたよたと走っていくかなり太めのモーリスの後ろ姿を目で追った。
「あっ、危ないモーリス、轢かれるっ!」
 俺はハンニバルの制止を振り切って、モーリスを追って飛び出していた。
「モンキー! どこ行くんだよっ!?」
 フェイスマンのひどく慌てた叫びが後ろから聞こえたが、そんなことに構ってはいられなかった。
 


 モーリスは、どんどん駆けていく。
「モーリスー、待てよォ、おいっ、モーリスってばー!」
 俺は喉が痛くなるほど叫びながら、後を追って走った。でも、太めとは言え所詮、猫と人間、モーリスの速いこと速いこと。俺はたちまち引き離され、モーリスの姿を見失ってしまった。
「モーリスー、どこだー。出といでー。どこ行っちまったんだよォ。」
 モーリスを呼びながら辺りを探し回っていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「おい、お前。」
 振り返ってみると、黒いスーツに黒いサングラスというスパイ映画から抜け出してきたようなおにーさんが五人、立っていた。皆コングといい勝負のがっちりとした体格で、サングラスをかけていてさえ、凶悪なルックスが見て取れた。
 でも俺は、それどころじゃないんだ。こんなおにーさんたちに関わって遊んでいる暇はなかった。
「何? 俺、ちょっと急いでんだけどさ。アンケートなら他の人にしてくんない?」
「アンケートじゃねえ。」
 おにーさんの1人が、ドスの利いた声で言った。
「お前、こんな所で何してやがる。モーリスとか何とか喚いてたようだが。」
「やっぱりアンケートじゃないの。ダメだよ、俺は街頭アンケートには答えないことにしてんだからさ。キャッチ・セールスに捕まると恐いもんな。」
「ざけんじゃねえ。おとなしく聞かれたことに答えな。」
 そのおにーさんは凄味を利かせてそう言うと、俺の方ににじり寄ってきた。思わず後退りすると、いつの間にか後ろに回っていたもう1人のおにーさんにぶつかってしまった。気がつくと、きれいに周りを囲まれている。どうやらこのおにーさんたちは、ユーモアを理解するセンスを持ち合わせていないようだ。こういう奴には逆らわない方がいい。特に、コングと一緒じゃない時は、その方がいい。
「だからさ、俺は猫を捜してるだけなんだよ。俺の猫が逃げちまったんだ。」
「お前の猫? モーリスってのか? どんな猫だ?」
「どんなって……茶トラのデブ猫、瞳は金色、尻尾はやや長くて先が白。」
「そいつだ!」
 俺の右側にいたおにーさんが叫んだ。正面のおにーさんも頷いた。
「俺たちもそのネコを捜してたんだよ。さあ、案内してもらおうか。モーリスはどこにいる。」
 俺は呆れ返った。何て物わかりの悪いおにーさんたちなんだろう。
「そんなこと、こっちが聞きたいよ。いなくなったって言っただろ。」
「じゃ捜せ。飼い主のお前なら、見つけられるだろう。わかってるだろうが、妙なマネをすると……。」
 正面のおにーさんの言葉に、俺は身を竦めた。後ろにいたおにーさんが、俺の背中に硬いものを押しつけている。振り返って見るまでもない。それが銃口だということは俺にもわかる。
「そこまでだ。」
 突然、耳慣れた声がして、俺の緊張は一瞬にして解けた。ハンニバル! フェイスマンにコングも、エンジェルまでいる。ああ、持つべきものは仲間だなァ。
「銃を下ろせ。仲間を返してもらおうか。」
 ハンニバルがそう言って、愛用のM16小銃をおにーさんたちの足元に乱射した。
「こいつがどうなってもいいのか。」
 びびった様子ではあるが、おにーさんたちも負けてはいない。俺の頭に銃口を突きつけて、ハンニバルたちを脅してみせる。
「撃ってみな。そうすりゃ、そいつのピーマン頭も、ちったあマシになるかもしんねえぜ。」
 コングが言い、ハンニバルが再び威嚇射撃をした。おにーさんたちが渋々と銃を捨てる。それを見てハンニバルが銃口を逸らせた瞬間、一番手前にいたおにーさんがハンニバルにタックルした。M16が吹っ飛ぶ。
 それから乱闘になった。コングがリーダー格らしいおにーさんを殴り倒している。フェイスマンが投げ飛ばされ、腰を擦りながら起き上がる。ハンニバルが相手のパンチを身を屈めて避け、後頭部に肘鉄を食らわす。
 そして、俺は……。もちろん、俺も指を咥えて見てたわけじゃない。獲物を求めてキョロキョロしていると、少し離れた塀の上に座ってキョトンとこっちを見ている茶トラと目が合った。
「モーリス!」
 俺がそう叫んだ途端、黒ずくめのおにーさんたちの動きがピタリと止まった。
 まずい。
 俺は慌ててモーリスの方に向かって走った。何でだかは知らないけど、おにーさんたちはモーリスを捕まえるつもりなんだ。モーリスを守ってやらなきゃ。
 おにーさんたちも俺の後に続く。モーリスはびっくりして、塀から飛び降りて駆け出した。
 ハンニバルが出遅れたおにーさんを殴り倒しながら叫んだようだ。
「エンジェル! モンキーを追えっ!!」
「わかってるー。」
 エンジェルの声が、かなり近くから聞こえる。そしてモーリスの目の前に、エンジェルが飛び出してきた。先回りしたんだ、エンジェル、偉い。
 大慌てで引き返しかけたモーリスは、俺の腕の中に飛び込む形になった。ちょっと引っ掻かれたけど、ぎゅっと抱き締めてやると、すぐに静かになった。
 ホッとしたのも束の間、ズタボロになった黒ずくめのおにーさんたちが、すぐに追いついてきた。
「ここは、やっぱり……。」
「逃げるが勝ちっ!」
 エンジェルと、モーリスを抱いた俺は、一目散に駆け出した。
 


 どれくらい走っただろう。もうヘトヘトで走れなくなってきた時、前方にバンが見えた。助手席からハンニバルが顔を出している。ハンニバルたち、バンを回してくれたんだ。
 俺たちを回収すると、黒ずくめのおにーさんたちを尻目に、バンはすごい勢いで走り出した。
「モンキー、お前、どうしたんだ、その猫。」
 俺の息切れが治まるのを待って、ハンニバルが聞いた。
「どうしたって? こいつ、モーリスじゃん。」
 そう答えると、みんな妙な顔をして、お互いに顔を見合わせた。
「エンジェル……、俺の見間違えかな。モンキーが本物の猫を抱いてるように見えるんだけど……。」
 フェイスマンが訳のわからないことを、エンジェルに言った。
「ううん、私にも見えるもの。さっき道で捕まえた猫よ。」
 やっと息切れの治まったエンジェルが、そう言ってハンニバルの方を見た。
「なるほどね。」
 ハンニバルはその言葉に頷き、俺の方へ向き直った。
「モンキー、そのモーリスはお前のモーリスとは、ちょっと違うような気がするんだが。」
「そんなはずないよ。こいつは俺の可愛いモーリス……ん!?」
 俺はモーリスをまじまじと見つめた。モーリスの奴、見覚えのない青い首輪をしている。
「モーリス、この首輪、どうしたんだ?」
 そう言いながら首輪を外してやると、首輪の裏側に、何か薄べったいものが貼りつけられていた。
「何だ、これ?」
「見せてごらん。」
 手を出したハンニバルに、素直に渡す。ハンニバルは、首輪からそれを剥ぎ取り、窓に透かして眺めてから言った。
「そう言えば、このネコ、黒ずくめたちに追われていたな。」
「一体何なの、それ。」
 フェイスマンがじれったそうに尋ねた。
「マイクロフィルムだ。」
 ハンニバルはコングにそれを投げた。
「これに何が写ってるか、現像できるか?」
「あり合わせの道具しかないが、やってみよう。」
「頼む。足りないものがあったら、フェイスに調達してきてもらおう。」
 そこで俺たちはバンを降り、今後のことを話し合いながら、コングがフィルムを現像するのを待つことにした。
 


「ところで、人身売買の方はどうなってるの?」
 俺が聞くと、ハンニバルは葉巻の煙を吐き出しながら答えた。
「一体どうなってるんでしょうねえ。」
「どうなってるんでしょうねえって、どういうこと?」
 フェイスマンが代わりに答えてくれた。
「俺たちは、その……何て言ったっけ、そう、ラグニーんとこに様子見に行ったんだ。お前はどこ行ったのか、わかんないしさ。そしたら黒ずくめのおにーさんたちがひどく慌てて出かけてくんで、とりあえず後をつけてみたら……。」
「俺とモーリスに会えたってわけね。」
「そ。で、あのおにーさんたちの目的ってのが、モーリスの首輪のマイクロフィルムだろ。」
「じゃ現像してみれば、何かわかるんじゃない。」
「だと思うけどね。」
「でも、わからないことがもう1つあるわ。」
 エンジェルの言葉に、俺とフェイスマンは振り返った。
「この町に着いてからいろいろ調べてるけど、若い娘が連れていかれるのは事実として、連れて行かれた先っていうのがはっきりしないの。いろいろ噂があって、外国に売り飛ばされるとか、ラグニーがハーレム作ってるとか、果ては人肉ソーセージにされるなんていうのまであるのよ。」
「何だ、結局よくわかってないんじゃない。」
 俺がそう言った時、バンのドアが開き、コングが出てきた。
「できたぜ。こりゃあ、ちょっとすげえぜ。黒ずくめたちが血眼になって追いかけていたわけだぜ。」
 その写真には、何かの工場の様子が写っていた。若い娘たちが大勢働かされていた。山積みになった、白い粉の袋。
「これは……麻薬かな。」
 フェイスマンが息を飲んで言った。
「恐らくな。精製工場だろう。」
 ハンニバルが真面目な顔で言った。これは相当怒っている。
「ぶっ潰す……?」
 俺がそう聞くと、ハンニバルは大きく頷いた。
「もちろんだ。」
 


 それから後は、いつものパターンだった。
 精製工場は、二目と見られないほどメチャメチャになり、俺たちはそこで働かされていた若い娘たちを救い出し、ラグニーを縛り上げた。
 エンジェルは決定的な証拠写真を1面トップに飾ることができて喜んでいる。フェイスマンは、レイチェルをデートに誘うことに成功した。
 俺はと言えば、ちょっぴり落ち込んでいる。だって、俺のモーリスだと思ってたモーリス、実は俺のモーリスじゃなかったんだ。あの、青い首輪をつけた猫は、何とレイチェルの猫だったんだ。借金のカタとして連れて行かれたレイチェルは、証拠写真を撮ったものの、連絡する術もなく、たまたま窓の外を通った愛猫を呼び、フィルムを託したんだそうだ。嘘のような偶然だなあ。
 事情はわかったけど……。それじゃ、俺のモーリスはどこに行っちゃったんだろう。ハンニバルもエンジェルも慰めてくれたけど。見当はついてるんだ。ヒューストンには、ナイン・ライブスの本社があるんだ。きっと、モーリスはお家に帰ったに違いない。いい友達だったのになあ……くすん。
【おしまい】
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