極太ハムをぶっとばせ!
ふるかわ しま
SCENE1;INTRODUCTION
 観覧車が回っていて、暑かった。
 遊園地の上空には、葉巻の形をした夏の雲が、1つ2つ、煙を吐きつつ漂っている。その1本の葉巻の尻尾の先がちょこんと頭を撫でている観覧車の下には、珍しく葉巻を咥えていないハンニバルが、これまた珍しくニカッと笑いもせずに立っていた。
 
「暑いね。」
 真っ赤なポロシャツに白い麻のパンツという“らしい”格好のフェイスマンは、ハンニバルを見つけるなり言った。
「こう暑くちゃ、商売あがったりだろ。」
“らしくない”ハンニバルは、黙ってぬるいビールを差し出した。が、拒否されたので引っ込めた。
「ご機嫌ナナメか、どうしたんだよハンニバル。夏の暑い日は好きだったんじゃないのかい?」
「どうもこうもないよ。連日35度を越える暑さで、しかも観覧車の中は40度を越えている。誰が好き好んで蒸し焼きになりに来るかって。こうやって立ってても、ビタ一文にもなりゃしない。」
「……それで今日は煙を吐いてないってわけか。倹約は大いに結構だけど、煙突のハンニバルがそんな風じゃ、こっちまで落ち込んじゃうよ。」
「ああ、葉巻のことは違うんだ。もう2週間も前に届いていていいはずの葉巻が届かないんだ。知ってるだろ、俺が半年ほど前から、バージニアから高級葉巻を送ってもらってること。」
「料金滞納してるんと違う?」
「してませんよ。俺がそんなことすると思うのか?」
「怒んなよ、ジョークだって。で、俺を呼びつけた理由は?」
「緑の観覧車へどうぞ。依頼人がお待ちだ。」
「はいはい。蒸し風呂の観覧車で、せいぜいシェイプアップしてきますよ。」
 フェイスマンはブツブツ言いながら、乗り場へ向かった。
「フェイス?」
「はー?」
「美人だぞ。」
 ハンニバルがハンディ扇風機を投げて渡した。フェイスマンがニヤリと笑った。
 
 目の前でハンディ扇風機の風を顔に当ててグッタリしている、どう見ても中の下くらいの女と、少しずつ地面から離れていく景色を交互に眺めながら、フェイスマンはどうしてこの役がコングではなく自分に回ってきたかを納得した。マードックは論外としても……。
“飛行機よりタチが悪いな……。”
 フェイスマンは、大きく息を吸って、言った。
「で、お話を伺いましょうか、お嬢さん。」
「……お話? ああ、そうよ、そうなの……。」
 女は椅子からズリ落ちた姿勢から、キチンと座り直した。
「……聞いて下さる……?」
 女はドッと涙を零した。
「ええ、話してみて下さい。」
“だからあ、聞きに来てんだから早く話せってえの!”とは、間違っても言えない。相手は依頼人なのだ。
「あれは4年半ほど前のことでございましょうか……。」
 芝居がかった調子で、女が話し始めた。
「私と祖父は、バージニアで小さな缶詰工場を営んでおりました。葉巻の缶詰を作っている工場なのですが……。早くに両親に死なれた私は、祖父に引き取られて育てられたのでございます。私は幸せでした。去年、婚約もしたんです。ええ、ガソリンスタンドで働く男性で、祖父も気に入ってくれていたんです。そっ……それなのに彼ったら、あんな女と……財産に目が眩んで、町一番のドラッグストアの娘をたらし込んで……。ううっ、私にさんざん貢がせておいて、結婚するなら若くてお金持ちの美人がいいなんて、……ああ、男って勝手だわっ、そりゃあ私はブスよ。ブスで年増よ、だけど……だけど面と向かって言うことないじゃない。そりゃあ家のお祖父ちゃんは貧乏よ、キャシィのパパとは違うわ。ロールスロイスなんて持ってないし、おまけにリューマチだし、トイレは長いし……。」
「で? それで何か重大な事件が起こったんですか?」
 横道に逸れまくっている話を何とか元に戻そうと、フェイスマンが口を挟んだ。取り乱していた女は、気を取り直して深呼吸をした。その息は、腐った豆の臭いがした。
「……そう、そうでしたわね。……あれは……3カ月ほど前のことでございました。」
“長くなりそうだぞ……。”
 フェイスマンは、電池が切れかかっているハンディ扇風機に、言い知れぬ不安を覚えた。
「ある早朝に、私と祖父は工場の機械が作動する音で目を覚ましました。工場は小さいもので、私と祖父、それからアールという青年の、3人で充分に動かしておりました。いつも私と祖父が工場へ出て、機械を動かし始めるのが9時頃、それに、産地からの入荷がない時は動かさないのに、6時前から機械の動く音がしたのでございます。私と祖父は不審に思って、工場に行ってみました。そうしたら……見たこともない人たちが工場を占拠していて……缶詰の機械を使って何かしていたのです。」
「ふうん。それで?」
「それで……私と祖父が行って抗議しようとしたのですが、プロボクサーのような大男が何十人もいて、とても私や祖父では相手にならなくて……。警察に駆け込んでも、取り合ってくれなくて、それで思い余ってAチームにお願いしようということになったんです。」
“終わった……。”
 フェイスマンは、パタパタと力なく回る扇風機を止めた。
「で、依頼というのは、その工場を奴らから取り戻してほしいということですね?」
「そうです。よろしくお願いいたします。」
「工場の場所と名前は?」
「バージニア州のモンタコにある、ジョンソンのとこの工場、と言っていただければ……。」
「ジョンソンのとこの工場?」
「そうですわ。それがどうかしまして?」
「……ジョン・スミスという人をご存知ですか?」
「スミス……ああ、葉巻をお送りしていますわ。先月で在庫が切れてしまって、お送りしてませんけれど。」
「会ったことは?」
「ありませんわ。彼がどうかしまして?」
「下で観覧車回してますよ。」
「まあ。」
 

 
SCENE2;MEETING
「ラーリホー! 今日は強〜い味方を連れて来たぜっ、去年の爬虫類ロデオ大会で並みいる強敵を足元にも寄せつけず、見事優勝した男だ。驚いちゃいけねぇぜ、イモリのミスター・ホームズだ……。」
「で、ハンニバル、あんた本当に知らなかったのか、その葉巻工場のこと。」
 コングが、ゴム製のイモリを持ってジタバタしているマードックを押さえつけて言った。
「ああ、知らなかったよ、全くの偶然だ。フェイス、報酬は?」
「金がないから、葉巻の現物支給にしてくれだとさ。」
「えーっ、そんなのひどいわ。」
 エンジェルが大声を上げた。
「しょうがないでしょ。それに、あそこのは高級品だから、売り飛ばしゃどうにでもなる。」
「本当かよ、ハンニバル。」
「まあ、いーじゃない、コングちゃん。葉巻の販売なんか、このミスター・ホームズがいれば、お茶の子サイサイ、サイの子供はサイコってんだ、何せこのホームズちゃんは、ただ荒れ馬を乗りこなすだけの男じゃないぜ、本職は探偵なんだ。ホームズの解決した事件を紹介しようか、まずあれは『まだらの紐』事件って呼ばれてるんだが……。」
「いい加減にしねえか、モンキー……。」
 振り返ったコングの首に、ぶっとい注射器の針が突き刺さった。
「今日は随分早いのね。」
「騒がれる前に、おとなしくしていただこうってわけ。」
 コングがドサッと床に倒れた。
「ご他界〜。」
 フェイスマンがコングを見下ろして言った。
 

 
SCENE3;AT THE AIRPORT
「随分大きな木箱ね。何が入ってるの?」
「コング。」
 フェイスマンが、事もなげに答えた。
「えーっ!」
「エンジェル、あんまり騒ぐとコングが起きちゃうよ。」
「大丈夫でしょ。いつもより4倍も強い薬を使ってるんだから。……でもコング、可哀相に。」
「ハンニバル曰く、これも経費節約だって。さ、荷物預けてきましょ。ハンニバルとモンキーは、もう飛行機の中だよ。」
「ええ。」
 コングの入った白木の箱を、フェイスマンとエンジェルがズルズルと引き擦っていった。
 
 

SCENE4;AT THE AIRPORT 2
 到着した飛行場は、思ったよりずっと混雑していた。州境に近いせいもあって、貿易品の通過点となっているらしい。
「さて、ここから車で1時間とちょっとのはずだ。」
「その前にコングを受け取ってこなけりゃいけないな。」
「じゃ、フェイスとエンジェルはコングを頼む。俺とモンキーは、レンタカーを借りてるから。」
「オーケイ。」
 
 荷物の受け取り場は、大きい箱や包みに埋もれてあった。
「WK−778の荷物、お願いします。白い……木箱。」
「ちょっとお待ち下さい。」
 係員が荷物表に目を通した。
「ええと……WK−778ですね、こちらです。」
 カウンターの奥に、白くて大きな木箱が見えた。
「そう、それ。」
 箱を運搬車に乗せて、2人はハンニバル達の待つレンタカーへと向かった。
 
「コング、受け取ってきたよ。」
「ご苦労。さ、お目覚め願いましょうか。モンキー、気つけ剤。」
「ほーい。」
「フェイス、箱を開けてくれ。」
「はいはい。」
 フェイスマンは、木箱の端に手をかけると、ふんっ……と引っ張った。ベキベキッと蓋が割れる。
「げっ。」
「ひっ。」
「えっ?」
 木箱の中には、極太スモークハムが詰まっていた。
 
「ちょっとこれ、何ィ?!」
 エンジェルが叫んだ。
「ハム。」
 マードックが答えた。
「コングはー?」
「ハムに化けてるんじゃない?」
 フェイスマンが呟いた。
「ハンニバルゥ、どうするの?」
「殴ってみたら? 冗談をやめてくれるかもよ。」
「……冗談でやってるのかな……。」
「ちょっと待って、ミスター・ホームズにお伺いを立ててみるから。……何々? コングちゃんはハムと間違えられて、どこかに連れ去られてしまいましたとさ。」
「だって、WK−778だぜ。」
 ハンニバルが番号表示のついている蓋のかけらを摘み上げた。
「……WK−773だ。」
「どひゃー。」
 コングは、どこか遠い所へ行ってしまったらしい。
「どーするのよ、ハンニバル。」
「捜さねば、なるまい。」
「どうやって捜すのよー。」
「そーんなこと、このミスター・ホームズに……。」
「冗談言ってる場合じゃないだろう、モンキー。」
「いや……そうでもないかもしれないぞ、フェイス。」
 ハンニバルがニヤリと笑った。
「へっ?」
「ミスター・ホームズ、それにモンキー。君たちを、名誉ある“コング捜索係”に任命する。」
 
 

SCENE5;DRUG STORE
 ハンニバル、フェイスマン、エンジェルが問題のある町に着いたのは、もう夕方近かった。
「何て言う工場だっけ、ハンニバル。」
「ジョンソンのとこの工場。町外れだから、先に何か食べてから行こう。」
「賛成。」
 三人は“マーティン”というドラッグストア兼レストラン・バーに入った。身なりのやけに立派なおやじが1人、カウンターの中で何やら電話をかけている。
「今月分のがまだ到着してなくて困ってるんだよ、こっちは! え? わかってるのか、トベル!」
 かなり電話口でエキサイトしている。おやじの頭は禿げ上がり、胸のボタンは今にもはち切れそうである。しかし、着ている服は、確かにサイズは合っていないが、値段は高そうだ。
「あのー、おじさん、何か食べさせてくれませんか……?」
「だから、お前は早くトラックを寄越せばいいんだ!」
 おやじはハンニバルたちに全く気づいていない。
「いいな! 急ぐんだぞ!」
 ガチャッと勢いよく受話器を置くと、おやじはやっと彼らに気づいた。
「おや、いらっしゃい。」
「何か食べさせてほしいんだけど……。」
「食べ物? ああ、いいよ。」
「何ができます?」
 フェイスマンが遠慮がちに言った。
「メニュー? ハムソテー、ハムエッグ。」
「それだけなの?」
 エンジェルが聞き直した。
「それだけだ。」
「よろしい。じゃ、ハムソテーとビール。」
 ハンニバルが、にっこり笑った。
「じゃ、俺も。エンジェルは?」
「同じでいいわ。」
 3人はカウンターについた。
 しばらくして、ハムソテーが金髪の美人の手によって運ばれてきた。
「……キャシィ?」
 フェイスマンが声をかけた。
「えっ? どうして私の名を?」
「僕は美人の名前なら、何だってわかるのさ。」
「まあ。」
 キャシィが頬を染めて、奥に去った。
「おいフェイス、どうしてわかるんだ。」
 ハンニバルが不思議そうに尋ねた。
「勘さ……。なんて実は、依頼人のお嬢さんから聞いてたんだ。」
「へえ? 何か今回のことに関係がある女なの?」
「いーや、全然。」
「お前は観覧車で何の話をしてたんだ?」
「別に。……何だよ、その顔は、俺にだって選ぶ権利はあるんだからね。」
 
 

SCENE6;FACTORY
 車の前方200メートルほど、土煙の中に、その工場は建っていた。工場とも言えぬような、普通の掘っ建て小屋1軒という感じの、トタン屋根の建物である。
 車が近づくに連れて、缶詰生産機のガッチャンガッチャンという音が響いてくる。遠くに3人の人影が見えてきた。依頼人のルミナ・ジョンソン、その祖父のケリー・ジョンソン、それから従業員のアールであろう。
 工場の手前50メートルほどで、3人は車を停めた。
 
「やあ、来ましたよ。」
 ハンニバルが片手を挙げた。
「いらっしゃいませ。こちらがアール、そしてこっちが祖父のケリーですわ。」
「よろしく。」
 ハンニバルが手を伸ばした。老人もゆっくりと手を伸ばした。その手が、ハンニバルの手と擦れ違う。
「へっ?」
 一瞬、戸惑ったハンニバルの前に、老人が土煙を上げて倒れ込んだ。
「お祖父ちゃんっ!」
「おじさんっ!」
 ルミナとアールが駆け寄り、老人を助け起こした。
「済みません。昨日で食べ物が底をついてしまったので……。今朝から何も食べてないんです。」
「……何なんだ……?」
 フェイスマンが呟いた。ここまで貧乏な依頼人が、今までにいたであろうか、いや、いない。
 
 

SCENE7;KONG CHASE
 マードックと名探偵ミスター・ホームズは、夜の空港の商業倉庫群の辺りをウロウロしていた。まさか手荷物として、でかいハムの木箱を持ち歩く奴もいないだろうから、このコングが化けたハムは、輸送中の商品の1つが紛れ込んだものだろう、と考えたのだ。だとしたら、すべての商品荷物は、一旦この倉庫に納められて、次の飛行機やトラックに積み込まれるのを待つことになっているから、コングはこの倉庫のどこかにいるはずだ、と、とても珍しいことだが論理的に考えた結果、もう4時間もこの辺りを歩き回っているのだ。
「さー、これからが出番だぞ、ホームズ。君の推理で、コングちゃんのいる倉庫を教えてちょーだい。」
 ミスター・ホームズは、なぜかとても無口である。
「どーしたんだよ、ホームズ先生。おたくは名探偵だろ〜? ほら、思い出してくれよ、あの『恐怖の谷』事件をっ。すごかったよなー。……おなか空いちゃった……。」
 マードックは、倉庫と倉庫の間の小道に座り込んだ。遠くで飛行機の飛び立つ音がする。トラックが何台か行き来している。
「コングちゃぁん……。」
 マードックは、天を仰いで溜め息をついた。
 マードックの凭れている倉庫の前に、1台のトラックが停まり、マードックは顔を上げた。
 倉庫の重い扉の鍵が外され、扉が開いた。トラックから2人の作業服の男が降りてきて、倉庫に入っていった。そして、何やら小さな箱を、何回もトラックに運んでいる。
 マードックは、ふらりと立ち上がった。見るでもなくその運搬の様子を眺めた後、ふっ、と倉庫を覗き込んだ。
「あ。」
 倉庫の奥に山ほど積まれているのは、紛うことなく、あの白い木箱であった。
「ちょっと待って……。」
 マードックは、作業服の男がトラックの方へ行った隙に倉庫に滑り込んだ。
「やったっ、コングだっ!」
 白い木箱の山に駆け寄る。ガーン……ガチッ、と背後で音がした。鉄の扉が閉まり、外側から鍵がかけられた音だった。
 
 

SCENE8;DRUG STORE 2
 ジョンソン家があまりにも貧困であるために、ハンニバルたち、それから従業員のアールは、3食をキャシィのいるドラッグストアで食べることになってしまった。
 メニューは常にハムソテー、ハムエッグで、全く代わり映えがしない。
「いらっしゃい。」
 キャシィがハムソテーを運んできた。もうオーダーする必要もなく、2つのメニューが交互に出てくる。
 キャシィは背が高く、ドラッグストアの娘には似合わぬほどの綺麗なドレスを着ていた。
「ねえ、アール? どうしてルミナとおじさんは一緒に来ないの?」
「それはちょっと……訳があってさ。」
 アールは20歳前後のメキシコの青年で、美しく輝くグレーの瞳をしている。
「その訳なら、俺も知ってるよ。」
 フェイスマンが口を挟んだ。
「ルミナの婚約者が、キャシィに転んだんだってさ。」
「誰から聞いたの?」
「ルミナお嬢さん。」
「一体、依頼人と何の話をしてたんだ、お前は。」
 ハンニバルが不機嫌に言った。
「ところで、アール。あの、工場を占拠してる奴らの心当たりはないの?」
「全然。いきなりだからね。どこでうちの工場のことを聞きつけたのかもわからないよ。」
「ふうん。」
「……もう何カ月も、給料貰ってないんだ。」
「じゃ、どうしてあなた、工場を辞めて他の所に移らないの?」
「それは、ケリーおじさんに恩があるし、それにさぁ……。」
 アールが言い澱んだ。
「ルミナお嬢さんにホの字とか?」
 黙って聞いていたハンニバルが、唐突に言った。
「えっ? そんな、いや、お嬢さんは、その……。」
 アールが赤くなる。
“冗談のつもりだったのに……。”
 ハンニバルは、残っていたハムのかけらを、口に押し込んだ。
「しかしどーして、この店はハムが溢れてるんだ?」
「さぁねー、コングちゃんの祟りかしら。」
「そう言えば、コング……。」
 フェイスマンが呟いた。
「どうしてるだろう……?」
 
 

SCENE9;KONG CHASE 2
 どれくらいの時間が経ったであろうか。マードックと名探偵ホームズは、立ち上がる元気もなく、白い木箱の山の麓に座り込んでいる。
「コングちゃーん、起きてたら返事してくれよー! ……ダメか。この気つけ剤打たなきゃ、1週間は眠りこけてるんだっけ……。」
 その時である。ガチャリと鍵の開く音がした。ギィィーッと扉が開く。反射的にマードックが近くの柱の陰に隠れたのとほとんど同時に、数人の男が入ってきた。
「おい、これだ。」
 1人の男が、例の白い木箱の山を示して言った。
「中身を確かめろ。スモークハムなら、当たりだ。」
「よし。」
 1人の男が、近くにあった木箱の蓋を、ギシッと10センチほど上げた。
「確かにスモークハムだ。それも極太の。」
 男が開けた蓋の隙間から覗いているのは、紛うことなく、コングの“腕”だった。
「しかし、よく考えたと言うか、面倒なことをするもんだな。ハムの箱に麻薬を隠すなんて、なあ、トベル。」
 トベルと呼ばれた男は、色の黒い、グレーのスーツを着た、南方系の男だ。
「仕方ねえだろ、マーティンさんの言いつけなんだ。どうせ何かに隠さなきゃ運べねえんだから、そんなら食い物にしろとよ。」
「何だ、そりゃ。」
「マーティンさんのとこは、レストラン兼ドラッグストアよ。」
「抜け目のねえ男だな。」
「みみっちい気もしねえでもねえがな。」
“麻薬……? ひえ〜、とんでもない奴らに捕まっちまったな、コングちゃん。”
 マードックは思った。
「さ、運ぶぜ。」
 男たちは、トラックに木箱の山を運び込んだ。
 
 数分後、上手く忍び込み、トラックに揺られて不安気に木箱の山に囲まれているマードックと名探偵ミスター・ホームズの姿があった。
 

 
SCENE10;THE OTHER SIDE OF THE NIGHT
 夜になって、ハンニバルとフェイスマンは工場に忍び込んだ。天井のトタンをそっと外すと、中の様子は丸見えだった。
 ルミナの話通り、ボクサーのような男が、少なくとも何人かはいる。缶詰製造機は、確かに缶詰を製造していた。
「……何だろう、ハンニバル。葉巻の缶詰、ちゃんと作ってやがる。」
「ありゃ葉巻じゃないな……マリファナだ。」
「ふうん。……だけど、どうやってここまで運んでくるんだろう。」
「わからん。今夜はこのぐらいにしよう。」
「ああ。」
 2人は、ジョンソン家の母屋に帰っていった。
 
 

SCENE11;MARTIN'S
「全くジョンソンの奴、得体の知れない奴らを引っ張り込みやがって……。工場を取り戻すつもりなのかもしれないな。」
 大男のマーティンは、ソファにめり込むように座って、ブランデーグラスを弄んでいる。
「お父さま、どうしましょう。」
 傍らにいるのは、娘のキャシィである。
「お前が案ずることはない。ところで、あのジョンソンのとこの娘から奪った男とは、上手くいっているのか?」
「あんな人、もうこの世にはいないわ。」
「こっ、殺したのか?」
「そうよ、裏山の山小屋で天井からぶら下がってるわ。誰も私がやったなんて思わないはずよ。」
「お前、あの男に惚れていたんじゃないのか?」
「まさか、誰があんなガソリンスタンドの店員なんか。私はただ、ルミナを苦しめてやりたかったの。ブスのくせに、私より幸せになるなんて許せないもの。私って、ブスは嫌いなのよね。」
「お前、やっぱり私の娘だな、ははは……。」
「嫌ね、お父さま、おーほほほほほ。」
 
 

SCENE12;LIVING ROOM
「マリファナが関わっているとすると、こりゃ、裏に何かあるな。」
 ハンニバルが言った。ジョンソン家の居間である。
「ただの工場乗っ取りとは、違うってわけね。」
「ああ。この工場は、町から少し離れていて、人目にもつきにくい。小さいしな。」
「人目につかず、マリファナを缶詰にするには、もってこいってわけだ。」
「ああ、それにバージニアは葉巻の産地で有名だから、バージニア州印のラベルがついてりゃ、大抵の奴の目はごまかせる。」
「知能犯ね。」
「それに、この土地によっぽど詳しい奴でないと、この工場に目はつけられない。」
「とすると、土地のもんが関わってるってわけか……。」
「ところがこの町には、いわゆる“悪人”は見当たらない、と。」
「じゃあ、町の中の誰かが、キツネの皮を被ってるってことね。」
「その誰かさんを突き止めりゃいいってこと。小さい町だ。簡単でしょ。」
「そうかしら?」
 エンジェルが、心から疑問を感じている風に言った。
 
 

SCENE13;MEET AGAIN
 翌日から、調査が始まった。
 エンジェルとアールは工場の見張り、ハンニバルとフェイスマンは“町の様子を窺うなら居酒屋が一番”という実に信頼性のない説に従って、マーティンのドラッグストアへと向かった。
 
 2人がドラッグストアに入ろうとした時である。
「ハンニバル!」
 フェイスマンが叫んだ。
「何だい?」
「トラックだ。」
「……本当だ。」
 1台の特大トラックが、マーティンの店の裏に入っていくのが見えた。
「何だろう、ヤケに大きいけど……。」
「行ってみよう。」
 2人は気づかれないように裏へ回り、物陰に隠れた。
 数人の男たちが、トラックの荷台の扉を開けた。そして、白い大きな木箱を次々とマーティンの倉庫に運び入れ始めた。
「マーティンさん、着きやしたぜ。」
「遅かったじゃないか、トベル。」
 マーティンがやって来て、言った。
「さ、今月の分だ。」
「へへへ、有難うごぜえやす。」
「物が足りなくて、出荷できなかったんだ。さ、急いで運び込んで、荷を解いてくれ。」
「へえ。」
 トベルが木箱を運ぶ男たちに加わり、マーティンが店の方へ去った。5個、6個……と箱が運び込まれていく。
 と、その時、トラックの荷台から、人影が1つ飛び出してきて、目にも止まらぬ速さでトラックの下に滑り込んだ。
「おいフェイス……、今の見たか?」
「……モンキーだ。どうしてトラックに?」
「ということは、コングもあの木箱の1つに納まってるっていうことじゃないか?」
「……そう考えるのが妥当だろうね。」
「ひとまず、モンキーとミスター・ホームズを回収だ。」
「ああ。」
 2人はそっと、トラックの前方から近づいた。
「おい、モンキー!」
「……ハンニバルゥ……腹減った……。」
 
 

SCENE14;LIVING ROOM 2
「……ってなわけで、コングを追ってトラックに乗っかったら、ここまで来ちまったってわけよ。」
 マーティンのドラッグストアからテイクアウトしてきたハムエッグをパクつきながら、マードックが今までの経過を一気に語った。
「それで?」
「それで、あいつら大悪党だぜ。スモークハムの箱に紛れ込ませて、麻薬の密輸をやってやがる。ゴホッ。」
「ほらほら、ムセないで……。」
 エンジェルが、冷たいビールを手渡してやる。マードックはゴクゴクと音を立てて、それを飲み干した。
「そして、この町でバージニア産葉巻の缶に詰め替えて、アメリカ全土に流してたってわけか。フェイス、ルミナさんとアールを呼んできてくれ。」
 フェイスマンが席を立ち、部屋を出た。
「それで、コングは?」
「倉庫に運び込まれちまった。」
「まずいな。荷を解くって言ってたぞ。」
「見つかったからって、どうされるわけでもないんじゃないの? コングちゃんは眠ったままなんだし。」
「そうだといいがな。」
「ハンニバル、連れてきたぜ。」
 フェイスマンが、ルミナとアールを連れて戻ってきた。
「話は?」
「大まかなところは、フェイスさんから聞きました。まさか、キャシィのパパが……。」
「お嬢さん、しっかり。」
 アールが、今にも泣き崩れそうなルミナを、脇でしっかり抱きかかえている。
「さて、悪役がはっきりしたところで、相談といきましょうか。アール、君も手伝ってくれるね? 工場をマーティンから取り戻すんだ。」
「もちろんです。」
「じゃあ、みんな、もっと寄って……。」
 作戦会議が始まった。
 
 

SCENE15;MARTIN'S 2
「マーティンさんっ!」
 マーティンの家に、トベルが飛び込んできた。
「どうした、トベル。」
「荷物の中に、こんな奴が紛れ込んでました。」
「何?」
 数人の男が、よっこら……とコングを運び込んできた。もちろん、意識はない。
「まあ、可愛い。ペットにしたいわ、パパ。」
 キャシィが声を上げた。
「お前は黙ってなさい。何なんだ、こいつは?!」
「わかりやせん。箱を開けてみたら、ゴロリと……。」
「トラックに積む時に、中身を確かめなかったのか?」
「確かめたんですが……どうも……気がつかなくて……。」
 トベルはしどろもどろである。
「とにかく、こいつをどうするんだ?! 寝ていやがるのか、こいつは!」
「殴っても蹴っても、ビクともしねえんでさあ。」
「ねえパパ、可愛いからうちで飼いましょうよ。私が躾けるから……。」
「犬や猫じゃない、人間なんだぞ、こいつは!」
「あら、恐いの? 意気地なしねえ……。」
「そういう問題じゃないっ!」
「いいじゃないの。どうせ眠ってるんだし。厄介者なんでしょ、この人? ねえ、目が覚めるまで、私の部屋でいじくり回してていいでしょ?」
「とっ、年頃の娘が……。」
「あら、ルミナの坊やの時は、何にも言わなかったじゃないの。」
「こっ、黒人はダメだっ! それに、そんな、宝石の行商人みたいにジャラジャラぶら下げて……。」
「まあっ、パパったら、人種差別をするのねっ?」
「そ、そうじゃない。」
「ひどいわっ、人非人っ!」
 キャシィが机の上の物を投げつけ始めた。
「うわっ、キャシィ、落ち着きなさいっ、わかったっ、わかったから物を投げるのをやめ……あでっ。」
 灰皿が頭にぶつかったのだ。
「この男は、お前の好きにしなさいっ!」
「早くそう言えばいいのよ。」
 キャシィの手がピタリと止まった。
「ちょっと、そこのお兄さんたち、この人を私の部屋に運ぶのよっ、手伝いなさい。」
「おい、手伝ってやれ。」
 トベルに促されて、数人の男がキャシィと共にコングを引き擦って去った。
 ふう、とマーティンが溜め息をつく。
「なあ、トベル。」
「何でしょう?」
「……お前は呆れるかもしれんが、あれでも私の可愛い一人娘だ。そこでだ、トベル……、お前、あれを貰ってくれんだろうか……。」
 トベルの顔から、音を立てて血の気が引いた。
 
「大変だっ!」
 1人の男が、転がるように走り込んできた。
「こっ、工場に、変な奴らが乗り込んできたっ!」
「何だってっ!?」
 
 

SCENE16;FACTORY 2
 マーティンたちが工場に到着した時、既に工場は大騒ぎだった。
 ハンニバル、フェイスマン、マードックと、マーティン側の工場番たちとの大乱闘もたけなわ、とは言え、殴る、蹴る、投げ飛ばすの非常に原始的な戦いであった。相手はボクサーのような男たち。主戦力を欠いているハンニバルたちにとっては、とても苦しい戦闘である。普段なら、いろいろと手を尽くして作戦を考える彼らAチームではあったが、今回はあまりにも報酬が少ないため、最も安直な作戦に決まったのだ。つまり“殴り込み”である。ポカスカ、ポカスカ。
「げっ。」
 殴り倒されたフェイスマンが、机の角に頭をぶつけて転がった。
「わ。」
 2メートルを軽く越える大男に、天高く持ち上げられたマードックが、手足をジタバタと振って逃れようとする。ブウン! 低い唸りのような音と共に、マードックが3メートル先へ吹っ飛んだ。
「頑張れ!」
 ただ1人、善戦していたハンニバルが叫んだ。
「エンジェルがコングを救出しに行ってる。もうすぐコングが来るぞっ!」
「オーケイ!」
 フェイスマンが起き上がりざまに、1人殴り倒して言った。
「モンキー、大丈夫かっ?!」
 ハンニバルが、伸びているマードックに駆け寄る。
「俺は……俺のことはいいから、ミ、ミスター・ホームズを診てやってくれ……。」
 力なく指差すマードックの指の前方には、見事にひしゃげたイモリのオモチャが、床に貼りついていた。
 
 

SCENE17;REVIVAL OF KONG
 マーティン邸は工場での騒ぎで出払ってしまって、ひっそりとしていた。ただ人気があるのは、キャシィの部屋だけである。
 そっと裏口から忍び込んだエンジェルは、コングを求めて各部屋をウロウロと捜し回っている。
“ったく、コング〜、ど、こ、に、いるのよ〜。”
 スタスタと遠慮なく歩き回り、キャシィの部屋に近づいた。
“ここには人がいるみたいね……。”
 エンジェルは、耳を澄ました。キャシィの声が聞こえてくる。
「ほーら、可愛いお人形さん、お化粧してあげましょうね。」
“お人形遊び……? 随分、子供っぽいのね……。”
「ほーら、フリルのワンピースを着せてあげましょうね。黒い肌にピンクって似合うわねえ。」
“黒い…肌のお人…形……。”
 エンジェルは、とても嫌な予感がして、身震いした。
「ちょっと待っててね。飲み物取ってくるわ。」
 キャシィの足音がドアに近づいてくる。エンジェルは、ドアの横にぴったりと体をつけた。ガチャリとドアが開く。
「うっ。」
 エンジェルに鳩尾への一発を食らわされたキャシィが、床に倒れた。
「コングっ!」
 エンジェルが部屋に走り込む。
「げっ……っはは、あっはっは、きゃっはははは。」
 彼女はいきなり笑い出した。
「あは、あは……かわいー。」
 部屋の中央には、フル・メイクアップされてピンクのドレスを着せられたコングが、ベッドに凭れてフランス人形のように眠っていた。閉じたままの瞼の上に、もう1つ、ぱっ……ちりと目を描かれた様子は、不気味を通り過ぎて、既に“可愛い”の域に達していた。
「とにかく、コングに目を覚ましてもらわなきゃ。」
 注射器を取り出すと、コングの腕にブスッと突き立てた。薬が回るまで、24秒かかる。1、2……12、13……23、24、ぱちっ。コングが目を開いた。
「時間ぴったりね。」
「……どうしたってんだ、俺ァ。……そうだ! 畜生、ハンニバルの奴、また俺を飛行機に乗せやがったな! 何だ、この服はっ、俺がどーしてこんなもん着てんだっ……どこなんだ、ここはっ!?」
「まあまあ、落ち着いて。それより、ハンニバルたちが大変なの、急いで!」
「その前にこの服を……。」
「そんな暇はないわっ!」
 
 

SCENE18;BATTLE
 ハンニバル、フェイスマン、マードックの3人は、6、7人の男たちに取り囲まれ、じりじりと後ずさりしていた。双方共、かなり体力を消耗しているため、手を出す奴はいない。が、状況はどう見ても、ハンニバルたちには不利なものだった。
「へっへっへ……、手こずらせやがって。もう年貢の納め時だな……。」
 とりわけ図体のでかい男が、1歩、ハンニバルたちににじり寄る。
「そうはいかないな、もうすぐ強ーい味方が加勢に来るんだからねえ……。」
 ハンニバルの言葉にも、元気がない。
 と、その時である。ガ・ツーン。鈍い音と共に、その男が前のめりに倒れた。男の頭に当たったでかい石が、ゴロリと転がった。
「コング!!」
 フェイスマンが思わず叫ぶ。
「ハンニバルさん、俺だよ!」
 工場の入口に、山ほど石を積んだ荷車と共に立っているのは、アールとルミナだった。
「畜生、ジョンソンのとこのガキだな?! てめェらから始末してやる!」
 男たちが一斉にルミナの方へ走り寄った。が、飛んでくる石によって、次々と倒されてしまう。
「えい! あんたたちなんか、こうしてくれるわ!」
 叫びながら、ルミナがブンブンと石を投げる。
「一体、俺たちゃ何のために来たんだ……。」
 ハンニバルが呟いた。
「お嬢さんが一番強かったりして……。」
 マードックも言った。
「うひゃー、女は恐い……僕ちゃん負けそう。」
 フェイスマンが言った。
「うわっ!」
 最後の1人が、頭にでかいのを続けざまに食らって倒れた。床でのたうつ大男たち。
「はあっ、はあっ……。」
 肩で息をするルミナ。額の汗を拭うアール。ただ立ち尽くしているハンニバルたち。
 
「おーい、ハンニバルー!」
 遠くから声が近づいてくる。
「コングだ!」
 マードックが叫んだ。みんなは一斉に入口の方を見た。ピンクのドレスを着たコングが、だかだかと走ってくる。
「どうしたんだ、ありゃ。」
 ハンニバルが言った。
「さあ、……やっぱり高級ハムはキレイにパッケージしてあげるべきなのかねえ……。」
 マードックが言う。
「……にしてもスゴイな……。」
 フェイスマンも言った。
「ハンニバル! 悪い奴らはどこでい!」
 走りついたコングが言った。
「ああ……せっかく急いでくれたのに申し訳ないが、もう終わっちまったよ。……そうだ、マーティンはどこだ?」
「ここよ。」
 機械の陰に隠れていたマーティンとトベルを、コングの後から走ってきていたエンジェルが蹴り出した。
 
 

SCENE19;ENDING
「それで、マーティンたちはどうなったって?」
 持ち主が警察に捕まってしまい、今では空家同然になっているドラッグストアのカウンターに、Aチームの5人はいた。
「当分の間はブタ箱入りだ。それから、マーティンの持ち家を全部捜索していたら、山小屋から死体が発見されたそうだ。」
 ハンニバルが言った。
「死体?」
 エンジェルが尋ねる。
「ああ、どうやらルミナお嬢さんの婚約者だった男らしい。今、キャシィが警察に呼ばれてる。」
「キャシィが殺ったのかな。」
 フェイスマンが冗談混じりに言った。
「あのお嬢さんなら、やり兼ねないわよ。」
 エンジェルが呟いた。
「何だかさっぱりわからねぇうちに片づいちまって。一体、俺ァ何のためにここまで来たんだ?!」
「まあ、そんな怒んなさんなよ、コング。コングのおかげで解決したと言えなくもないかもしれないかもしれないんだからさ。」
「フェイス、何が言いたいんだ、お前。……モンキー、さっきからお前は何をやってるんだ?」
 ハンニバルに声をかけられたマードックは、水を張った洗面器を覗き込んでいた顔を上げた。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「……ミスター・ホームズが、おせんべみたいにペチャンコになっちまってさあ、水で戻せば元の体形に戻って、また元気になってくれんじゃないかなぁと思って、水に浸けてみたんだけど、……奴さん、ちっとも元に戻ってくんないんだ……。」
「……水がダメなら、空気でも入れてみたら?」
 フェイスマンが溜息と共に言った。
「そっかー、さすがフェイス、アッタマいーい。よーし、じゃ、ちょっと自転車屋行って、ポンプ借りてくるわ。」
 マードックは飛び出していった。
「やれやれ……。」
「ところでハンニバル、ルミナお嬢さんはどうしたの? いくらキャシィに転んでいたとは言え、自分の婚約者だった人が死んじゃったんだもの、落ち込んでるでしょうね。」
「とっころが、ところが、よ。」
 フェイスマンが口を挟んだ。
「アールがルミナお嬢さんにプロポーズして、今、幸せのド真ん中。」
「あーらら。」
 
「で、俺たちの役割は終わったわけだ。な、ハンニバル。」
 コングがとん、とハンニバルの肩を叩いて言った。
「で、何で帰るんだ? 車か? 車かバスだよな……。」
「そう、車だ。」
「車だよな、車……ハハハ、そうだよな!」
「少なくとも、300メートルは車だ。その後は胴体にしまわれちまう車だが……。」
「何ィ?!」
 コングが叫ぶのと、フェイスマンがコングの腕に注射器を突き刺すのが、ほぼ同時だった。
 ……ドサッ。またもやコングは意識を失ってしまった。
「まさか、また木箱に詰めるんじゃないだろうね、ハンニバル。」
「いーや、そんなことはしませんよ。今回は、エンジェルの案をいただきだ。」
「エンジェルの?」
「そう、私の。」
 エンジェルが、にっこり笑った。
 
 数時間後、飛行機内の荷物置き場には、ピンクのドレスを着て、瞼の上に目をぱっ……ちりと描かれたコングが、リボンをかけられたガラスケースの中に納まって座っていた。
【おしまい】
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