DUMMY
 目を開けたら、コーヒーカップを手ににこやかに近づいてくるテンプルトン・ペックが見えた。
 オレンジ色のシルクのパジャマを着ている。俺が買ってやった物だ。
 今朝は機嫌よく起床できそうだ。俺はまだ半分しか開いていない目を、無理矢理もう4分の1ほど開け、さらに神経が目覚め切っていない手を、彼の差し出すコーヒーの方へと伸ばした。が、予想に反して、コーヒーカップは俺の差し伸べた手から左に70センチほどずれた所に差し出された。
“おいフェイス……。”
 と俺は言おうとし、コーヒーカップを受け取るために左に身体を反転させ……そして……コーヒーカップを受け取る“白い手”を見た。その瞬間、眠っていた俺の脳は、驚きと共に全開した。俺は恐る恐る、その手の“元”を求めて視線を移動させた。
「Good morning, darling?」
 そこには、白いシーツにくるまった1人の金髪美女が、にこやかに微笑んでいた。
 ――俺はジョン・スミス。Aチームのリーダーで、百戦錬磨の強者どものリーダーは俺にしか務まらなくて……別に人の心を読めるわけではない。――

BED/ZONE
ふるかわ しま
「Good morning, darling?」
 その美女は、もう一度言った。俺は少しずつ夕べの記憶が戻ってくるのを感じた。そうだ、確かバーで女の子が1人近づいてきて……俺は彼女に1杯奢ったのだ。それから……?
「ハンニバルも隅に置けないなあ。」
 もう1つのコーヒーカップを俺の手に押し込みながら、フェイスマンが言った。
「夕べは御馳走さま。楽しかったわ、ダーリン。」
「じゃあ、俺はあんたと……。」
「そうよ、一緒にお酒を飲んだでしょ? 覚えてない?」
「……覚えてる。」
 俺はのっそりとベッドから立ち上がった。
「そうだ。sixth streetのバーだ。昨日はゲリラ戦の訓練が上手く行ったご褒美にオフにしたんだ。昼間は新しい映画の打ち合わせをして、それから……。」
「バー・インディゴに行った、でしょ?」
 彼女はブルーの瞳をキラキラさせながら笑う。
「……そうだ。あんたは夕べ、ピンクのドレスを着ていた。そして俺たちは意気投合して店を出た。」
「そう。それから何軒かハシゴしたわ。」
「その通りだ。すると俺はやっぱりあんたと……。」
 俺は腰からいきなり力が抜けていくのがわかった。
「いやあ、羨ましいなあ、こんな可愛い子ちゃんと。ねえ君、今夜ボクとどうかな?」
 フェイスマンはいつもに増して浮かれて見える。そうか、だんだん思い出してきたぞ。
「何軒かハシゴした後、俺はあんたと、この部屋に帰ってきた。ここは、1カ月前からフェイスの名義で借りている部屋だ。」
「正確には、世界的に有名な前衛写真家、スティーヴ・リーマンの名義だけどね。」
「そう、そのリーマン先生の部屋に通されたんだわ。」
 俺は自分の記憶を辿りつつ、いつの間にか玄関まで歩いてきていた。後ろから2人がついてくる。
「それから俺は、あんたにシャワーを浴びてくるように言い、あんたはシャワールームに入った。」
「それは違うわ。」
 と、彼女は言った。
「私はシャワーなんて浴びてなくてよ。」
「そんなはずはない。俺はあんたがシャワールームに入るのを見たし、水の音も聞いた。」
「あら、私はここへ来て真っ直ぐキッチンに行ってビールを飲んだのよ。」
「何だって? それじゃ、誰がシャワーを浴びたんだ?」



「それはあたしよ。」
 背後から別の女性の声がして、俺たちは振り返った。シャワールームの扉が開き……出てきたのは、見事な黒人美女だった。バスタオルを巻いただけの姿である。
「なっ、何だ、あんたは?」
 俺はガラにもなく動揺して叫んだ。
「……だから、あなたがシャワールームへ押し込んだ女よっ。いつまで経っても呼びに来てくれないから、6時間もシャワーを浴びてて、指がシワシワになっちゃったわっ。」
 俺は一瞬、呆気に取られた。……俺は確かに金髪の方の美女とバーをハシゴして、彼女をこの部屋に連れてきた。そして、そして――一体どうしてこの黒人美女が俺の部屋でシャワーを浴び続けていたんだ?
「……フェイス。」
「……んっ? えっ? あ、ああ。何か、話がおかしいね、少し。」
「少しどころじゃないぞ!」
 俺はフェイスマンの襟首を掴んだ。この動作に、特に意味はない。
「そうねー、んーと……もう少し冷静に続きを思い出してみたら?」
 フェイスマンにしては、珍しく建設的な意見だった。



「よし、続きだ。」
 俺は、フェイスマンと、白黒2人の美女を引き連れて歩き始めた。
「確かに女の子を1人、シャワールームに押し込んで、それから俺は着替えをするために、ベッドルームに行った。」
 俺たちは、ずんずんとベッドルームに入った。
「そして俺は、上着をクロゼットに……。」
 ばんっ!
 いきなりクロゼットの扉が激しく開いた。一瞬の沈黙が流れる。
「上着……を……クロゼットにしまおうと……。」
「クロゼットに突っ込まれたのは、あたいよっ!」
 そう言うなり、1人の女がクロゼットから飛び出してきた。赤毛のヤンキー娘で、革ジャンにジーンズという格好だ。
「あんたがあたいをここに押し込んだのよ。せっかく、友達を紹介してあげようと思ったのに……。」
 そう言うと彼女は、俺の腕にクマの縫いぐるみを押しつけた。その瞬間、俺の理性は……ぶっ飛んでしまった。



フェイス! これは一体どういうことだ! 何で女が3人もこの部屋にいるんだ! しかも、そのうち2人は見たこともないぞ! 何で6時間もシャワーを浴びていられるんだ! 呼びに来なかっただと? 呼びに来なければ1週間でも1カ月でもシャワールームにいられるっていうのか? それとも先祖は人魚かジュゴンだってのか? どうしてクロゼットに女を閉め込んでしまうんだ? このコはっ! それじゃ一体、俺は上着をどこへやったんだ? 質にでも入れてしまったというのか? おいフェイス、どうなんだ……! はあはあ……。」
 ここまで一気に叫ぶと、さすがに息切れがして、俺はベッドに座り込んだ。フェイスマンが、またもやにこやかに近づいてくる。
「それはね。」
 と、フェイスマン。
「それは、今日がハンニバルにとって特別な日だからさ。」
「特別な……日――だと?」
 パパパーン!
 いきなり、クラッカーの音がした。音のした方を見ると、女の子3人と……マードックとコングが立っていた。



「ハッピー・バースデイ、ハンニバル!」



「……ハッピー……バースデイ?」
 マードックが俺の腕を掴むと、自分たちの方へ引き寄せた。
「はい、こっち向いてー。いーかい、撮るよー。」
 パシャッ!
 フェイスマンの構えるカメラに向かって、無条件反射で笑顔を作り……俺はやっと事態を理解した……。こいつら……。
「いやー、ハンニバルを驚かせようと思ってね。」
 と、フェイスマン。
「そ、みんなで1人ずつガールフレンドを連れてきたんだ。」
 マードックが、赤毛の少女の腕を取って言った。
「俺は嫌だって言ったんでい、こんな計画。」
 1人憮然としたままのコング。その手は、しっかりと黒人美女の腰に回されている。
「……私もあんまり気ノリしなかったんだけど、リーマン先生の頼みじゃ断れなくって。とりあえず、ハッピー・バースデイ、ハンニバルさん。」



「ハッピー・バースデイ! ハンニバル!」
 全員が一斉に拍手した。



 ――俺はジョン・スミス。Aチームのリーダーで、百戦錬磨の強者どものリーダーは俺にしか務まらなくて……畜生、人の心なんか、読めないぞ――
【おしまい】
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