禁じられたオアソビ
伊達 梶乃
 精神病院の裏に停められた紺色のバンに向かって、マードックがツーステップでやって来る。ドアを開け、くるりとターンを優雅に決めると、ジャンプして車の中に転げ込んだ。シートに座って、フィニッシュ。
「なあに、バカなことやってんだ。フェイスはどうした?」
 運転席のコングが、バックミラーの中でマードックを睨みつけた。マードックは口を閉ざしたまま、コンバースの踵を指す。
「踵。それがどうした?」
 ハンニバルが葉巻に火を点けながら聞いた。マードックは相変わらず黙ったまま、肘を締めた両手を体の脇で速く小刻みに震わせた。
「虫。違う? 刺すの? ……蜂か。」
 ハンニバルの言葉に、マードックは頷く。今度は自分の背中を指し示す。
「背中。」
 次は、車のライターを指す。
「ライター。に、似てる。」
 マードックはフラダンスの身振りをし、首の周りの何かを示した。
「フラダンサーの首飾り? ……レイ?」
 そしてライターを指す。
「レイ、ライター。縮めるのか? ああ、レイター。」
「それが何だってんだよ。早く口で言わねえか。」
 コングが怒り始めた。
「待て待て、コング。……踵、蜂、背中、レイター……ヒール・ビー・バック・レイター、彼は後で来る、か。」
 その時、フェイスマンが車に戻ってきた。
「いやあ、受付のコが代わっちゃってねえ。」
 これは単なる言い訳。またもやマードックが妙な仕草をし始め、ハンニバルがそれにつき合う。
「種蒔き。あ、種ね。そんで……化粧、目のパチパチ、ウインク。シーズ・ビューティフルってわけね。まだある? 髪の毛ピカピカ? ブロンドか。それで? 胸がでかい、と。」
 納得して、うんうん、と頷くハンニバル。フェイスマンは話題を変えたかった。
「モンキーがさあ、看護婦の話によると、今度はジェスチュアに凝っちゃってて、ここんとこ全然喋んないんだって。」
 ハンニバルが再び、マードックの通訳をする。
「自分、バツ、パクパク。……モンキーは喋らないそうだ。」
「そりゃあ静かでいいや。」
「自分。道? 大きな輪?」
 フェイスマンが通訳にチャレンジした。
「船漕ぎ、の櫂?」
「フェイス、そりゃオールウェイズって言ってんの。」
 マードックが頷く。
「オールウェイズ、ね。で、口パクパクのばってん。」
「いつも喋っているわけではない、だろ。」
 ハンニバルが助け船を出す。
「ハンニバル。山? 船で行く山? 泳ぐ山?」
「島、アイランドだ。」
「島の短い?」
「アイランドの短縮形は、アイ・エス。つまり、イズ。」
「ハンニバルは……十字架、張りつけ、イエス・キリスト、神。神に似てる? ハンニバルは神に似てるって?」
「神、ゴッドに音が似てるの。」
「耳? ウサギ? 吠える……犬。犬の逆さま?」
「グッド、だな。」
「泳いでる人……足が攣って、溺れる。叫ぶ、その人? 何?」
「ヘルプって言う人だから、ヘルパーだろうが。」
「ハンニバル・イズ・グッド・ヘルパー。ハンニバルは助けになるってわけ。それで……俺? 俺、島の短いの、打者、犬が吠える……?」
「フェイスマン・イズ・バッド・ワン。お前は役立たずだと。」
「はいはい、役立たずで結構。それにしてもハンニバル、よくモンキーの言おうとしてることがわかっちゃうね。」
「昔はよく、こうやって遊んだもんよ。コング、お前さんもやってみたらどう?」
「俺がか? よしモンキー、やってみろ。変なこと言ったら、ただじゃおかねえぜ。」
 マードックはジェスチュアを始めた。
 コングを指し、目の上に手をかざす、そして左胸に指でハートを作り、頭の上に輪を示して羽ばたく。
「ユー・ルック・ライク・エンジェル。俺が天使みたいだってよ。」
 コングはすっかり気をよくして、ニコニコしながら車のエンジンをかけた。――ハンニバルとマードックが口の端で笑っているのも知らずに。



 しばらくして、ドライブ・インのテーブルについたハンニバルは、コングがトイレに立っている隙を見て、隣の席のマードックに小声で尋ねた。
「さっきのジェスチュアは“コングが心臓発作で昇天することを期待している”じゃないのか?」
 マードックは両手で小さなマルを作った。
 2人の後ろでは、コングが買ったばかりのキャンディを粉々に握り潰していた。
 この後、コングの拳によってジェスチュアが禁止されたのは、言うまでもない。
【おしまい】
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