続・猿の剥製
伊達 梶乃
「マードックさん、面会人です。お庭へどうぞ。」
 サルの剥製のアッフェにグルーミングをしてやっている時、看護婦が彼の病室に入ってきて告げた。
「誰?」
「フランクリン・シャフナーという方です。」
 マードックは“まだ1カ月経ってないぜ”と思いながらも、アッフェを連れて庭に出た。
「マードーック!」
 半ベソをかきながら駆け寄ってきた男は確かにあのフランクだったが、どこか雰囲気が違う。初めて会った時は、紺のグレンチェックのスーツにレジメンタルタイという服装だったが、今日はジーンズにセーターというラフな服装だからだろう。
「助けてくれよー。頼れる人は、あんたしかいないんだ。」
 と、すがりついて泣くフランクのストレートな金髪を撫でながら、マードックは聞いた。
「一体、何があったんだい?」
「俺、殺されちまうよ。」
 2人はベンチに腰かけた。
「詳しく話してみな。」
「車のブレーキパイプは切られてるわ、人混みで俺の隣にいた人は狙撃されるわ、家ん中は荒らされるわ、工事中のビルの下を歩けば鉄骨は落ちてくるわ、マンホールのフタは半分開いてるわ、地下鉄のホームからは突き落とされるわ……これじゃ命がいくつあっても足りやしないよ。」
「それにしては無傷ってところが恐いね。」
「どうも俺、運だけはいいらしい。」
 そう言ってフランクはしゃくり上げた。
「多分、あんたがまだサルの剥製を持ってると思っている奴らがいるらしいな。」
「こいつのことかい?」
 フランクがアッフェの頭をつつく。
「こいつがどうかしたのか?」
「実はアッフェにはな……(『猿の剥製』参照)……だから、それを狙ってる奴らが、まだ野放しになってんだ。」
「テーラーみたいになるのなんか嫌だよー。」
「嫌だって言ったってねえ……。」
 マードックは考えた。考えようと思えば考えられるのが、彼のいいところ。
「Aチームに頼もう!」
 俺とAチームは関係ないよー、という顔でそう言う。
「連絡できるのかい?」
「俺だってベトナムに行ってたんだから。」
 俺はAチームに会ったこともないよー、という口調でフランクを安心させる。ここでマードックがAチームのメンバーだとフランクに知れたら、ハーバード大卒の彼のことだから、MPに通報するかもしれない。しかし通報してしまったら、フランクの命が危ない。フランクは、そういうところを考えない奴だ。
「となりゃあ善は急げだ。フランク、服脱いで。」
「えっ?」
「変な想像すんなよ。俺があんたの服を着て、外に出て、Aチームに連絡をつける。」
「俺はどーすんの?」
「あんたは俺の服を着て病室に入り、俺の振りをする。病院の中なら、奴らだって手は出せねえだろ? まあ、たまに放火されることもあるけど。」
「剥製はどうすんだよ。それ持ってちゃ、狙って下さいと言ってるようなもんだろ?」
「今更、俺とこいつが離れられるとでも思ってんの? 何も、剥製を高々と掲げて歩くわけじゃねえんだぜ。ちゃんと袋に入れて持ってくよ。」
 ほっとしたフランクが見たものは、マードックがジャンパーのポケットから出した“透明のビニール袋”だった。
「そ、それに入れてくってんじゃないだろうね?」
「ダメ? 埃よけにはなるんだけどなあ。」
「それじゃ、袋に入れる意味が……ちょっと待ってろ。」
 フランクは庭のゴミ箱を漁って、紙袋を見つけ出した。
「これを使えよ。」
「きったねー。こんなのにアッフェを入れるなんて、可哀相だろ。」
「死ぬよりゃマシ。さあ早く、Aチームに連絡取って。」
 2人は病院のトイレで、服を交換した。



「もーヤダっ。みんな俺のことが嫌いなんだろ。俺が会計係だと思ってバカにしてるんだ、きっと。どーしてこう、いっつもいっつもいっつもいっつもいっつも……いっつも金にならない仕事ばっか持ってくんのさ? 赤字が何だか知らないんじゃないの? 黙ってりゃ金が湧いてくるとでも思ってんだろ?」
「落ち着け、フェイス。」
 ハンニバルがフェイスマンの背をポンポンと叩く。
「そりゃあ今月はアクアドラゴンの撮影がなかったし、コングも自動車修理工場をクビになった。ちゃんと働いていたのは、お前だけだ。だけどな、見てみろ。コングだってあのジャラジャラのアクセサリーが今日は1本だけだ。それも、あれは18金でも24金でもなく、プラスチックじゃないか。それにほら、俺も葉巻を吸ってないだろ。」
 フェイスマンに紙巻き煙草を見せた。
「ハンニバル……ダンヒル吸ってて言うセリフじゃないよ。」
 溜息混じりにフェイスマンが呟く。
「ごめんよ、こんな仕事持ってきちまって。」
「いーのいーの、気にしなさんな。」
「人の命がかかってんじゃ、断れねえもんな。」
 ハンニバルはともかく、マードックの持ってきた仕事なのに、珍しくコングが乗り気である。
「けどよ、どうやって犯人を捜すんだ? 顔も名前もわかんねえのに。」
「犯人は、このサルの剥製に入っていたマイクロフィルムを欲しがっている。それを利用するって作戦。」
「具体的にはどうやるんだい、大佐?」
「オークションを開く。フェイス、できるだけ大勢にこのサルの剥製のオークションがあるってことを伝えてくれ。コングとモンキーは、郊外にある倉庫を借りて、オークション会場を造る。」
「ハンニバルは?」
「病院へ行って、マードックことフランクリン・シャフナーを連れ出してくる。今回の主役は一応、彼だからね。」



 翌日、オークション会場は、人の熱気に包まれていた。
「いやあ、フェイス、すごい人だねえ。どうやってこれだけの人、呼んだの?」
 フェイスマンは、ヒゲとカツラで変装しているハンニバルに新聞を見せた。
「昨日の夕刊と今日の朝刊に載せてもらったんだ。有名どころ5社の新聞にデカデカとね。大分、高くついたけど。」
「それじゃ、マイクロフィルムとは関係なしに、本当に剥製を買いに来た人もいるってこと?」
 そう聞いたのは、フランク。
「そういう人は、剥製のオークションにしては法外な値段になれば帰っちゃうよ。それでもまだ残ってるのが犯人。あるいはその一味。」
「なるほどね。」
 フェイスマンとフランクは、ステージに向かうリーダーを見送った。
「遠い所、ようこそお出でいただきました。」
 ハンニバルの声が、マイクを通して倉庫一杯に響く。
「今日オークションにかけますのは、このサルの剥製。ただのサルではありません。日本から直輸入されたニホンザル。脇腹に小さなキズがあるのが難点ですが……。さあ、行きましょう、1万ドルから!」
「1万ドルだって? 高すぎるぞ。」
「たかがサルの剥製に1万ドルか?」
「ふっかけすぎだ。バカにするのもほどほどにしろ。」
「暴利だ、暴利だ。」
 様々な罵声が飛び、人数が1/4に減る。
「2万ドル!」
 と声が上がる。人数は、そのまた1/2に。
「モンキー、コング。」
 ステージの上からハンニバルが指令を出すと、倉庫唯一の大きな扉を2人が閉めた。
「罠かっ?」
 一斉に立ち上がって振り向いた悪人どもが見たものは、扉の前でオートライフルを構えているマードックとコングの姿だった。フェイスマンとフランクも、銃を持ってステージに現れた。
「はい、皆さん。上着の下の銃は、この2人に渡してちょうだい。下手に動くと全員がオダブツだからね。」
 フェイスマンとフランクが左右に別れて銃を集め、脇に捨てる。
「てめえら何者だ?」
 威勢のいい1人が叫んだ。
「名乗るほどの者じゃないけど、教えてあげましょ。俺たちはAチーム。ご存知かな?」
「Aチーム?」
「Aチームだって? それじゃ逆らったら間違いなく殺されるぞ。」
「あれがハンニバル・スミスか? 奴を見たら3日後に死ぬって話だぜ。」
「うわー、俺もおしまいだ。」
 口々に勝手なことを言い出す。
「変な噂が流れてんのね。」
「フェイス、無駄口叩いてないで、こいつらをふん縛ってやれ。五重コマ結びでな。猿轡も忘れるな。後ろ手にロープで縛ってから、親指2本を針金で結わえる。足首を縛る時は靴紐も絡めるんだぞ。そうしたら、1人ずつ麻袋に入れて口を縛る。それから、全員を一緒くたにして、でっかい袋に入れる。手を抜くなよ。」
「ハンニバル、相当怒ってない?」
「当たり前。悪魔みたいに言われておいて、怒らずにいられますか。」
 全員を縛り上げ、袋詰めにするのには、かなりの時間を要したが、Aチームを恐れるあまり、悪人どもは死んだサルのように静かだった。
「近頃の悪人は、呆気ないねえ。」
 銃撃戦を期待していたハンニバルは、しみじみとそう言い、ダンヒルに火を点けた。
「ハンニバル、そろそろ警察が来るぜ。」
 コングがバンを倉庫の前に停め、運転席から怒鳴る。手を赤く火照らせたマードック、フランク、フェイスマンの3人とハンニバルは、急いで車に乗り込んだ。



「Aチームも重労働だなあ。手が言うこと聞かないよ。」
 フランクが言うと、フェイスマンが、
「今回はマシな方。普通だったら筋肉痛モンよ。金は使うわ、物はぶっ壊すわ、ケガはするわ、命がけなんだから。」
 と通常のAチームの作戦を語った。
「あそこで素直に銃なんか渡さないで銃撃戦になって、弾が切れると肉弾戦になるわけ。で、俺は大概投げ飛ばされて、殴られて、歯が2本くらい折れんだよな、これが。ほら、前歯はほとんど差し歯。この歯とこの歯はハンニバルが買ってくれたんだけど、あとは俺が払ったの。」
 フランクに歯を見せて、フェイスマンは説明を続ける。
「MPに追われる身だからさ、病院でも保険利かないんだよね。保険証提示すると自己3割負担だけど、俺たちは10割負担。ひどいじゃない? だもんで、偽造の保険証を造るわけだ。そうすると……。」
「やめとけ、フェイス。聞いてると、Aチームがすごい貧乏みたいじゃないか。」
 ハンニバルが、フェイスマンの口を止める。
「すごい、とまではいかねえが、まあまあ貧乏ってとこだな。」
 フェイスマンが言う前に、コングが口を開く。
「依頼料払えなくってごめん。その代わり、まだ家に剥製があるから、そいつをやるよ。」
「いーや、いいってことよ。今回は、ぐっと出費を抑えてあるから。」
 フェイスマンの顔を見ないようにフランクの方を振り返り、ハンニバルが言う。
「もう剥製はこりごりだってさ。」
 マードックはフランクに笑いかけた。



「ありがとう。助かったよ、マードック。」
 病院の庭のベンチに腰かけて、フランクは紙袋からアッフェを出しているマードックに言った。
「あんたもAチームの一員なんだろ?」
 その言葉に驚いたマードックは、危うく剥製を落としそうになる。
「な、何で……?」
「そうなんだろ。わかるよ、雰囲気で。それにあんた、モンキーって通称で呼ばれてたじゃないか。」
 いつものようにジャンパーの中にサルの剥製を入れたマードックは、声を潜めてフランクに耳打ちした。
「できりゃ、もっと小さな声で……。」
「ああ、そうか。」
 と、フランクも小声になる。
「でも大丈夫だって。俺、MPには言わないからさ。」
「感謝するよ。」
「あんたがMPに逮捕されちまったら、そのサルの剥製の代金未納分はどうなんだよ。」
「この商売人っ!」
 マードックはすっくと立ち上がり、建物の方へ歩き出した。
「何かあったら、またよろしく頼むよー!」
 手を振ってそう叫ぶフランクに、マードックは舌を出して返事をしてやった。
「……アッフェ、部屋に戻って、グルーミングの続きをしような。」
 支払金のことを考えると、本当はフランクに中指でも突き出してやりたい気分のマードックだった。
【おしまい】
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