誰がために金は成る
鈴樹 瑞穂
「♪コラソン・デ・メロン、デッメッロンメロンメロンメロンメロンメロン、チャカチャカチャン、コラソン♪」
 調子の外れた歌声が近づいてきて、ドアの前で止まった。
「♪乗ってけ乗ってけ乗ってけサーフィン、なーみになーみに波に乗れ乗れ、揺ーれて揺られて夢の小舟は太陽の彼方♪」
 歌いながら入ってきたのはフェイスマンである。右手にくたびれたボストンバッグを提げて、こみ上げる笑いに締まりのない表情だ。
「受け取ってきましたよォ、今回の仕事料!」
 フェイスマンはボストンバッグを高く掲げて見せながら言った。
「そりゃご苦労さん。で、どのくらいくれた?」
 ハンニバルが立ち上がって、フェイスマンを迎える。フェイスマンはテーブルの上にどさりとバッグを置いた。ファスナーに手をかけて、もったいをつけるように、周りに集まったハンニバル、コング、マードックの顔を見回す。
「あ、金額、ね。」
 フェイスマンはうっかりしていたという顔でファスナーから手を離し、気障な仕草で肩を竦めた。が、コングが拳を固めたのに気づいて、本当に慌て出す。
「ちょっと待って……ここに入れといたんだ、明細書。ほら、これ。えーっと……。」
 上着の胸ポケットから出した紙片を広げて、フェイスマンは読み上げた。
「まず契約料金が1万ドル。それに手数料が500ドル。おまけに感謝の気持ちとして3,500ドルつけてくれたから、しめて……1万4,000ドル。」
 フェイスマンは明細書をテーブルの上に置くと、バッグの口を開いた。マードックが口笛を吹いた。
「こんな大金見たの、久し振りだぜ。」
 マードックはバッグに手を突っ込んで、札束を一掴み取り出した。
「俺たちがお尋ね者だって事情を考慮して、全額キャッシュで一括払いしてくれたんだ。」
 得意気なフェイスマンの言葉に、ハンニバルは鷹揚に頷いた。
「よくやった、フェイス。」
 一方マードックは、札束を額に乗せ、鴨川シーワールドのオットセイのようにバランスを取っていた。
「1万4,000ドル! おお、1万4,000ドル! 4人で分けても3,500ドル。よかったあ、これで猿の剥製のローンが払える、やったね、ラッキー。」
 すると、コングがマードックの額から、札束を引ったくった。が、いつものようにマードックを怒鳴りつけることはせず、重さを楽しむように札束を持つ手を揺らした。
「このところ、タダ働きが多かったからな。」
 珍しく、コングの声も弾んでいる。
「その通り。最近タダ働きが続いたのは事実だが、どれもこれも止むを得ない事情があったことは、お前さんだってわかってるだろう、コング。後悔なんかしてないだろう、フェイス。なあ、モンキー。」
 ハンニバルがにこやかに一同の顔を見回した。
 このレーガン大統領のような話し振りは――危ない。金と女に関してはこの上なく正確なフェイスマンの勘が、警告を発した。
「ちょっと待った、ハンニバル。まさかこの金の使い途、もう決めてるなんてこと……。」
「フェイス。お前さん、冴えてるねえ。」
「あああ……。」
 先手を取ったつもりが墓穴を掘ってしまい、フェイスマンはぐったりとソファに沈み込んだ。
「で、どうするんだ?」
 コングが札束とハンニバルの顔を等分に見回して聞いた。その鼻先に、ハンニバルは、いつの間にか取り出したパンフレットをびらっと広げた。
「何々、郵便局の定期預金。あ、なるほどねーっ。こりゃいいわ。ハンニバル、アッタマいーい。」
 マードックが身を乗り出した途端、コングがハンニバルの手からパンフレットを引ったくった。裏も表も隅々まで丁寧に目を通す。
「……年利率4.79パーセント。ふんふん、満期になりゃあ、いつでも引き出せるのか。これならタダ働きが続いても安心だな。利率もいい。」
 すっかり乗り気のコングとマードック、それに鷹揚に頷くハンニバルに対して、フェイスマンは虚しい反抗を試みる。
「ちょっと、みんな、考えてもみてよ。金ってもんは使ってこそ値打があるんだよ? 預め込んでたって何にもなりゃしないって。いくら利率がよくったって、物価の上昇を考えりゃ同じことでしょ。いや、それよりも目減りするくらいですよ、実際。金に関しては卑しくもプロのこの俺が断言するって。今この時にパァーッと使うべきだね。……ねえ、ちょっと、聞いてんの? ハンニバル。コングってば。マードックぅぅぅ……。」
 もちろん、3人とも、フェイスマンの話など全く聞いていなかった。
「ねえ大佐、契約の時に貰う粗品、アルミホイルだったら俺にちょうだいよ。」
 などと、マードックがハンニバルに言っている。
「いいとも。でも、サラダボウルかもしれないな。」
「サラダボウルかあ。アルミホイルのが使い途があるんだけどなァ。アルミホイルは是非とも必要だよ、うん。」
「サラダボウルなら俺が貰ってやるぜ。サラダは健康にいいからな。」
 と、コングが2人の会話に加わる。
 こうして3人が和やかに談笑している間、得意なはずの弁舌を虚しく揮ったフェイスマンは、翌日、郵便局へ行く羽目になったのだった。
【おしまい】
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