よし、藁炎上
鈴樹 瑞穂
 暗くて、じめじめしていて、寒かった。こんな状態で気分がいいはずもなく、言ってしまえば最悪だった。そこで俺は無駄だと思いながら、前を歩いてる背中に提案した。
「ハンニバルゥ、一旦帰って出直そうよ。」
「まあフェイス、そうぼやきなさんな。すぐに特大のストーブに当たれるから。」
「はっ、そう願いたいね。」
 予想通りの返事に、俺は肩を竦めた。これで綺麗な女のコが一緒なら少しはカッコつけてシャンとしていられようってなもんだが、相手は所詮おじさん(ハンニバル)だ。
 だが、騒音発生機(マードック)がいないだけでも、よしとすべきか。マードックを連れて裏に回ってるコングには悪いけど。俺ってほら、デリケートだから、騒音には耐えられないんだよねえ。おまけに荷物は異様に重いし、もう嫌んなっちゃうね。色男にゃ金と力はないもんなのよ。ま、俺の場合、溢れる才能で金の方は何となく手に入るけど。
 どーでもいいけど、重いぞ。そりゃ重いわな。石油の入ったポリタンクだもんな。軽いわけがない。こーゆーのはコングが運べばいいんだよ。そしたら俺がマードックの相手くらいしてやってもいい。
「ハンニバルゥ、まだ着かないの?」
「もうちょっと。」
「これ、重いんだよ。」
「ベトナムじゃ、もっと重いもん持って強行軍だったろ。」
「ここはベトナムじゃないよ。車で来りゃよかったんだ。せめてリヤカーでも……。」
「今更言っても仕方ないでしょ。お前が調達してくりゃ、リヤカーを使ってもよかった。でも、現実にはリヤカーはない。だからフェイス、お前がタンクを運ぶ。理に合ってる。」
 そりゃ、ハンニバルはいいよ。あんたの荷物は身体だけなんだから。
 ……だから今回の作戦は気が進まなかったんだ。おまけにタダ働きときてる。
 目的地が見えてきた。赤い屋根の大邸宅。裏手に小さな小屋が1つ。
 俺たちは人目を避けて小屋の中に入り込んだ。中に入ると、お日様の匂いで噎せ返るようだ。天井まで届きそうな、藁、藁、藁の山。
 それもそのはず、ここは農家の干草小屋なのだ。
「さっ、手早く済ませて、お暇しよう。」
 ハンニバルがそう言って、顎で藁の山を示した。
 俺は無言で、ポリタンクのフタを開ける。手につかないように注意しながら、万遍なく藁の山に石油をかけて回った。
 小屋の中に石油の異臭が充満する。
 俺が空になったポリタンクを藁の山の上に投げ上げると、ハンニバルは小屋のドアを開けた。一歩外に出て、満足気に葉巻に火を点け一服すると、それをそのまま藁の山に向かって放る。
 ――ここは、昔、ベトナムでハンニバルの葉巻を1箱、盗んだ奴の経営する農家なんだ。ハンニバルはそれを狸のように執念深く覚えていて、今日の行動に至ったってわけさ。
「よし、藁炎上。」
 ハンニバルは、にかっと笑うと、コングたちが回したバンの方へ大股に歩いていく。
 ハンニバルには逆らわないようにしよう、これから。そう心に誓いながら、俺はハンニバルの後を追った。
【おしまい】
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