Aチームのノミを探して
鈴樹 瑞穂 & 伊達 梶乃
「おいこら、待てよコング。ぜえったい痛くないからー。」
 マードックは右手にノミ取り櫛を持って、コングを追いかけ回していた。
「やめろっ、この野郎、何すんだっ! 俺にノミなんざいるわきゃねえだろっ!」
「いやいや、そういう奴にこそノミはいるんだ。櫛をかければ、気持ちよくなるんだってば。」
「イヌやネコと一緒にするんじゃねえ。てめェのノミでも取ってから出直しな。」
「ハンニバル〜。何とか言ってくれよ、このままコングのノミを放っといたら、増えて増えて、大佐や俺にまで移っちまうよ。フェイスにだって移るかもしんないっ。」
 笑って成り行きを見守っていたフェイスマンは、それを聞いて血相を変えて立ち上がった。
「ダメダメッ。俺のこの清らかなお肌をノミに食わせるなんて、一切許しませんよっ。毎朝のシャワーの後、オイルでお手入れ、もちろん日光浴だって欠かさないのに……。ノミに食われたらなんて考えるともう……。」
 とフェイスマンは俯き、それからおもむろに顔をキッとコングの方に向けた。
「コング、ノミがいるんなら、早くモンキーに取ってもらえ。でなきゃ俺、この仕事、降りるからね。」
「フェイス……。」
 ハンニバルが、必死にノミから逃れようとするフェイスマンを宥めようと口を開く。
「ベトナムでのあの日を忘れたのか?」
「あの日って?」
「頭の天辺から足の先までヒルにくっつかれちまったあの日よ。あの血吸いヒルはひどかったねえ。あれを考えれば、ノミの2匹や3匹……。」
「2匹いるってことは4匹いるってことで、3匹いるってことは9匹いることになりますなあ。」
「モンキー……せっかくいいとこ行ってたのに……。」
 調達係にいなくなられると困るハンニバルは、頭を抱えた。
「だからあ、解決策は極めて単純だって。まず俺がコングのノミを取って、その後大佐のノミを取って、最後にフェイスにノミがいないか調べりゃいいんだよ。」
 無邪気に提案するマードックに、コングが拳に力を入れてずずいっと詰め寄った。
「その前に、俺がてめェのノミを取ってやる。ガソリンかけて火ィつけりゃ、どんなノミも全滅だ。」
「あ……そんなことしたら、俺も全滅しちまうよォ。」
「とにかく、こうしてる間にも2匹が4匹に、4匹が16匹に増えちゃうってば……。」
 フェイスマンは神経質に頭を振って、架空のノミを振り落とした。既に彼の頭の中では“いるかもしれない”から“絶対いる”に事態が変化している。
「出かけるっ。」
 フェイスマンは上着を引っ掴んで、ドアの方へ歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「スーパーロワイヤル。ノミ取りシャンプーとノミ取りパウダーと、ノミ取り首輪買ってこなきゃ。ああ大変だあ。」
 振り返ったフェイスマンは、3人の視線に高らかに鼻を鳴らし、出て行った。



「本当にノミ取り首輪とか買ってくるのかなあ?」
 ノミ取り首輪をつけたフェイスマンの姿を想像し、マードックは笑った。
「まさか。ああいうこと言っといて、自分1人でエステティックサロンとか行ってノミがいるか調べてもらうんだろう。」
 リーダーは何でも知ってるんだぞ、といった素振りでハンニバルが言う。
「フェイスにまでモンキーの馬鹿が移っちまった。」
 コングはそう言いながら、顎をさすった。
「あ、コングちゃん、ヒゲにノミがいるんだよ。痒いだろ?」
「ええい、触るんじゃねえ。俺はちっとも痒くなんかねえぞ。」
「コング、1回櫛かけてもらえよ。それでモンキーは満足するんだから。」
「そう言うハンニバルこそ、櫛かけてもらえばいいだろ。」
「いや結構。ノミ取りシャンプーで我慢するよ。」
「大佐ァ、その油断がノミを呼ぶんよ。いいかい、いくらノミ取りシャンプーを使っても、ノミはシャンプーだけじゃ退治できないんだ。ビリーもそうだったぜ。シャンプーの後、ノミ取りパウダーをつけて、ノミ取り首輪して、その上毎日ノミ取り櫛をかけてやってたけど、その度にノミが取れたんだ、でっかいヤツがさ。ノミが耳のダニと共に、宿主の命を縮めていくんだ。そうだ、耳のダニは大丈夫? ノミ以上にダニは恐いんだぜー。ノミは寄生虫の元になるだけだけど、ダニは耳から頭ん中に入って脳を冒して死に至らしめる……。現にそうして死んだネコもいるんだってさ。」
 マードックの言葉に、コングとハンニバルは顔を見合わせて眉を顰めた。
「モンキー、ダニを退治するにはどうすりゃいいんだ?」
 コングが聞く。
「そうねえ、毎日キレイに耳掃除してりゃあいいんじゃねえのかなあ?」
 それを聞いたコングは、ドアに向かってドコドコと歩き出した。
「どこ行くのよ、コング。まだ櫛かけてねえんだぜ。」
「どこだっていいだろ。綿棒を買いに行くんだ。」
 ドアがバンッと閉まった。
「この話、フェイスが聞いてなくってよかったねえ。」
 相変わらずハンニバルは微笑んでいる。彼は、どんな虫も恐れはしないのだ、多分。



「たっだいまー。」
 勢いよくフェイスマンが帰ってきた。スーパーの紙袋からシャンプーとパウダーを取り出す。
「ホントに買ってきたの?」
 マードックが呆れたように言った。
「随分ねっ。アンタが原因でしょっ。そんなこと言ってると、首輪やらないわよっ。」
「帰ったぜ。」
「コング!」
「何だ?」
「あのー、これ……。」
 フェイスマンはコングに、紙の箱を恐々と差し出した。
「ノミ取り首輪なんだけど、つけてくれるかなあ。」
 コングはフェイスマンと箱をじろじろと見比べていたが、箱を受け取って頷いた。
「ああ、つけさせてもらうぜ。その代わり、おめェもこれで耳掃除しな。」
 コングはフェイスマンの前に、綿棒の箱を突き出した。
「ほんっっとにダニは恐えんだ。死にたくなかったら、耳掃除だ。な、モンキー。」
 とコングがマードックを振り返ると、既にマードックとハンニバルは耳掃除を始めている。
「ま、キレイなことはいいことよ。」
 フェイスマンは綿棒の箱を開け、1本摘み出した。
「ところで、オリーブオイルない?」



 作戦は無事成功し、悪い奴らを州警察に引き渡した後、彼らはバンに乗り込んだ。
「いやあ、今回もうまく行きましたな。」
「ハンニバル、戻ったらお風呂入るんでしょ、お風呂。」
 フェイスマンは懐からノミ取りシャンプーを出し、助手席のハンニバルにそれを見せた。
「動物用シャンプーで洗うわけか?」
「大丈夫だって、ちゃんとリンスも買ってきたから。」
「そういう問題じゃないでしょ。」
 ふと横を見たハンニバルの目に映ったものは、マードックにノミ取り櫛をかけてもらいながら運転しているコングの姿だった。
「何でい、その目は。ハンニバルもやってもらえよ、なかなか気持ちいいぜ。」
「コングも虫には弱いのね……。」
 仕方なく、ハンニバルは耳の掃除を開始した。
「あ、ハンニバル。車ん中での耳掃除は、やめた方が……。」
 マードックが言い終わらないうちに、タイヤが大きな石を踏み、車はガタンと揺れた。
 耳の奥深く綿棒を突っ込んだハンニバルが、声もなく前に突っ伏したのは、言うまでもないことである。
【おしまい】
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