おお、金のスリッパよ
ふるかわ しま
*1*

 ボンッ。
 朝のキッチンから、ただならぬ爆発音。開け放たれた窓から、ハワイ晴れの真っ青な空へ黒い煙が上がっていく。
 そこに、ちょうど朝のランニングから戻ってきたジョン・ハンニバル・スミスとフランキー。
「ダディ! あれ! 火事だ。」
「ほう?」
 ハンニバルは、いつも落ち着いている。
「ほう? じゃないぜ、キッチンみたいだ!」
 慌てて家へ駆け込んでいくフランキー。
「……大方、フェイスが目玉焼きでも焦がしてるんでしょ。」
 言いつつハンニバルも後に続いた。


 キッチンでは何やら諍いが起きていた。原因はB.A.バラカスらしい。
「……だから何で牛乳1本飲むのに冷蔵庫のドア爆破しちゃうわけ? ――ああ、もう信じられないよ、コングのすることはもう……。」
 オーバーアクションで非難したのはテンプルトン・ぺックである。
「仕方ねえだろ、このバカが冷蔵庫をチェーンでぐるぐる巻きにした上、鍵までかけやがって、どうしても外さねえなんて抜かしやがるから……。」
 この場合、“このバカ”が示すに相応しい人間は決まっている。“このバカ”――マードックは、1人ヨーグルトのパックを抱えてソファにふんぞり返っていた。
「だってコング、ゆーべから俺のヨグール狙ってたじゃないか!」
 マードックの目は不信の色で満ちている。
「誰が貴様のヨグールなんか欲しがるか! 俺は混ざりもんが入ってるヨーグルトはでぇきれぇなんだ!」
「あれー、じゃ、火事じゃなかったんだね。」
 作者はフランキーの口調を把握していない。
「まあ、そんなことだろうとは思ったがね。ところでモンキー。」
 と、冷蔵庫の傍に落ちていた“物体”を拾い上げて、ハンニバルが問う。
「このトースターのような物体は何だ?」
「ああ、それ、鍵なんだって……。」
 フェイスマンが口を挟む。
「鍵?」
 こりゃ誰の台詞だ? 当てた人には象の縫いぐるみ1個。
「そうさ!」
 待ってましたとばかりにソファから立ち上がったマードックが、得意気に説明を始める。
「まずこいつは、トースターに見えるね?」
 と、マードック。頷く一同。それは多分、銀色の、25ドルくらいのトースター――MADE IN JAPAN。
「そ、確かにこれ、トースター。しかも同時に! 鍵でもあるんだ!」
「ほほう。」
 象の縫いぐるみ2個。
「フランキー、ちょっとそこのトースト取って。……そう、ジャムのついてないやつ……。」
 トースト、投げて寄越される。
「このトーストをだな、こうしてこのトースターに……。」
 マードックは、トーストをトースターに押し込んだ。
 ……何も起きない。
「何も起きないじゃねえか。いつまでもアホやってると、ぶっ飛ばすぞ!」
「まあ待ってよコーング。フランキー、そこのピーナツバター取って。」
「これ?」
 テーブルの上の壜を取って、マードックに見せる。
「うん、それ。」
 フランキーが“スキッピー”をマードックに投げた。マードックはトースターからトーストを引き抜き、それにピーナツバターをぬりぬりっと塗りたくった。
「さあ、よく見てちょうだいっ、俺様が発明した“味覚錠(テイスト・ロック)システム”を!」
 ピーナツバターつきトーストを、トースターに突っ込む。
 バラッ。
 その途端に、トースターはバラバラに自己分解してしまった。どんな仕組みだろう?
「おー。」
 拍手する一同。
「どんなもんだいっ。」
 威張るマードック。
「しかし、モンキー。」
 と、ハンニバル。
「随分手の込んだ装置を作ったもんだな。時間かかっただろう。」
「2週間かかったんだぜ。」
 トースターに?
「暇な奴……。」
 フェイスマンが呟く。
「……みんな暇じゃねえか、ここじゃあ。」
 B.A.バラカスのこの一言で、一瞬にして5人の間に暗めの空気が流れた。飽くまで“暗め”であって、“暗い”でないところに要注目ね。
 そう、暇なのだ。ここはハワイ島の外れの一軒家。5人はもう1カ月近くも、ここで“休暇”を取っている。いや、正確に言えば“取らされている”。
 1カ月前、Aチームは、ストックウェルの依頼(半ば強制)によって、1つの難事件を片づけた。それはあまりにも難事件だったので、彼らのある者は傷つき、またある者はひどく疲れ、残りの者はちょっと疲れた。
“仕事が終わった時点でフリーにしてくれたなら、もう少しストックウェルに好意が持てたかもしれないのに――。”
 と、フェイスマンは思っていた。
“バカンスまでお仕着せだなんてね。”
 全てストックウェルによって計画された“休暇”。場所は、ハワイ島。ここを動いてはいけない。期間は、ストックウェルのお呼びがかかるまで。
『その代わり、君たちが望む物は全て与えよう。』
 と、ストックウェルは言った。しかし、本当にAチームが欲しかった物を、ストックウェルは与えてはくれなかった。そう、“自由”ってやつだけは――
「オアフ島でも行ってみましょか?」
 ハンニバルの提案に、全員は一瞬にして同意した。
 Aチームがストックウェルの差し向けた見張り員たちを気絶させハワイ島を出たのは、それから6分ほど後のことだった。



*2*

 ワイキキ・ビーチはバカンスを楽しむ人々でごった返していた。ビーチと言うからには、もちろん、青い海、青い空、白い砂浜、そしてフェイスマンお待ちかねのビキニの美女たち。
「ねえ彼女、僕とさあ、ソーダでも飲まない?」
 フェイスマン、水を得た魚のよう。早くも1人の金髪美女に狙いをつけたようだ。
「でさあ、もし気が合っちゃったりなんかしちゃったら、夜に改めて食事でも一緒に……。」
 美女を口説くことに余念のないフェイスマンの後方5メートルで、マードックは1人“砂の城”作りに熱中している。コングはと言えば、大きな浮輪に揺られて知らず知らずのうちに沖へ……行くことのないように浮輪につけられたヒモは、フランキーの手によってしっかりとブイに括りつけてある。で、そのフランキーは、ハンニバルと共に砂浜のビーチパラソルの下で日光浴をしている。
「こんなことなら、もっと早く来ればよかったね、ダディ。」
 と、フランキー。
「そうだなあ……。」
 ハンニバルはどうも上の空だ。
「ずっとこっちにいたいなあ。」
「そうねえ……。」
 ハンニバルは聞いちゃいない。
「どうしたんだい?」
 と、フランキー。
「……あそこ、あの崖の上。」
 ハンニバルが指差す。
「んー? どこだって?」
「あの崖の上のじいさん……もしかして、あれ、自殺しようとしているんでない?」
 確かに50メートルほど先の崖の上では、じいさんが1人、膝をついて崖の下を覗き込んでいる。
「高いなあ、どれくらいあるんだろうなあ、って測ってんじゃないの?」
「いやー、あの背中は思い詰めてるよ、うん。」
 ハンニバルは確信ありげだ。
「その証拠に、見ててごらん。」
「うん。」
 2人はじっと崖の上のじいさんを見守った。約1分後、案の定、そのじいさんは海に身を投げた。
「助けに行きましょうか。」
 ハンニバルが、この場合あってはならない余裕で呟いた。


 投身じじいが息を吹き返したのは、彼がさっき身を投げた崖の上でだった。――Aチームの5人に見守られながら。
「気がついた?」
 フェイスマンが言った。
「……ここは? ……私は、一体……?」
「どうして身投げなんかしたんでい。」
 コングが、タオルを絞りつつ尋ねる。
「それは……。」
 じいさんはぽつりぽつりと話し始めた。
「……私の名前は、アレグザンダー・ウェーバリー。先月、妻を病気で亡くしてしまって……。」
「それで気落ちしちゃったわけ?」
 と、マードック。
「……それもある……。私はとても妻を愛していたんです……50年も連れ添った最愛の人……しかし最期は安らかでした。彼女の96年間の人生、悔いはなかったと思います……。」
“96……姉さん女房だったんだなあ……。”
 フェイスマンが1人、あんまり意味のない感慨に耽っていると……。
 ピピピピピ……。
 いきなりの電子音がした。ハンニバルのズボンのポケットから。ストックウェルに持たされているポケットベルである。1カ月振りの“お呼び”らしい。まるで大奥ね。
「ウェーバリーさん、続けて。」
 ハンニバルはそう、投身じじい――アレグザンダー・ウェーバリーを促しつつ、ポケベルを取り出し、それを何の躊躇いもなく海に投げ捨てた。
「金(きん)の像が……。」
 ウェーバリーが呟く。
「何? 金? 今、金って言った?」
 フェイスマンが突っ込む。
「……私の大切なタニタの金の像が……盗まれてしまったんです。」
 ウェーバリーの目から涙が零れ、頬を伝って地面へと流れた。



*3*

 ストックウェルは苛ついていた。さっきから1人、部屋の中を行き来している。
「お茶でも煎れましょうか?」
 秘書の言葉にも返事はない。今、ストックウェルの頭は、Aチームのことで一杯だった。1カ月振りに来てみれば、ハワイ島のアジトは裳抜けのカラ。家の各所に自分が配置した見張りが猿轡をされて転がっているし、ポケットベルで呼んでみたところでレスポンスはない。
“Aチームにしかできない仕事があるのに!”
 ストックウェルは、どんっ、とソファに身を沈めた。
「お茶をどうぞ。」
 秘書の差し出す紅茶を受け取り、それを一口啜ると、多少の落ち着きは取り戻せた。
「Aチームを捜すんだ。」
 ストックウェルは誰に向かって言うでもなく言った。
「どうしてもAチームを捜し出すんだ!」



*4*

 ワイキキから少し離れた小さな家――アレグザンダー・ウェーバリー邸にAチームはいた。
 ウェーバリーの話を要約すると、こうである。彼は1カ月前に妻、タニタ・ウェーバリーを亡くした。彼はタニタとの思い出の詰まった屋敷を売り払い、タニタそっくりの“金の像”を作った。それは等身大で、ロッキング・チェアに座り編み物をするタニタの姿を、そのまま純金の像に仕立てたものである。その像は富豪であった彼の究極の愛の証として評判になり、地元の新聞にまで載った。が、しかし、有名になりすぎた故か否か……、先週、その“金のワイフ像”は、いとも簡単に強奪されてしまったのだ。――それも孫に。
「ねえ、何で自分の孫に取られて、死のうとしちゃうのかなあ?」
 マードックは心底不思議そうに問うた。
「……お恥ずかしいことに……孫は、この辺りのチンピラの顔役なんです……。自分の妻の像を奪われ、その上、自分の孫の傍若無人な振る舞いをどうすることもできない自分が情けなくって……。」
「ふむふむ、その気持ち、わかるねえ。」
 と、ハンニバル。一体どうわかるのか説明してもらいたいもんである。
「ハンニバル、どうするんでい。」
 コングが言った。
「どうするんでいって言ったって、ほら、さっきストックウェルにも呼ばれていたし、もう帰った方がいいと思うけどねえ、僕は。」
 フェイスマンは、何となく権威に弱い。
「俺、その“金の像”ってやつ、一目見てみたいなあ。」
「俺もモンキーに同感。」
「コングは?」
「金の象だか何だか知らねえが、俺ァこのじいさんにひでえことしやがった“孫”とやらに一発お見舞いしてやりてえぜ。」
「じゃ、決まったね。」
 と、ハンニバル。
「ウェーバリーさん、その“金のタニタ像”、あたしらが取り返してあげようじゃない。」
「で、謝礼はその金の像の1割ってことで……。」
「フェイス!」


 早速、ハンニバルを中心に『金のタニタ像奪還作戦』が練られた。アレグザンダー・ウェーバリーの孫、ルード・ウェーバリーは、オアフ島一のチンピラで……そう、たかがチンピラである。ストックウェルの持ってくる仕事と比べてみれば、朝飯前どころか、起床前でもこなせるぞ!
 計画は、ごく簡単なものだった。ルードのアジトへ乗り込む、タニタ像を取り戻す、ただそれだけ。……起床前には、やっぱり無理かも。


「じゃ、行ってくるから、ウェーバリーさんはフランキーとここで待っててくれ。」
 ウェーバリー氏のジープに乗り込みつつ、ハンニバルが言った。
「よろしくお願いします。」
「フランキー、後を頼んだぞ。」
「おう、任しとけ。」
 ちょっと態度でかいか?
「コング、フェイス、モンキー、行くぞ!」
「おう。」
「はいはい。」
「ヤッホー。」
 てなわけで、ジープは一路ルードのアジトへ!



*5*

 ストックウェルは自家用飛行機でハワイ列島の上空を徘徊していた。もちろん、Aチーム捜索のためである。ストックウェルの自家用機の翼の下部には超高感度カメラが取りつけてあり、それによって地上の状態が機内の4つのズームの違うモニターに映し出されている。そのモニターの前、ペルシア絨毯の敷かれた機内のゴージャスな肘かけ椅子に、ストックウェルは腰を下ろしていた。
「ハワイ島にはいませんでした。オアフかマウイの方では?」
 と、美人秘書。
「ああ、空港には手を回してあるから、船で移動できる範囲だろう。オアフに行ってみてくれ。」
 飛行機はオアフへ。ススーイ。


 その頃フランキーは、ウェーバリーと共に庭でカードをしていた。
「どうも俺は、この“ジン・ラミー”ってやつが気に食わねえ。ほら、ノック!」
 フランキーが手を開く。ハートのK・Q・J・10・4のスリーカード、Aが2枚と3が1枚、5点でのノックだ。
「アンダー・ノック!」
 ウェーバリーがすかさずアンダー・ノック。A1枚の1点である。
「……ふう、負けたよ、じいさん。あんた強えなあ。」
 一言断っておくが、ジン・ラミーは結構頭の良し悪しにかかわるゲームだと思う。詳しい説明は省くが、点が低い方が勝ちだ。
「それにしてもここは暑いなあ。雨でも降らねえかな。」
 と、フランキー。ウェーバリーが空を見上げて答えた。
「今日は降りそうもないな。フランキー君……飛行機だ。」
「え?」
 フランキーも空を見上げる。確かに小型飛行機が低空飛行している。
「……待てよ、あの飛行機、見覚えがあるぞ。……ありゃストックウェルさんのだ。」


「ストックウェル将軍、見つけました! フランキーですわ。」
 目敏くあちらもフランキーを見つけた。
「よし、降りよう。」
 ストックウェルの飛行機は、ちょっとした空き地を見つけて着陸した。作者は飛行機もわかっていない。滑走路がないと着陸できないか?
 そしてストックウェルは、黄色いサングラスと葉巻という常の出で立ちで飛行機から降り立った。



*6*

 ででごぃーん!
 これはドアを蹴破りし音。Aチームの4人はルードのアジトに乗り込んだ。
「何者だ、おめえら?!」
 テーブルで腕相撲に興じていた男2人が立ち上がって叫んだ。
「ルード・ウェーバリーに会いたいんだけど。」
 フェイスマンが少々遠慮がちに言った。
「ルードは俺だが。」
 奥に座っていた小柄な青年が立ち上がって一歩進み出た。アレグザンダーじいさんをそのまま小っちゃくして若くしたような男性だ。
「あたしらねえ、君のおじいさんに頼まれて来たんだけどさ。」
「じいちゃんに? まさか、あの、ばあちゃん像を取り戻しに来たのか?」
「ばあちゃん像? ああ、そう言や、タニタってのはお前のばあちゃんだったな。」
 と、コング。
「じいちゃん、何て言ってた?」
「お前んとこから“金のタニタ像”を取り戻してこいって。……あのじいさん、お前にタニタばあちゃん取られたショックで自殺しようとしたんだぜ。」
 マードックが言う。
「……死ねばよかったのに……。」
 ルードはぼそりと呟いた。
「何だって?」
 ハンニバルは重要な台詞を聞き逃しはしない。
「死ねばよかったって言っても、君のじいさんだろ?」
「じいちゃんなんて……じいちゃんなんて……大っ嫌いだーっ!」
 ルードはAチームにくるりと背を向けると、ダッと駆け出し、裏口から出ていってしまった。
「おい、ルード!」
 急いで後を追うAチーム。
 ブロロ……。
 一足遅く、ルードのジープは発車してしまった。
「追うんだ!」
「おう!」
 シャレではないって。
 あとはお決まりのカーチェイス。ルードのジープの後に、Aチームのジープが続く。
「ねえ、ハンニバル!」
 フェイスマンが、運転しているハンニバルに叫んだ。
「見てよ、あのルードのジープのバックシート! 金色のばあさんが編み物してる!」
「ひえ〜、あんなスピードで編み物できるのかな?」
 と、マードック。
「下らねえこと喚いてねえで、ちゃんと座ってな!」
 これはもちろんB.A.バラカス。
「よし! 一気に行くぜ!」
 これじゃ大下勇次だ。訂正。
「よし! 一気に行きましょう。」
 ハンニバルの一言で、ジープ、スピード・アーップ!
 ――チェイスはあっさりと終わった。
 2台並んで停められたジープの一方では、ルード・ウェーバリーがしゃくり上げていた。
「……俺ぁ……ばあちゃんのこと好きだったんだ。……小さい頃におふくろ亡くした俺ぁ、ばあちゃんのこと、本当のおふくろみてえに思ってたんだ。それなのに……それなのに、あのじじいがよォ……俺みてえなチンピラ、家に入れちゃいけねえって……財産もやらねえって……。俺ぁ財産なんて欲しくなかったんだ……ただ……ばあちゃんに会いたかった……。」
「……それでタニタ像を……。」
「……取るつもりはなかったんだ。……だけど、あのばあちゃんにそっくりな像を見てたら、つい……。」
「ふう……。」
 4人は溜息をついた。この男、アレグザンダーが言うような悪人には見えない。
「……わかったよ、ルード。俺たちが君のおじいちゃんに話してあげるよ、君が、せめてこの像を自由に眺められるようにって。だから一応これをじいさんに返すんだ、いいね?」
 いいね? と聞きつつ、フェイスマンの手は、ルードの手を後ろ手に取って動けなくしている。
「わかった……返すよ。」
 ルード・ウェーバリーは、こっくりと頷いた。



*7*

 Aチームは“金のタニタ像”を携え、アレグザンダー・ウェーバリー邸へ戻っていった。
「ウェーバリーさーん♪ と・り・か・え・してきましたよー。」
 弾んだ声はマードック。
「おお、タニタ!」
 思わず像にしがみつくアレグザンダー。
「あれ、フランキーは?」
 フェイスマンが聞く。
「おお、彼なら、さっき男の人が迎えに来て、どこかに行ったよ。あんたたちが帰ってきたら、ここで待っていてくれるように言っとったぞ。」
「……ストックウェルだ……。」
 忌ま忌ましそうに呟くB.A.バラカス。
「あ、あの、それよりアレグザンダーさん、約束の謝礼の話だけど……。」
「フェイス!」
 ハンニバルがたしなめる。
「おお、そうでしたな。」
 と、アレグザンダー・ウェーバリー。
「えっ? 本当にくれんの?」
 身を乗り出すマードック。
「ええ……大切なタニタ像を取り戻してくれたんだから、像の1割を切り取るなんてことはできないが、せめてこのタニタ像が履いている金のスリッパをお礼に……。」
 彼は像の足からスリッパを脱がせた。それは黄金色に光り輝いていた!
「おお……金のスリッパ……。」
 フェイスマンが、感動のあまり言葉を失った。恐る恐る手を差し出すフェイスマン。
 と、その時――
 扉をキィと開け、2人の男――ストックウェルとフランキーが入ってきた。
「捜したよ、ジョン・スミス、テンプルトン・ぺック、ハウリング・マッド・マードック、そしてB.A.バラカス。」
「……やあ、お久し振り、ストックウェル。」
 ハンニバルが葉巻に火を点けつつ答えた。
「仕事があるんだ。さっさとそちらの用事を済ませてもらおうか。」
 ストックウェルってば、少しヤな奴。
「わかったよ。……あ、そうだ、ストックウェル、君にこれを……。」
 ハンニバルはフェイスマンの手から金のスリッパを毟り取り、ストックウェルに投げつけた。
「何……うわっ!」
 いくらスリッパとは言え、物は金属。金のスリッパをまともに額に当てたストックウェルは、もんどり打って倒れた。
「ストックウェルさん!」
 人のいいフランキーが駆け寄る。
「みんな、行くぞっ!」
 ハンニバルの号令で一斉に逃げ出すAチーム。4人は空き地に停めてあったストックウェルの自家用機に飛び込んだ。
 すぐさま発進させるマードック。しかし、操縦できるのか?


 地面が遠くなり、4つのモニターに映るフランキーの姿がだんだんと小さくなる。
「バイ、フランキー。また、どっかで会うかもね。」
 マードックが言った。
「ああ、金の……金のスリッパ……、何でストックウェルになんか……。」
 嘆き悲しむフェイスマン。
「これからどうするんでい、ハンニバル。」
 と、B.A.。
「どうしましょうかねえ……、あ〜あ、あのじいさんにルードのこと言っとくの忘れた。」
 それはハンニバルの落ち度。
「それより本当にどうするんでい、これから。」
 3人の視線がハンニバルに集まる。
「そうねえ……。」
 ハンニバルは、ゆっくりと新しい葉巻に火を点けて言った。
「何とかなるでしょ。」
 飛行機は、ハワイの真っ青な空を飛んでいった。
【おしまい】
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