Nothing venture, nothing have.
伊達 梶乃
 夏! と言えば、怪談。Aチームの本拠地ロサンゼルスでも、夏が到来すると幽霊の話で持ち切りになる。
「ねえ、コング?」
 バスケットボールを抱えた少年、アンディがコングに尋ねた。
「コングみたいに強くっても、やっぱり幽霊って怖い?」
 スニーカーの靴紐を結びながら、コングは、
「見たことねえから、わかんねえな。」
 と素っ気なく答える。
「見たことないの? じゃ、ちょうどいいや。僕んとこの学校の音楽室に、幽霊が出るんだって。コング、確かめてきてよ。」
「人気のねえ音楽室のピアノが、誰も弾いてねえのに鳴るってヤツだろ。単なる噂だろ、あんなモン。」
「……でも、ディックが本当に聞いたんだって。」
「そりゃ、マジか?」
 コングは手を休めて、アンディの方を向いた。
「で、当のディックはどうした? 今日は遊びに来てねえじゃねーか。」
「幽霊を見たショックで、熱出して外出禁止。」



 所変わって、フェイスマンが(口先の力で)借りている高級マンションの一室。クーラーの利いた部屋で、Aチームのメンバーが揃って、涼んでいる。もとい、コングの話に耳を傾けている。
「小学校の音楽室に出るってえ幽霊の正体を確かめ、イタズラなら犯人を取っ捕まえ、本物の幽霊なら成仏させる。これが今回の仕事の概要だ。」
「また子供からの依頼〜? 報酬は何なのよ、タダ働きはまっぴらゴメンだからね。」
 フェイスマンが、コングに噛みつく。が、コングはフェイスマンに向かって、不敵な笑みを放った。
「報酬は、ニースでの休暇、半月間。俺以外は自家用ジェットでニースに飛び、使用人つきの別荘で左ウチワ。これでも足りねえって言うか?」
「依頼人って……何者なの?」
 仰天のフェイスマン。
「億万長者の一人息子で、俺の友人だ。金は持ってるが、嘘はつかねえ、いい奴だぜ。」
「……あ、そう。」
 フェイスマンは、しょんぼりと口を閉じた。代わって口を開いたのは、ハンニバルだった。
「夏らしくて面白そうな仕事だが、幽霊を成仏させるっていうのは、ちょっと専門外だねえ。」
「はーい、はーい、俺、それできるー。」
 と手を挙げて飛び跳ねているのは、もちろんマードック。
「黒魔術でも白魔術でも何でもできるもんねー。成仏させられなかったら、封印しちゃえばいいんだし。俺に任しといてよっ!」
 残り3人の白い視線に動じるマードックではなかった。
「……まあ、成仏ってのだけは省くとして、引き受けましょうか。」
 ハンニバルはソファに腰を落ちつけ、葉巻に着火した。
「そいじゃコング、詳しい話、聞かして。」
「依頼人のアンディがディックって友達から聞いた話だ。このディックが幽霊目撃者ってわけだ。……終業式の日、夜10時頃、夏休みの宿題を学校に置き忘れたことに気づいたディックは、早速、学校に取りに行った。アンディによると、ディックって奴は、考えずにまず行動するタイプらしい。夜遅く、もちろん学校は閉まってて、ディックは門を登って敷地内に入り、割れたガラス窓――これはディック本人が当日の朝に割っちまったモンだ――ここから校舎内に入った。で、宿題のテキストを取って戻る途中、音楽室から流れるピアノの音を聞いた。怖いもの見たさで音楽室まで行った。そこでディックが見たものは……月明かりの中、誰もいない、鍵のかかった音楽室。ただし、依然としてピアノの音は聞こえていた……。そこでディックは恐ろしくなって一目散に逃げ出し、家に帰ったはいいが、ショックで熱を出して寝込んでいる。因みにアンディの調べによると、その日の10時頃、学校の全職員が打ち上げパーティーに出席していて、学校には誰もいなかったそうだ。さらに、2カ月ほど前、学校で唯一の音楽教師が自殺している。自殺の原因は不明。……わかっている事はこれで全部だ。」
 コングは言い終わると、ジョッキ一杯のミルクをがぶ飲みし、喉を潤した。
「なるほど。では、今晩10時より、現場検証に参りますか。」
 ハンニバルのヤニに汚れた歯が、微笑と共に輝いた。
「じゃ俺、音楽教師の自殺の原因、調べてくるわ。」
 フェイスマンが、ハンニバルと目を合わせないようにしながら、部屋を出て行った。
「ははあ、さてはフェイスの奴、幽霊が怖いんだな? 実体がない幽霊なんかに較べたら、コングちゃんの方がよっぽど恐いよねー。」
 と言いながらもマードックは、ガタッと立ち上がるコングに身を縮めた。
「ディックの見舞いに行ってくる。」
 コングもフェイスマン同様、言葉を言い放つと、ハンニバルの了承も得ずに、足早に姿を消した。
 マードックとハンニバルは顔を見合わせ、肩を竦めた。大の男が、まさか『幽霊が怖い』なんてね。



 午後10時、小学校の前に、フェイスマンとコングの姿はなかった。――そして10時30分、ハンニバルとマードックが部屋に戻ってみると、そこには食い入るようにTVのコメディ映画を見ている2人の男がいた。
「お帰り、ハンニバル。いやあ、自殺した音楽教師の元恋人の所に行ったら、帰してもらえなくってね。それで、彼の自殺は、本当は腱鞘炎なのに、骨肉腫で右腕を切除しなきゃならないって思い込んでいた本人の妄想が原因らしいよ。ピアノ命って人だったんだって。」
 と無表情のフェイスマン。
「ディックが外に出られなくて寂しそうだから遊んでいってやってくれ、って奴の母親に言われちまってな。10時に行けなかったんで、途中で行っても足手まといだと思って、ここで待ってたんだぜ。」
 と、妙に引き攣った笑顔のコング。
「それで、幽霊はどうだった?」
 とフェイスマン&コング。
「もう、散々。音楽室からピアノが聞こえててさ、いざ中に入ると、グランドピアノのフタはバッタンバッタンするしさ、机代わりのオルガンは天井だを床と思って整列してるしさ、ポルターガイストがすごいのなんのって。――フェイス、コング、顔色が悪いよ。これしきのことでビビってたら、今晩眠れないぜ。――ところで一番怖かったのはアレ。オーボエ。あれが先っちょから飛んでくるわけよ。それでも俺たちは果敢に幽霊に挑んだ! って言っても、ハンニバルは魔法陣の中に座ってただけ。幽霊と俺の一対一の対決だもんね。でも俺だって、痛いのと面倒臭いのはイヤだからさ、成仏なんて間怠っこしい手はさっさと諦めて、トライアングルに封印して校庭に埋めちゃった。」
「なんてモンキーが言ってるのは、みんな嘘。」
 マードックの台詞が途切れた隙に、ハンニバルが口を挿む。
「幽霊の正体は、なななんと……カセットデッキ。電源がタイマーになってて、午後10時になるとピアノ曲のカセットテープが聞けるって仕掛け。多分、学期末の大掃除で、音楽室の掃除をしていた生徒がデッキにぶつかって、電源のレバーが偶然にもタイマーの所に動いちゃったんだろうねえ。」
「それじゃ、もう音楽室からピアノ曲が聞こえることもないわけだし、幽霊の正体もわかったし、仕事もおしまい。いざニースへ!」
 すっかりフェイスマンの顔色も血色よくなり、彼の心は大西洋を越えて、ヨーロッパに上陸していた。
「違うぞ、フェイス。」
 フェイスマンのウキウキと動いている肩に手を置いて、ハンニバルが言った。
「幽霊の正体がわかって、仕事は終わった。ニースにも行く。だが、音楽室からピアノ曲が聞こえなくなるなんて、誰が言った?」
「もしかしてハンニバル、タイマーのレバーを元に戻してこなかったとか……?」
 眉を顰めながら、フェイスマンが尋く。
「当然。幽霊が出るという噂のある夜の学校なんて、子供たちの絶好のキモダメシの場じゃあないですか。キモダメシで是非とも『虎穴に入らずんば虎児を得ず』の精神を学んでほしいもんですよ。」
 まるで小学生の父親のようなことをしみじみと言うハンニバル。コングとフェイスマンは『またハンニバルったら……』と、表情を曇らせた。
「ヨーロッパは歴史が古いから、きっと幽霊が沢山いるぞ。」
 マードックの発言により、コングとフェイスマンの表情は曇りに曇って、梅雨時の表情となるに到った。
「そいじゃ、ま、『虎穴』のニースで『虎児』と会うことに期待しましょ。」
 とハンニバルが言い終わる前に、コングとフェイスマンが口を揃えて叫んだ。
「もったいないけど、俺、ニースはパス!」
【おしまい】
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