特攻野郎Aチーム“お買い物はたいへん”の巻
ふるかわ しま
 ロス郊外Aチーム、とある夕方。
 ジョン・スミス大佐とB.A.バラカスは牛乳パックを前にして無言であった。キッチンの窓からほの暗い明かりが差し込み、2人を照らしている。
「安い。」
 ハンニバルが呟いた。
「おう、安いぜこいつは。」
 コングも頷く。
 2人の前のテーブルに置かれているのは、1リットルの紙パック入り成分無調整(大ウソ)牛乳。値札には27セントと表示してあり、すでに口は開いている。
「1リットル27セントって、飲める牛乳の値段じゃないな。」
「おう、俺も生まれてこの方、こんなに安い牛乳、お目にかかったことがねぇぜ。」
「布で漉してカッテージ・チーズにでもしろってのかね。」
「そんな腐れ牛乳売ってんのは、どこのどいつでい。」
「スーパーモナコ。しかし口が開いてるってことは、我々の中の誰かがこいつを飲んだってことだ。」
「俺じゃねぇぜ。」
 もちろんである。世界に名高い牛乳グルメのコング、そんな得体の知れない牛乳モドキ、口にするわけがない。
「製造年月日は新しい。今朝だ。」
「去年のか?」
「うんにゃ今年。」
「ううむ。」
 考え込む2人。しばしの沈黙。
「わかったぞ!」
 叫ぶハンニバル。
「何がわかったんでい。」
 と、コング。
「この牛乳が値を下げていく過程だ。いいか、説明するからよく聞くように。」
 さあ、これからハンニバルの推論が始まる。読者も心して読むように。
「いいか、まず牛乳1リットルパックのメーカー希望標準小売価格を1ドルとしよう。これが、普通スーパーモナコでは98セントで小売されている。今回、我々のうちの誰かが購入してきた値段、27セントとの間には、何と71セントもの開きがあるのだ。それはなぜか? まず第一に考えられるのは、この牛乳がスーパーモナコの『本日の目玉商品』であった場合だ。この場合、20セントは確実に落ちる。これで78セント。それに、スーパーモナコの場合、午後5時半を過ぎると急激に値下げが実行される。『本日の売りつくし』だ。これでまた20セントは確実に落ちるな。これで58セント。ここまでは誰もが思いつくであろうごく一般的な値下がりだ。さて、これからの値下がり状態は並の人間では考えつくまい。ふっふっふっ。」
 ハンニバルは不敵な笑みを浮かべた。
「何でい、焦らさない早く話しちまいな。」
「……よろしい。お望みとあらばお教えしましょう。この牛乳値下がりの最大のポイントは『運搬ミス』だっ。」
 言い切るハンニバル。
「ほう、それで?」
 動じないコング。
「いいか、この牛乳の製造された所を見てみろ、モンテ・アミーゴ・ロスパンチョスだ。」
「それがどうしたっていうんでい。」
「モンテ・アミーゴ・ロスパンチョスからロスまでの道は、とても悪い。その、とても悪い道を、ゴトゴトとトラックにゆられて牛乳パックさんたちはいらっしゃるのだ。そんなに悪い道なので、牛乳パックさんたちの中に多少のケガ人が出ても仕方があるまい。」
「……てことは?」
「そう、この牛乳パックさんは、長い旅路で傷つき、パックの上部が破れて中身も零れていたものを、スーパーモナコが『本日の目玉商品』として売り出し、さらに『本日の売りつくし』で値を落した、なれの果ての27セントだったのだ!」
 誇り高く両手を広げてポーズを取るハンニバル。釣られて拍手を惜しまないコング。(ここで読者の中には、破れた牛乳なんて売ってるもんかぁー! と作者に抗議の往復ビンタをかましたくなる方もおいででしょうが、売ってるんだよ、実際。うちの近所のKOストアで。)



「あれー何してるの2人とも。」
 そこにフェイスマン登場。
「何だフェイスか。いや何、今コングと2人でこの牛乳について議論を交わしていたところなんだ。」
「あぁ、それ? それは今朝モンキーと2人でスーパーモナコに行って買ってきたやつなんだ。安いだろ。」
「あぁ、これは『本日の目玉商品』か? それとも『本日の売りつくし』かな?」
 にこやかに問うハンニバル。
「いや……それね、別に目玉商品でも売りつくしでもなかったんだ……。」
 口篭もるフェイスマン。
「何だって? じゃあ、何でこんなに安いんでい。」
 詰め寄るコング。
「……それね、モンキーの奴がイタズラして、ガムの値札剥がして牛乳の値札の上に貼ったんだ……。」
「何だって!?」
 驚くハンニバルとコング。しかし、現実は直視せねばなるまいと、恐る恐る値札に手を伸ばすハンニバル。
 ペリィィィ。
 1枚目の値札を剥がすと、そこには、黄金に輝く元の値段98セントが――
「いや、別にそんなところでズルするつもりはなかったんだけど、つい俺がモンキーに、『家計が苦しいの……』って漏らしたら、あいつ、妙に気を使ってくれちゃって……。」
「それで牛乳27セントか。」
 とハンニバル。
「牛乳27セントもだけど……牛肉500グラム18セント、台所用洗剤2セント、たわし7セント……。」
「……随分安いじゃないか。恥ずかしくなかったか? レジで。」
「……だって、家計が……苦しいんだもん……えもんかけ20セント。」
「何でそんなに苦しいんでい、この間の仕事で5000ドルは入ったんじゃなかったのか?」
「……モンキーが、5000ドル全部はたいてシタールを買ったんだ。その罪滅ぼしとして、モンキーはこれからスーパーにはいつもついて来るんだとさ……。」
 情けなさそうに首を振るハンニバル。項垂れるフェイスマン。怒りのゼスチャーをするコング。
 もう、日はとっぷりと暮れている。
 どこからか哀しげなシタールの音色が聞こえてくる。
「あのヤロー、ぶっ飛ばしてやる!!」
 一瞬の沈黙の後、コングが叫んだ。
【おしまい】
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