THE WRINKLE HAS LANDED


(シワは舞い降りた)
伊達 梶乃
   12月23日・夕方
「ひー、寒い。」
 フェイスマンは、冬にコンヴァーティブルに乗る自分が馬鹿なんじゃないかと思い始めていた。
「寒いけど、ここでソフトトップを閉めたら、ちょっとカッコ悪いからなあ……。」
 などと呟き、自分に納得させる。頭が納得したところで、寒いものは寒い。それを押してでもフェイスマンがこの車、車種は何だかわからないが、高価そうで、非常に派手で、見目麗しく、だけれども、さも盗んで下さいとばかりに道の傍らに停めてあった車に乗っているのには、深いわけがあるのだった。ロスでは酷寒の気温10度の日に、目的もなくこんな車を乗り回すのは、本当の馬鹿か、さもなければエスキモーだと、フェイスマンは確信し、早いところ目的を達成させるべく、歩道に目を向けた。
「ねえ、そこのオフホワイトのスーツの彼女。そうそう、君。明日の夜、暇?」
 何てことない、クリスマス・パーティー用の彼女の調達である。
「えー、先約済みなのォ、残念だなあ。それじゃあ、ベビーピンクのコートの彼女、君はどうかな? えっ、旦那つき? ウソでしょ?」
 車がT字路に差しかかった時、右前方から女性が飛び出してこようとしていた。フェイスマンの視線は、ベビーピンクのコートの女に釘づけであり、飛び出し女は何者かに追われているのか、顔を後ろに向けたまま、少なくともフェイスマンの車よりは速い速度(ベクトルの方向は90度違っているので、ここでは『速さ』と言った方がよいだろう)で走っている。この二者がぶつかるのは、自明の理である。しかし、飛び出し女は後ろを向いているとは言え、人間の頭がフクロウの頭のように180度後ろを向いたら、気持ちが悪い。彼女の顔は正確には左を向いており、視野の片端で追いかけてくる奴らを、反対の端ではしっかりとフェイスマンの車の存在を捉えていた。
「そこの自動車、私を乗せて逃げて下され。」
「へ?」
 声の主の方を見たフェイスマンは、条件反射で助手席のドアを開けた。美人が来たら車に乗せる、という条件反射だ。
「申し訳ないが、あの黒服の奴らから逃げておるのでな。」
「それじゃ、左に行きましょうかね。」
 空いた道を左に折れると、フェイスマンはアクセルを目一杯踏み込んだ。最高速度を比較すれば、人の足よりは車の方が、もちろん速い。黒服の奴らでも、そのくらいはわかっている。援軍を呼ぶ黒服。しかし、彼らの乗る車のバックミラーに黒服の男たちを映すには距離が離れすぎており、フェイスマンに援軍の到来など予測できるわけがない。
「君、一体どうして追われてたの? ああ、その前に名前教えてよ。」
 フェイスマンの口調には、少しも緊迫感がない。
「私の名は、マーガレット・ブッチャーと言いましてな。あやつらは、私の持っているフロッピーディスクを追っておるのです。」
 彼女の喋り方は、どこか変だ。
「何で君ってさ、お婆ちゃんみたいな喋り方すんの? 面白くていいけど。」
「おや面目ない。動揺しとるようだね、私は。」
 彼女は深呼吸を2、3回続けた。
「もう大丈夫、普通の喋り方でしょ? びっくりしたり焦ったりすると、地が出ちゃうのよ。ごめんなさいね。」
「地って……?」
「私、いくつに見える?」
 ショートカットの栗色の髪を撫で、彼女はニッコリと微笑んだ。
「そうねえ、20代の半ばくらいかな? ……待てよ、20代後半かも?」
「残念、50代の後半よ。」
「ウソ?! 冗談でしょ? ……でも何で、そんなに若々しいわけ?」
「それ以上の事実は、トップシークレット。」
 そこへ、車に乗った黒服の男たちが追い上げてきた。こんな派手な車で逃げられるわけがない。
「どうすんの? 追手が来ちゃったよ。」
「どうすんのって、逃げ切るか、追い返すかしてよ。あんただって男でしょ?」
「そんなこと言われても〜。」
 と、辺りを見回すと、コングが働く自動車修理工場の近く。もう、これはコングに頼るしかない、とフェイスマンは全速力で工場へと車を走らせた。運よく、黒服の男たちは攻撃してこない。さぞかしフロッピーディスクが大切なのだろう。
 小さな修理工場に滑り込んだ派手な車から、フェイスマンが転げるように降りた後、彼女、マーガレットは颯爽と降り立った。
「コーング、助けて〜。」
 情けないフェイスマンの叫びを聞いて、コングが修理中の車の下から這い出てきた。
「何でい、フェイス。」
 と、そこへ黒服の男たちの車が。
「こいつらに、さっきから追われてんだ。」
「わかった。追い返しゃいいんだな。」
 コングは車の方へ進み寄り、ボンネットに勢いよく拳を沈めた。コングの開けた穴からは蒸気が吹き出し、黒服の男たちがいくら逃げようと足掻いても、彼らの車のエンジンは動く気配すら見せない。フロントガラス越しに、コングが歯を剥き出して睨みを利かせると、黒服の男たちはわらわらと車を降り、走って逃げていった。
「サンキュー、コング。」
「いいってことよ。こっちもタダで車を手に入れられたんだからな。ほんのちょっと直しゃ、またこの車使えるぜ。」
 コングはマーガレットに目を留めると、フェイスマンに聞いた。
「誰なんでぇ、あの女は。」
「ん? ああ、彼女? ……追われてた張本人。」



   12月24日・朝
 マーガレットがAチームの力を借りたい、ということで、自動車修理工場裏の倉庫での打ち合わせとなった。
 自己紹介が一通り済んだ後、マーガレットは事の次第を話し始めた。
「私の勤めている製薬会社P&Cでは、老化防止薬のプロジェクトが30年ほど前から進められているんです。」
 頷くAチームの4人。
「ローションタイプの表皮老化防止薬、通称をリンクレスと言いますが、この薬はシワの原因の1つとなる細胞質基質に含まれる多粘糖類の分解すなわちゾル化を防ぐため、この薬を塗布した部分の皮膚にはシワができず、また長期間にわたって使用を続ければ、皮膚の内部まで浸透し、半永久的に肌のハリを保ち続けることができます。」
 頷くコング。何だかわからない、ハンニバル、フェイスマン、マードックの3人。
「30年前に私は自分の体を使って実験してみましたが、確かに表皮の老化は防げました。しかし、次に挙げるデメリットに気づいたんです。@内臓は老化する。ま、これは当たり前ですね。A頭皮に用いると髪が伸びない。それで私は当時のショートカットのまま過ごしてきたわけです。B嫌になったからやめる、ということができない。C怪我をした場合、治癒が非常に遅い。D再生した皮膚には薬を塗布し直す必要がある。Eアレルギー体質になる。F垢が出ない。これはデメリットでもあり、メリットでもあるわけですが。もちろん、フケも出ません。」
「薬の効能はわかった。で、そこで君がなぜ追われていたかってのが問題だな。」
 効能以外のことは、よくわかっていなかったハンニバルが、話を自分のわかる方へと進めるよう、質問した。
「それはですね、えっと……。」
 マーガレットはバッグの中から1枚のフロッピーディスクを取り出した。
「リンクレスの製法手順が、全てこのフロッピーの中に入っているんです。私の他のP&Cの研究員は、誰もリンクレスの製法を知りません。私が1人で進めてきたプロジェクトですから。私はこのリンクレスを商品化したくないんですが、副社長がどうしても売り出したいと……。」
「そいじゃ、あんたがフロッピーの内容を消して、会社を辞めればいいんじゃん。」
 この無責任な発言はマードック。
「リンクレス自体の商品化には、私は反対していますが、もっと研究を続ければ、表皮だけでなくあらゆる細胞の育成を自由にコントロールできて、副作用のない薬を作ることができるかもしれません。その第一歩としてのリンクレスの存在を無にすることなど、とてもできません。」
「副社長はリンクレスを商品化して儲けたがってるってわけだな? ……けどよ、社長は何て言ってるんだ?」
 Aチームの中でただ1人、内容を完全に把握しているコングが尋ねる。
「社長は入院中で、一切の権限を副社長に委ねています。」
「OK。それでは、副社長だけを押さえればいいんだからして。フェイスは俺と一緒に副社長に会いに行こう。コング、お前は会社と副社長個人の金銭面のチェック。モンキーは社長の容体を調べてみてくれ。どうも副社長が金に執着しているような点と、社長の入院ってのが引っかかる。それから、暇があったら俺たちは黒服の奴らの身元を洗ってみる。じゃ、コングとモンキーは行ってくれ。」
 2人が出ていくのを見送ってから、ハンニバルはマーガレットに言った。
「報酬は、本当のところ高くつくんだが、あんたを製薬会社の研究員と見込んで、強力な睡眠薬1ダースで手を打とう。副作用も味も臭いもないヤツでな。」
「睡眠薬なんて、どうするの?」
「コングの奴、見かけによらず恐がりでねえ。飛行機に乗れないってんだよ。で、どうしても乗らなきゃいけないって時には、一服盛って……ってな具合。」
 ハンニバルがニッカリ笑う。
「わかったわ。そのくらいなら、お安いご用よ。1ダースと言わず、1グロスぐらい、いかがかしら?」
「いいねえ、いーねえ。」
 満面に笑みを湛えたハンニバルは、マーガレットと固い握手を交わした。商談成立。



   12月24日・夕
「首尾はどうだった?」
 変装のヒゲをつけたまま、ハンニバルはコングに聞いた。
「おう、バッチリよ。P&Cの経理のコンピュータと銀行のコンピュータの回線をちょっくら覗かせてもらったんだけどよ。会社の方は何てことない普通の収入に普通の支出って具合だったのに比べ、副社長が銀行口座に出し入れしてる金額が桁違いに高額でよ。こりゃ何かあるぜ。」
「マードックの方はどうだ?」
 医者の白衣を着込んだマードックに、ハンニバルが尋ねた。マードックの白衣姿は、どちらかと言えば、医者より患者に見えるのが不思議だ。
「ウォッホン。それでは私、ドクター・キルデアから一言、言わせてもらおう。」
「早く言えってんだ、馬鹿。」
 もちろん、これはコング。
「私ことドクター・ギャノンがP&C社長の入院する病院に潜入し、ベン・ケーシーごときと間違われながらも調査を行った結果、何と社長は毒薬物中毒であることが判明した。看護婦にそれとなく聞いてみたところ、何でも、毎日一定量ずつ服毒したかのような慢性中毒だということだ。中毒の果てに脳組織は破壊され、廃人同様、社会復帰の見込みなし、だそうだ。以上でドクター・クインシーの報告を終わらせていただく。」
 話が終わるなりマードックは、聴診器を耳にはめ、辺りのいろいろな物の心音を調べ始めた。他のメンバーは、いつものように、そんなマードックを放っておくことに決めた。
「次は、うちらの収穫を聞いてやって。ほら、フェイス、話せ。」
 ハンニバルの命令の仕方に嫌な顔をしながら、フェイスマンが話し始める。
「俺たちは、副社長室の窓を拭きながら、ま、いろんな事実を見つけましたね。細かいことは、高性能マイクを使って録音してきたから、これを聞いて。簡単に説明しておくと、副社長と警察署長がお友達だったってこと。それも裏での。つまり副社長は、社長に毒を盛ろうが薬品を悪いことに使おうが、全てお金で解決、お咎めなしってわけ。それから、2、3の電話を盗聴いたしましたところ、副社長は裏組織のボスであり、この組織はデザイナーズ・ドラッグを密造・密売していることがわかりました。これも署長に賄賂を送って、目を瞑ってもらってるようですねえ。」
「じゃ、私を追ってきた黒服の男たちは、その裏組織での部下ってこと?」
「その通り、マギー。」
 マーガレットは、ハンニバルだけにマギーと呼ぶことを許している。他の若僧たちが彼女のことをマギーなどと呼んだ日には、頭から硫酸を注がれること間違いなしだ。
「リンクレスを売れば、金になる。多分、そのうちのいくらかが署長への賄賂になるんだろう。ドラッグ密売の売り上げが、賄賂の額を下回っているとか言ってたしな。」
「そこで俺たちが、副社長の悪事を列挙したこのテープを警視総監と放送局と新聞社に送って、おしまいね。これにて一件落着。」
 頭の中が既にクリスマス・パーティーのフェイスマンに、ハンニバルの意味深げな笑顔が向けられる。
「何? 何なのよ、ハンニバル? その笑い……あ、もしかして、ドラッグの密造工場を壊しに行こうなんて気じゃないでしょうね? 考えてもみてよ、今日はクリスマス・イヴで……まさか、このテープを副社長に聞かせたりしようってんじゃないでしょうね。で、署長まで同席させるんじゃないよね。そんなこと、しない……よね?」
「しないと思うか?」
 フェイスマンは哀しく首を振るしかなかった。



   12月24日・夜
 4人の男の肩にオートライフルそれぞれ1挺、腰に小銃それぞれ2挺と手榴弾2個ずつ、予備の弾倉を4本ずつ。フェイスマンの手には悪人引っ捕え用のロープ、ハンニバルの手には葉巻、白衣のマードックの手にはなぜかメス、コングの手にはゲンコツ。
 密造工場を急襲して5分後、壊滅状態の工場から、無傷のAチームの一団と、イモヅル式にロープで繋がれた裏組織の部下たち10名がゾロゾロと出てきて、無理矢理全員が例の紺色のバンに乗り込んだ。どう考えても、定員オーバー。バンは腹部を地面に擦るようにして、P&C本社に向かった。



   12月24日・深夜
「こんな夜中に、いきなり私を呼び出したりするには、それ相応の理由があるんだろうな?」
 警察署長は、P&C本社最上階にある副社長室の革張りのソファに腰を下ろした。
「約束の金が払えないという話なら、私は帰らせてもらうんだが。」
「待って下さいよ、署長。来月中に新薬を発売して、お約束の金額にさらに上乗せしてお払いしますから。その件については、もうこちらも十分に承知しております。ところで私、署長をお呼びした記憶はないんですが……。それに私も、自宅からここに呼び戻されたわけでして……。」
「何だって?」
 バゴッ! とドアを蹴破って、ハンニバルが姿を現した。
「署長に副社長、ちゃんと揃ってますな。結構、結構。」
「何ですか、君は? 警備員はどうしました?」
 慌てふためく副社長に、悠然とハンニバルが言う。
「ああ、さっき何階かでボヤ騒ぎがあったから、警備員全員がそっちに出向いたようですな。……ありゃ、名乗るタイミングを外しちまったか。」
「一体、お前は何者なんだ?」
 今度は署長が聞いた。
「俺は、ハンニバル・スミス。ご存知かな?」
「ハンニバル・スミス? ……Aチームか?」
「さすが、警察署長。悪いことしてても、知識だけはマトモなようですなあ。」
「何を根拠に、私に対してそんな口を利くのかね?」
「まあ、このテープを聞いてみましょうか。」
 左手に持った小型カセットデッキの再生ボタンを押し、ハンニバルは葉巻を銜えた。テープから流れる密談中継が進むに連れ、2人の顔色が蒼冷めていく。
「要求は何だ?」
 落ち着いた口調で、署長が尋ねた。
「わかっていると思うけれども、私にはお金なんてありませんよ。」
 この副社長のような悪役が、かつていただろうか。所詮は社長でなく副社長なのだから、仕方がないかもしれない。トップには立てないタイプの男だ。
「ご心配なく。俺たちは汚い金なんか必要ないからね。」
 10名の黒服の男たちを引き連れて、やっとのことでフェイスマンが辿り着いた。エレベーターに乗り切れないため、階段で最上階まで上がってきた彼らは皆、呼吸が荒く、顔も赤い。フェイスマンはポケットから動悸・息切れの特効薬、日本製『救心』のビンを取り出すと、丸薬を口に放り込んだ。
「ああ、お前たち。捕まってしまうとは何たる失態。」
「頼みの綱の裏組織もこんな風だし、ドラッグの密造工場も壊れちゃいましたし、どうでしょうかねえ、自首したつもりで全国民の前で自供するっていうのは?」
 ハンニバルの意見に対し、副社長と署長は視線で却下を申し渡した。
「もし、お宅様たちが“自首はしたくない”と仰るんでしたら、私どもの方では、このテープとこれから撮影する黒服たちの自供ビデオをマスコミに発表する準備もしておりますんで。そりゃま、どっちに転んでも世間に公表されることは同じで、ただ、自分から言い出すのと他人が言い出すのとでは、今後裁判で刑が重くなるか軽くなるかが違ってくるだけですがね。」
 部屋の中に、沈黙が訪れた。
「……仕方ない。自供した方がいい、副社長。」
 署長が、本当に仕方なくといった感じでソファから立ち上がった。
「しかし、少し時間をくれないか?」
「“インチ・ワームにも五分の魂”と言いますからな。それに私は非常に情け深い人間でしてね。よし、1日だけ待ってやる。明日25日中に自供しないようだったら、マスコミ関係者にテープを渡すからな、そのつもりでいろ。」
 署長との話が終わると、次にハンニバルは副社長に歩み寄った。
「自供すれば、お前はこの会社にいられなくなる。リンクレスのことは金輪際忘れるんだな。……女性の若さってのはな、一時だけのものだから美しいんだ。」
 決め台詞を投げつけて、ハンニバルが廊下に消える。それに続くフェイスマンと黒服の男たち10人。何やら、大名行列っぽい。エレベーターの前で二手に分かれ、ハンニバルは文明の利器を用いて、フェイスマンと黒服の男たちは階段で1階まで降りていった。



 バンの中では、車番をしていたマーガレットと、ボヤ騒ぎを起こして煤だらけになったコングとマードックが、ハンニバル一行を待っていた。
「マイクの具合はバッチリだったわよ。今の会話は全部録音しておいたわ。」
 マーガレットは、か細い拳の上に親指を突き出して言った。
「さあ、帰ってクリスマス・パーティーだ。」
 またもや『救心』を飲み込みながらも、フェイスマンは嬉しそうだ。
「まだだ、フェイス。帰って一休みしたら、こいつら黒服の自供ビデオを写さなきゃならないんだ。あの署長と副社長が自供したのを確認するか、あるいはこっちが警視総監と放送局と新聞社にテープを送るまで、仕事は終わったわけじゃないんだぞ。」
 シートに身を沈め溜息をつくフェイスマンに、ハンニバルはさらに追い討ちをかける。
「そうそう、証拠品だが、念には念を入れなくちゃ。副社長と署長の、銀行預金の出入りを記したものが欲しいな。それから、ドラッグ密造工場だったところの写真と、現場から押収品を何か探してこい。ドラッグが出てくりゃ、それに越したことはないが、何か器具や道具や装置の破片でもいい。それと、社長のカルテのコピー。明日中に手に入れるんだぞ、いいな、フェイス。」
「はいはい。こうなったら、もうヤケだ。何でもやっちゃうからね、俺。」
 15人を乗せたバンは、時速40キロでチンタラ走ってゆく。これ以上のスピードは望めない。もう1台、車を出せばいいのに、なんて今更言っても遅いこと。



   12月25日・夜
 証拠の品々は、すっかり揃った。それぞれを警視総監用と放送局用と新聞社用との3つに分けて、梱包も終わっている。
 いれば邪魔なだけな黒服の男たちを、自供が終わった順に帰したので、もうここにはマーガレットとAチームの合計5人しかいない。さっぱりとしたものだ。
 ラジオとテレビを点けっ放しにしてから、大分時間が経っている。やっと『7時のニュース』に署長が現れた。アナウンサーがレポーターに喋る権利をタッチし、レポーターが興奮気味の早口で捲くし立てた。
“警察署長からの重大発表とは一体何なのでしょうか? 署長の隣りには製薬会社P&Cの副社長の姿が。あっ、早くも始まる模様です。中継をどうぞお聞きください。”
“……私は、警察署長でありながら、このP&C副社長から多額の現金を受け取り、その見返りとして、P&C副社長の手によるP&C社長毒殺未遂ならびに麻薬密造および密売を黙認していた事実を、世間に公表すると共に、辞職を表明いたします。”
「素直だねえ。」
 ハンニバルが、うんうんと頷く。
「奴らが自供したとなると、この証拠品はどうすんの? 捨てるにはもったいないし……。」
 クリスマス・カードまで添えられた3つの包みを見ながら、フェイスマンはハンニバルに聞いた。
「それじゃ、送っちゃいましょうか。――有効利用してくれる方々に。」
 ハンニバルのニッカリ笑いが再び浮かんだ。この笑い顔を合図に、手に手にクリスマス・プレゼントを抱え、フェイスマンは警視総監のところへ、コングは放送局へ、マードックは新聞社へと、向かっていった。



「本当にどうもありがとう。これは、お礼のブツよ。」
 マーガレットは、箱をハンニバルに渡した。蓋を開けると、小さなアンプルが1グロス、144本。それぞれのアンプルの中には、無色透明の液体が、ほんの少しずつ入っていた。
「いやあ、済まないねえ。」
「いいえ、こちらこそ。この睡眠薬の説明をしておくわね。量を間違えると、多くても少なくても大変そうだから。」
「簡単に頼むよ。こっちは専門家じゃないんだから。」
 大丈夫よ、というように、マーガレットが微笑みながら頷く。
「この睡眠薬は即効性で、飲んでから30秒で完璧に眠ってしまい、薬の効果が切れるまで、蹴っても殴っても起きないわ。1本のアンプルで、ぴったり2時間効くから、4時間眠っていてほしい時は、2本飲ませればいいってわけ。」
「なるほどね。牛乳に混ぜて飲ませても、効き目は変わったりしないかい?」
「牛乳だろうとコーヒーだろうとアルコールだろうと、変わらないわ。副作用はもちろんのこと、味も臭いもないから、飲まされたことなんて絶対気がつかないわよ。」
 薬に満足して、ハンニバルは箱をコングに見つからない場所に隠した。
 そして箱の代わりに、隠してあったシャンペンとシャンペングラス2つを持って戻ってきたハンニバルは、グラスの1つをマーガレットに渡し、栓を勢いよく飛ばすと、2つのグラスになみなみと淡緑黄色の泡の弾ける酒を注いだ。
「睡眠薬は入ってないでしょうね?」
「女性に睡眠薬を飲ませて何かしようなんて野暮なことはしませんよ。」
 グラスの縁を、カチンと合わせる。
「シワ1つない50代の君に、乾杯。」
「メリー・クリスマス。」



 後日、シャンペンの栓を目敏く見つけたフェイスマンに、ハンニバルが問い質されたということを、マーガレットは知る由もなかった。
【おしまい】
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