THE TROUBLE WITH FACE


(フェイスマンの災難)
梶野 煙
「ほんじゃま、そろそろ……。」
 と言いながら、ハンニバルが腰を上げた。
 今年は仕事が入ってクリスマス・パーティーが開けなかったから、その代わりに年越しで騒ごうと言い出したのが誰だったか、彼らAチームのメンバーが覚えているはずがない。しかし、それでも、フェイスマンは高級ホテルの最上階にあるこの部屋を、何だかんだ言いながらも無料で借り、コングは超豪華なローストチキンと鴨のローストと、その他諸々の料理をどこからか手に入れ、ハンニバルは年代物の赤ワインとフランスの本物のシャンペンをダース買いし(多分、払いはハンニバルではない)、マードックは下らないパーティーグッズ(クラッカー、ヒゲつき眼鏡、バニーガールの耳、ブーブークッション等)を掻き集めてきた。
 ハンニバルが腕時計を睨む。ただ今、12月31日午後11時58分。料理も酒も、もう半分以上が彼らの胃の中に押し込められている。しばらくすれば胃の幽門が開き、十二指腸へ流れ込む予定である。
「ほらほらコング、キャンドルに火を点して。モンキーも年越し蕎麦なんか手繰ってないで、クラッカーの用意して。」
 テキパキとフェイスマンが指示を出しながら、自分はシャンペンのボトルの頭部と格闘している。
 電灯を消した部屋の中、ハンニバルはキャンドル1本を手に、炎で腕時計の文字盤を照らした。
「秒読み、行くぞ。」
「OK!」
 フェイスマンはシャンペンのボトルの頭を、窓や電器やTVのない方へ向け、コングとマードックはクラッカーを1人当たり4個(片手のそれぞれの指のマタに1個ずつ)持って構える。
「ご〜ォおっ。」
 ふと、フェイスマンは“何か寂しい”ということに気づいた。
「よ〜ォんっ。」
 そうか、女の子たちを呼ぶのを忘れてたんだ。
「さ〜ァんっ。」
 でも、今から電話したって遅いよな。
「に〜ィいっ。」
 ああ、何てこった、俺としたことが。
「い〜ィちっ。」
 オーマイガッ!!
「ぜろっ! Happy New Year!!
 パンパンパンパンパンパンパン!!!!!!! (クラッカー1個不発。)
 少し遅れて……
 シュポンッ、ガッ、シャァァァァァァン!!
 ゴト……ゴケッ!
「フェイス!」
 慌てて電気を点けたマードックと、ハンニバル、コングの見たものは、ベトナム戦線を生き抜いてきた彼らにとっても、まさに地獄であった。
 女に現を抜かして手元の狂ったフェイスマンが飛ばしたシャンペンの栓によって尽く砕け散り、重厚な彫りの枠だけを残した、大きな骨董品らしき鏡(推定価格40万ドル)。破片がぶつかってバランスを崩し、そのまま柔らかな床に落ちればよかったものを、何の因果かマホガニー材の台にその身を委ね、2つに分かれてしまった、これもまた、かなり古そうな壺(推定価格30万ドル)。鏡の細かい破片が雨あられのように降り注いだテーブルの上の、多分もう食べられないであろう料理たち。そして、泡がドベドベと流れ出て、残り少なくなったシャンペンのボトルを、がっしと握り締め、眉間に皺を寄せたフェイスマン。彼は鏡の一番近くにいただけあって、あちらこちらから血をダラダラと流している(推定治療費250ドル、ただし医療保険なしの場合)。さすが、咄嗟に顔だけは守ったらしく、自慢の厭ったらしい顔には、かすり傷一つとしてついていない。それから、鏡の破片と、シャンペンの泡と、フェイスマンの流した血のおかげで、クリーニングを余儀なくされた、毛足の長い、土足厳禁ルームのカーペット(推定クリーニング代200ドル)。
 フェイスマンがゆっくりと3人の方を振り向き、呟くように言った。
「……痛い、んだけどなあ……。」
 3人の冷たい視線をその身に浴びながら、済まなそうな、それでいて哀しそうな表情のまま、フェイスマンは口の端を少し上げて、微笑もうと努力している。
「フェイス……フロントには医者を呼ぶように言っといてやるな。」
 優しそうな口調で言うが、ハンニバルの目は冷たい光を湛えたままだ。
「残った料理は、お前が全部食べていいんだぞ。」
 コングの目も冷たく、眉間と鼻の間のシワが、いつもより2本多い。
「じゃあまたな、フェイス。パーティーグッズは、お前にプレゼントするよ。」
 いつもと変わらずにこやかなマードックだが、目だけが氷のように冷たい。
 ドアの外に去った3人は、もう一度ドアの隙間から顔を出して、フェイスマンに言葉をかけた。
Happy New Year!
 取り残されたフェイスマンは、シャンペンのボトルを投げ捨てようとして思い留まり、ゆっくりとテーブルの上に置いた。これ以上、被害が大きくならないように。
 そして、泣きそうな声で叫んだ。
「この状況の、どこがハッピーだっつーの?!」
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved