暴飲暴食暴眠暴便野郎Aチーム
ふるかわ しま
 ハンニバルは苛立っていた。灰皿に積み上げられた葉巻の吸殻の高さは、2時間ほど前から自己最高記録を塗り変え続けている。
 もう時刻は12時を回ろうとしていた。部屋の中には文字通り紫の煙が立ち込め、それがコングを不機嫌にさせていた。
「フェイスのヤロー、ヤケに遅いじゃねぇか。一体どこ行きやがったんだ。」
「ブエノスアイレス。」
 マードックが呟いた。
「母さんを探しに、ブエノスアイレス。」
 マードック、いつも意表な野郎である。
「確かに遅い。遅すぎると言っていいだろう。」
 ハンニバルが立ち上がった。吸殻の山は、既に許容量を超えて雪崩れを起こしている。
「依頼人との待ち合わせは2ブロック先のバー。用件は、今回俺たちが片づけた“港町網元乗っ取り事件”の報酬を受け取ること。小切手を1枚、もしくは札束2、3個、貰ってくるだけだ。一輪車に乗ったスモウ・レスラーでも30分で戻ってこれるはずだ。」
 見たことあるのか、スモウ・レスラー。
「ハラへったよー。」
 マードックがソファからゴロリと転落し、そのまま死体のごとくうつ伏せに横たわっている。
「まあ待て。フェイスが帰ってきたら、今夜は我々の大成功を祝して超高級三つ星フランス料理屋に繰り出す予定だろ?」
 と、ハンニバル。
「ああ。そこで、たらふく玄米チャーハンと牛乳だ。」
 ないぞ、コング。フランス料理屋には普通。
「そうだった。俺も渡りガニの辛子味噌炒めを……。」
 マードックが死体のポーズのまま呟く。それもないって。(←2段ツッコミ。)
「ちょっと様子を見に行ってみるか……。」
 太っ腹なくせに、フェイスマンのこととなるとちょっと心配症なパパリン・ハンニバルが、上着(サイズ2L)を手に出口に向かおうとした、その時である。
 ピンポーン……ピンポピンポピンポピンポピンポーン!
 玄関チャイムの連射の音。フェイスマンだ!! しかも明らかに何かに動揺している!!
 ハンニバルの視線がドアに吸いつけられる。残りの2人もそれぞれのポーズのまま、視線だけドアの方に向け、固まっていた。
 ドカッ!!
 ドアが蹴破られ、そこには……潮騒の音をバックに、フェイスマンが肩で息をしながら仁王立ちしていた。
 ドドォ――……ン!
「はあっはあっはあっ……ハンニバル、ただいまっ。はあはあっ、やあコング、ゴキゲンだね? モンキーは……お休みかい?」
 額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「フェイス……妙に疲れてるぞ……?」
 ハンニバルが訝しげにフェイスマンの顔を覗き込む。
「おう、それにおめぇ……磯臭ぇぞ。まさか、海水浴にでも行ってきたんじゃねぇだろうな。」
「海水浴う?」
 死体のポーズのまま、マードックが呟く。
「この世界で一番腹ヘリの俺達を置いてかい?」
 死体ぶりつつも、左手は抗議のロングホーン、じゃねぇや、ファックユーポーズを取っている。
「空腹……?」
 フェイスマンが力なく笑った。
「実は俺も腹ペコなんだ。すごく重いものを2ブロックも引きずってきたから……。だけど、空腹のみんなには、いい知らせがあるんだ。」
「何?」
“でも空腹が満たされた瞬間、それは嫌な知らせに変わるでしょう。”
 込み上げてくるゲロのように前記の言葉を飲み込みつつ、フェイスマンは言葉を続けた。
「今回の報酬、実は小切手じゃ貰えなかったんだ……。」
「何? それじゃ現ナマか?」
「ナマはナマでも、ちょと違うんだ、コング。」
「現ナマじゃないナマって……生肉か何か?」
 ジョークのつもりのマードック。
「いいとこ突いてるね、モンキー。」
「いいとこ突いてるって!?」
 3人は図らずもハモりつつ呟いた。
 やっと少し落ち着いてきたフェイスマンが、余裕の笑みすら浮かべつつ言い放つ。
「実は……生ガキなんだ。」



 火曜朝8時の羽根木2丁目ゴミ収集場に出された燃えるゴミのような非常な量のカラつき生食用カキが、テーブルの上に積み上げられていた。
 そのカキを見つめつつ、ハンニバル、マードック、コングの3人は無言だった。そして残る1人は……饒舌だった。
「かくかくしかじか……というわけで、今回の報酬は生ガキ1年分になったわけ。」
「売っちまうとか何とかできなかったのか。貴様の腐れ脳ミソから、ない知恵絞って!」
 怒るコング。実は生魚が大嫌い。
「甘い。こんな夜中にカキ1年分買ってくれる奴がどこにいるっていうのよ。しかも明日になればこいつらは“生食用”のリングネームを返上して、価値は3分の1以下になっちまうっていうのに!」
「だからと言って、こんなモン……。」
「コーング!!」
 ハンニバルが突如として、しかも断固とした口調でコングの言葉を遮った。
「いくら不満を言っても、今回の報酬が生食用のカキであるというこの事実は変わらない! しかも俺たちは腹が減っている。それも非常にだ!!」
「……何が言いたいんだい? ハンニバル……。」
 マードックが恐る恐る口を挟む。
「食おうじゃないか、こいつを!!」
 開いた口が塞がらぬ3人。ハンニバルはなおも続けた。
「しかし、生食用とは言え、我々のスペシャル・ディナーが一品料理とは、どーぅも気に食わん。そこでだ、フェーイス、コ――ング、モ――――ンキ――――!! (一息ついて)レッツ・クック!!



 1時間後、テーブルの上に並んだカキ料理の数々。いかにも男の料理というワイルドな皿(コング作)、見た目も美しくタイトルまでついているヌーベル・キュイジーヌ風(フェイスマン作)、奇妙キテレツだが匂いだけはやけに美味しそうなエスニック風(マードック作)、そしてレモンを搾った生ガキの山と上等なシャンペィンが大量に……という豪華メニュー。
「天にまします我等の父よ……(中略)さて、みんな、いただきます!」
「いただきます!」
 ハンニバルの勢いに釣られて叫ぶ3人。
「まずは生ガキからだ。」
「よし。」
 一斉に生ガキにむしゃぶりつく4人。
「美味いっ。なかなかいけるよ、なっ、ハンニバル……。」
 フェイスマンが言った。
「俺は……やっぱり生魚(魚じゃないって)は苦手だ。ちゃんと火が通ってる方をいただくぜ。」
 とコング。
「何だよコング。お前の作ったカキの炒め物、黒コゲじゃないか。」
「うるせぇ、これくらい火を通した方が安全なんだよ、夏場のカキは……。」
 一瞬、全員の手が止まった。カキの季節って確か……。
「夏場の……カキって……、ものすごくオフ・シーズンじゃなかったっけ?」
 マードックが呟く。
「……いいんだよ、オフ・シーズンでも……あは、漁師がくれたもんだから、間違いはないさ。」
 フェイスマンが言った。
「でも、魚は旬のものしか食っちゃいけねえ、そうしないと赤痢になるってブエノスアイレスのお母ちゃんが……。」
「ガタガタぬかしても仕方ねぇだろ。食うもんはこれしかねえんだから、飢え死にするよりゃ、当たる方がマシだ!!」
 すごい論理だぞ、コング。
「次はフェイスの料理をいただこうか……ほう? ホワイトソースでグラタン風にしてあるのか……どれどれ。」
 何事もなかったように食事を再開するハンニバル。釣られて3人も、また食べ始めた。
 60分が経過し、テーブルの上のカキの山は、全く減る気配を見せないが、テーブルの下に捨てられたカキのカラは確実に積み上がり、4人の踝までをすっかり隠している。シャンペンも次々と抜かれていく。
「さて……さてと……マードックのは何て料理だったかな。」
「ハンニバル……俺もうダメ……胃が破裂する……。」
「認めんぞ、フェイス。元はと言えば、お前が持ち込んだカキだ。責任は取ってもらおう。」
 変なところで厳しいパパリン・ハンニバル。
「俺の料理はカキのマリネ・ベトナム風。リンゴ酢とニョクマムを基に、レモングラスと青唐辛子で風味をつけてるんだ。暑さを吹き飛ばすマードック様のスペシャル・メニューよ。」(←なんかジョン君みたい、カールビンソンの。)
「俺ぁもう食わねえぞ……。もう生ガキなんか見たくもねえ……。」
「却下するぞコング。ノルマは1人当たり、あと生ガキ70個!! プラス、マードックの料理だ。」
“ひー”とも“うへぇー”ともつかない声が3人から上がり、テーブルにはまた、カキを啜るちゅるちゅるという音が響き始めた。



 1時間後、もう歩けないほど食べて飲んだ4人は、覚束ない足取りでそれぞれの寝室へと引き上げていった。
「が―――。」
「ぐお―――。」
「ごご―――。」
「す――――っ。」
 荒れ狂うイビキの嵐。爆睡する4人であった。
 まだ、彼らは明朝起こる惨劇を知る由もない――



 翌朝、最初にその異変に気づいたのは、フェイスマンだった。
 隣で眠っているハンニバルを起こさぬよう、そっとベッドを抜け出すと、小走りでトイレに駆け込む。カチャリと鍵を締め、便座のフタを撥ね上げて座る。その瞬間、フェイスマンの脳裏に嫌な予感が走った。
「マズい、下してる……。」
『食中毒だろうか……まさかコレラじゃ……。』
 冷汗をかいた手で震えるヒザを握り締めながら、フェイスマンの目は真剣だった。
 コングは、自分の腹の鳴る音で目を覚ました。
 ゴーロゴロゴロ。
 うむ、この音はかなり切羽詰まっている。コングは、隣のマードックが起きるのも構わずにベッドから飛び出し、あの場所へと急いだ。
 ドドドドドド……!
 フェイスマンは、トイレの中で不吉な足音を聞いた。
『あの音は、確かにトイレを目指してやって来る……しかもコング!』
 フェイスマンが絶望感から頭を抱えていると、案の定、足音はフェイスマンの正面で止まり、次の瞬間、ドアノブに手がかかった……が、もちろん開かない。
「てめえ、誰だ!! 早く出やがれ、こん畜生!!」
 ドアをガンガン殴りつけるコング。
「コング、俺だよ。ちょっとお腹の具合が悪いから、しばらく待っててくれないか……。」
「俺だって腹ん中、雷みたいに鳴ってやがるんだ! 早く出ねぇとブン殴るぞ!!」
「そんなこと言ったって……。」
 トトトトトト……。
 そこに小走りの足音。ネグリジェにナイトキャップ姿のマードックである。
「なんだコング、奇遇だねぇ……えっ、フェイスが入ってんの?」
「……その声は、モンキーだな。まさか、お前まで腹具合が――。」
「悪いとも。」
 あっさり言い切るマードック。
「何だってぇ! 畜生、やっぱり昨日のカキに当たったんだ!! だから俺は嫌だって言ったんだ、生ガキなんて!!」
「実は俺たち、みんなコレラだったりね。」
「赤痢だってお母ちゃんが……。」
 トイレの内と外でわめき合う3人。そこに、ぬっと現れるハンニバル。
「それは違うな。昨日のカキは、新鮮そのものだった。」
 冷静に言い放つハンニバル。
「どうしてでい。こうして俺たち3人とも腹具合をおかしくしてるんだぜ!!」
 詰め寄るコング。
「カキそのものは悪くはなかった……。悪かったのは、やっぱり量かな、うん。」
 1人で納得するハンニバル。
「ただの食い過ぎでしょ。すぐにすっきりするさ。」
「そう言うハンニバルは大丈夫なのかよ。」
 トイレの中からフェイスマンが問う。
「むろん、下しているとも。だから早くしろ。」
 一瞬の沈黙の後、トイレの前は戦場と化した。
【おしまい】
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