ユア・アイス・オンリー
伊達 梶乃
 太陽がギラギラと照りつけている。海はあくまでも青く、ビーチの女の子は美人だ。空にしろ、陸にしろ、海にしろ、眺めだけは最高だった。
 Aチームの4人は、各自思い思いの夏の装いで、ビーチに立っている。
「皆の衆、よく聞け。悪徳大企業のホテルからプライベート・ビーチを取り戻した報酬は、3日間の無料宿泊券だった。」
 ハンニバルが少しだけ不満を湛えた口調で言った。
 今回の仕事は、ハンニバルのセリフに要約されている通りであったのだが、詳しく書くと以下の通りである。
 1つのビーチに2つのホテルが、並んで建っている。1つは悪徳大企業が経営する、桁外れに巨大な、その名もグレート・トリメンダス・ホテル。以下GTホテルと略す。時として大ホテルと書くかもしれん。そして片や、そりゃもう小規模のタイニー・トリビアル・ホテル。以下TTホテルと略す。面倒な時は、小ホテルと書く。
 それぞれのホテルには、プライベート・ビーチがあった。だが、GTホテルが力任せに、TTホテルのビーチを奪ってしまった。何も呼び物のない小ホテルがビーチを失った日には、ただの建物である。そこでTTホテルを経営する、片足を棺桶に突っ込んだ爺さんがAチームを雇い、ビーチを元の大きさに戻してほしいと乞うた。Aチームは、裏から卑怯なやり口でGTホテルの経営陣を脅し、表からは腕力でザコどもを捩じ伏せ、彼らの圧倒的勝利を得た。そうして、ビーチに平和は戻った。
 だがしかし、平和は戻らない方がよかった。GTホテルのプライベート・ビーチとTTホテルのそれとは、有刺鉄線で分けられてしまった。GTホテル側の嫌がらせだろうが、有刺鉄線は大ホテルのビーチ範囲内に引かれているので、何も文句が言えない。さらに監視員までついている。
「……3日間、ここのビーチで遊ぼうじゃないか!」
 何して遊べっていうんだ、という顔をしてハンニバルが言い切った。今ハンニバルは、心と口が別々に動いているのか。
「遊ぶのはいいんだけど、隣りのプライベート・ビーチに入るのって、いくらするの?」
 と、フェイスマン。
「300ドルだとよ。」
“警告・宿泊客以外のビーチ利用について”の立て札を親指で差して、コングが呟いた。
「暴利だぜ、クソ。」
 有刺鉄線のこちら側の狭いビーチには、Aチームの4人だけ。しかも、横はフジツボとフナムシのへばりついた断崖。波打ち際は、大きめのサンゴがゴロゴロしている。海にもちゃんと囲いがあって、4人が利用できる部分には、きっちりとクラゲが並んでいる。海底にはナマコの絨毯。
「向こう側に行きたいなあ……。」
 フェイスマンは、旧東ドイツ国民の気持ちを理解した。
 有刺鉄線の向こう側の広大なビーチでは、若い男女(少し女が多いかな)が紫外線の恐怖も知らず、トロピカルなマリン・リゾートをエンジョイしている。どこまでも続く白い砂浜。細かい砂の上に、穏やかに波が打ち上げる。澄んだ水の浅瀬には、青や黄色の小さな熱帯魚が気ままに泳いでいる。
 境界のこちら側と向こう側では、まさに天国と地獄、マイアミとシアトルくらいの差がある。
「こうしていても仕方がない。とりあえず何かしよう。」
 バミューダ・パンツにTシャツ、革のサンダル、そしてナス型サングラスというシンプルな、いかにもオジサン臭い出で立ちのハンニバルが、とりあえず葉巻に火を点けた。
「俺ァ、クラゲとナマコを沖に捨ててくるぜ。」
 半袖半ズボンの繋がった白と黒の縞の水着、いわゆるオールド・ファッションド・スイム・スーツを身につけたコングは、メタリックなビーチサンダルをペタペタと鳴らしながら、水中眼鏡と網を手に海へ向かう。
「じゃ、俺は波打ち際のサンゴでも退けましょかね。踏むと痛いから。」
 フェイスマンがトランクス型海パン(蛍光色)、薄手でチェックのヨットパーカー、足元はエスパドリーユ、そして流行の型のサングラスという格好で、浜辺の掃除を始めた。
「さあて俺様は……やることないみたいだから、アイス買ってくるねー。」
 今までしゃがみ込んで、じーっとしていたマードックが、すっくと立ち上がった。
 いつもの帽子を被って、水中眼鏡をし、足には足ヒレ(ただしコンバースの上から)、毛深い手足は無防備だが、不審にも体にタオルケットを巻いている。
「ちょい待ち、モンキー。」
 ハンニバルが煙をふーっと吹いて、マードックを見た。
「そのケットの下は、どんな格好なのかな? あまりにも淫らなようだったら、Aチームの沽券に関るからねえ。」
「ヒントその1、スーパースリー。」
 指を1本立て、真剣な面持ちでマードックが言う。
「ふむ。その水中眼鏡と足ヒレからすると、スイスイのフリーだな。」
 釣られて真面目になる、ハンニバル。
「ヒントその2、ダニー飯田とパラダイス・キング。」
「日本のミュージシャンと来たか。大分古いな、30年くらい前だろ。スーパースリーにパラキンと来たら、ススム・イシカワだな。」
「ヒントその3、ブライアン・ハイランド。」
「B.ハイランドと来たか。するとあれかな。♪Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polkadot Bikini♪ビーキニのーお嬢さん♪……となると、水玉模様の黄色いビキニか!?」
「正解!!」
ケットをバッ、と脱ぎ捨てたマードックから、ハンニバルは目を背けた。
 それでも、ちょっとばかりハンニバルの目に入ってしまったマードックの姿は、見るもおぞましい、水玉模様の黄色いビキニスタイル、女性用。単なる変質者だぞ、これは。
「モンキー、早くそのケットを巻け。目が腐りそうだ。」
「えー、折角手に入れた水着なんだけどなあ……。」
「せめて、乳バンドを外せ!」
「いや〜ん、ハンニバルったら、エッチ!」
「やめろ。」
 コングがナマコとクラゲ取りに没頭していたのが、せめてもの救いだ。
「よし、アイスクリーム代を出してやろう、な、だからその変態を通り越した装いを何とかしろ。警察を呼ばれちゃかなわん。」
 左手で目隠しをし、右手で金を差し出すハンニバルから、渋々と金を受け取ると、マードックはケットを拾い上げ、砂を叩くと体に巻いた。
「可愛いのになあ……。」
「どこが。それが可愛いのなら、俺だってスリムだぞ。」
 珍しく、わけのわからないことをグチってみるハンニバル。マードックの毒が頭に回ったのか。
「そんじゃ、アイス4つ買ってくるね。」
 とマードックはホテルの方に向かった。途中、足ヒレがもつれて3回転んだが。



 TTホテルとビーチの間のコンクリート敷のところに、アイスクリーム売りの屋台があった。
「お兄さん、4つちょーだい。」
 屋台の陰に座っている青年に、マードックは声をかけた。しかし、青年は上の空。
「ねえ、アイス4つ!」
 相変わらず青年は自分の世界に入ったまま。
「ちょっとお兄さん、早くアイス4つを売ってくれないと、勝手に食べちゃうか、あっちの店に行っちゃうよ。」
「あ……ああ、済みません。」
 やっと意識を現実の世界に戻した青年が、顔を上げた。
「ごめんなさい、考え事をしてたもんで。向こうのアイスクリーム屋に行くなんて言わないで下さいよね、冗談じゃない。後生だから、あっちには行かないで、お願いだから……。」
「アイス4つ。」
 青年の哀願の目を無意識的に無視して、マードックは言い放った。心は、もうアイスクリーム。
「はいはい、何にしましょう?」
「何があんの?」
「今日は、リコリスとシソとバラと、トマトシャーベット。」
「バニラとかストロベリーとかチョコレートは、ないの?」
「ない、です。」
 胸を張って、きっぱりと言う青年。
「……じゃ、1つずつちょーだい。あ、コーンはソフトコーンでね。」
 さり気なくこだわりを見せるマードック。
「はい。全部で4ドルになります。」
 マードックは釣りを水中眼鏡の中に入れ、両手に2つずつコーンを持った。
「ありがとうございましたー!」
 叫ぶ青年の声を背で聞き、マードックは転ばないよう、全神経を集中させて慎重にゆっくりと、ビーチに戻った。



「ただいまー。ハンニバルはこの紫のヤツ、シソね。」
 ハンニバルに受け取ってもらう。次にマードックは四つん這いになって砂浜の危険物を拾っているフェイスマンに近づいていった。転ばないように。
「はいよ、フェイス。ハンニバルの奢り。ピンクのヤツね、バラのアイス。」
「どもども。」
 フェイスマンは片手にサンゴ片や空缶の入ったビニール袋を持ち、もう片手でアイスクリームを持った。
「コーング! 戻っといでよ、おやつだよー!」
 ガキのように叫ぶマードック。コングが海坊主のように、ビチャビチャと水から上がってきた。
「なーんだ、この真っ赤なのは?」
 差し出されたものを見て、コングは唸った。
「トマトシャーベット。」
 豚の血のシャーベットだったら俺ァ食わねえぞ、とコングは考えていたが、匂いを嗅いで納得したらしく、彼もコーンを受け取った。
「それでは……。」
 とマードックが黒いアイスクリームを高々と掲げた。
「ハンニバルに感謝しつつ、いただきまーす!」
 マードックの声に合わせ、幸せそうにアイスクリームにかぶりつくAチーム。
「美味いっ!」
 一斉に4人が言った。
「トマトの自然な甘味が何とも言えねえ。ちっとも青臭くなくて、こりゃイケるぜ。」
「ほんのりと香るバラ、ふんわりと軽い口当たり。低脂肪乳を使ってるね、これは。バラのジャムがマーブルになって入っているのも、嬉しいね。」
「紫のシソが、日本のワビとサビを表しているぞ。甘さ控え目だしな。シソの葉の刻んだのとゴマがアクセントに入っていて、芳ばしさも楽しいねえ。」
「このリコリス、甘草の匂いがアメリカ人の心をくすぐるぜ。細かくちりばめられたリコリスキャンディがくちゃくちゃとしてて、怪しいほど奇妙で最高!」
 四人の表情は、もうグラハム・カーになっている。どう、ゴージャスでしょ〜、ビューティフルでしょ〜……とばかりに、鼻の下を伸ばしきっていた。セリフは美味しんぼ、というよりは、ミスター味っ子に近いものがある。
 一心不乱にアイスクリームを食べる男たち。変である。コーンまで残さずポリポリと。
「ああ、美味かった。こんなに美味いアイスを食ったのは、久し振りだぜ。」
 心底にこやかなコング。
「プロの仕事だな。」
 と偉そうなことを言いつつも、アイスクリームのついた指をペロペロと舐めているフェイスマン。
「お行儀悪いぞ、フェイス。」
 まるで父親のように注意するハンニバルだが、その顔は輝かんばかりの笑顔だった。
「……もう1つばかり食べたいねえ。モンキー、案内してくれ。この素晴らしいアイスを売っている店へ!」
「OK!! さあ、みんなも一緒にゴーゴーゴー!!」
 今日のマードックは、1960年代のノリである。



「なーんか、寂れた屋台。」
 アイスクリーム屋の前で、フェイスマンが呟いた。
「お兄さん、また買いに来たよー。」
 マードックが屋台の陰を覗き込む。アイス売りの青年は、溜め息1つついただけ。なおもマードックが、少しだけ大声で言う。
「アイスちょーだいな。」
 ついでに青年の頭を小突くマードック。
「あ、はい。……さっきの方ですね、毎度ありがとうございます。……はぁ……。」
 マードックたちに気づいたものの、力なく答えた後、また座り込む青年。
「どうしたの、暗いじゃない。んん? その顔は何か悩んでるね、オジサンに話してごらん。」
 好々爺(すきすきじじい)臭いハンニバル。
「きっと、アイスの味とか、新しいフレーバーのバリエーションを考えてるんだよ、プロだからね、彼は。」
 勝手なことをフェイスマンが呟きまくる。誰も聞いてないってば。
「実は……ま、とりあえずアイスをどうぞ。」
 重い腰を上げて、青年は4人にアイスクリームを渡した。今度はハンニバルがリコリスでフェイスマンがトマトでコングがシソでマードックがバラ。またもや幸せそうに食べる4人。代金払ってないから、もっと幸せ。
「実はですね、僕、まるでこのボロっちいチンケなホテル専属のアイス売りみたいでしょ? でも違うんです。アイスの屋台のショバ争いに負けて、こっちに追いやられちゃったんです。」
 ふと4人の視線は、GTホテル前のアイスクリームの屋台へ向けられた。
「でけえ屋台だな。」
「女の子が列になってるー。」
「バニラも売ってるみたいじゃん。」
「確かに負けてるようだな。それで?」
「こっちじゃ、人なんかほとんど来ないから、売り上げが全然なくって……。両親はイタリアにアイスの修行に行ったっきり行方不明だし、小児マヒの妹の入院費も払えないし……。向こうに行って売りたいけど、あっちの店にはボディガードもついてるし、僕、非力だから……。もう殴られるのは嫌です、医療費もかかるし……。」
「力はなくったってよ、アイスは超美味いじゃねえかよ。」
 誉めているつもりのコングだが、青年はコングの顔にビビっている。
「……ぼ、僕の家、代々アイス職人なんで、伝統の秘訣があるんですよ……はは……。」
「要は、客をこっちに向けりゃいいんだな。このアイスを一度食べたら、もう他の店のは食べられない。簡単カンタン。」
 何か企んでいる、ハンニバル。
「青年よ、もし俺たちがショバを広げてやったら、君のアイスの食べ放題っていうのはどうかね?」
 己の欲求のためには、何でもするハンニバルであった。
「……いいですけど。」
「よし、商談成立。諸君も異存はないね?」
 残りの3人のメンバーが、こっくりと深く頷く。みんな、死ぬほどアイスクリームが食べたいらしい。
「でも、どうやって?」
 青年が尋ねるのをハンニバルが制した。
「それは追々考える。とりあえず、君の名前は何てんかな?」
「ジョニーです。」
「ようし、ジョニー。まずは――もう1つアイスをくれ。」



 GTホテルの方からフェイスマンが小走りに戻ってきた。
「大ホテルに聞いてきたけど、このコンクリート敷のところは、通行自由なんだって。」
「ビーチ外だからな。では敵方の情報入手の第一として、モンキー、アイスを買ってこい。」
「いくつ?」
「もちろん、4つだ。」
 しばらくすると、マードックが4つのアイスクリームを両手に帰ってきた。水中眼鏡も足ヒレも、もう慣れたらしく、足取りがしっかりしている。
「バニラにストロベリーにチョコにフローズンヨーグルト。どれがいい?」
 ハンニバルがバニラ、フェイスマンがストロベリー、コングがヨーグルトを取る。マードックの手には、チョコが残る。
「さて、お味はどんなものかね?」
 ぱくりとハンニバルが、フェイスマンが、コングが、マードックが、アイスクリームにかぶりつく。
「……不味い。」
 4人が口を揃えて呟いた。
「味で勝負するなら、絶対、ジョニーが勝つな。絶対、必ず、神に誓って。」
 フェイスマンがそう言いながら、アイスクリームをゴミ箱に捨てた。
「俺ァ食べ物を粗末にする奴は許しちゃおけねえが、このアイスは食べ物じゃねえ。だから、俺も捨てさせてもらうぜ。」
 コングも捨てた。続いてハンニバルもマードックも、アイスクリームをゴミ箱の中へ無造作に投げ込む。
「こんなに不味いのになぜ売れているか、それが今回の作戦のカギだな。」
 とハンニバル。
「あと、ジョニーのフレーバーにも難ありと見たね、俺様は。ちょっと通好みじゃん、シソとかリコリスなんてさ。」
 どうしたことだろうか、マードックが真面目な意見を言うなんて。
「そうそう、リコリスなんて、街でもディッパー・ドンぐらいにしか置いてないもんね。シソはポンチエーラだっけ。」
 なぜかマイナーなアイスクリーム屋に詳しいフェイスマン。伊達に女連れて歩いてるわけじゃないね。
「よし、二手に別れる。モンキーはジョニーと一緒にアイスフレーバーの研究だ。フェイスは車を手に入れろ。後部がアイスクリーム屋の屋台みたいになるヤツだ。ほら、街でよくあるだろ、あれだ。車の方がカッコいいし、何種類も売れるし、アイスも長持ちする、だろう、きっと。で、コングと俺は向こうの店の偵察にと参りますか。……二手じゃなくて三手だが、まあ、いいか。」
 数を数えられないとは、ハンニバル、スペインの宗教裁判(モンティ・パイソン)みたいだぞ。暑さでハンニバルの脳ミソもダレているようだが、大丈夫だろうか。
 Aチーム、なし崩しに行動に移るのであった。



 GTホテルの前のアイスクリーム屋は、恐ろしいほど賑わっていた。
「うむ、これが敵か。」
 ジョニーの屋台の4倍、いや6倍はあろうかという、巨大な屋台。“ジャック&ベティ”と書かれた看板の派手な飾りつけが、大人(非若者)の目から見ると、下品である。注目すべきは、アイスクリーム売りの男女。男2人に女2人。これがいずれも、海辺以外の場所で会ったら暑苦しそうな極小麦色の肌をし、髪はブリーチしたような傷んだ金髪、顔立ちは若手俳優と新進女優というところ、服装は男女とも危ういビキニ。
「売り子としちゃあ、ジョニーは負けだな。」
 コングの呟きに、ハンニバルも頷いた。
「で、ボディガードってのは、あいつらか。」
 屋台から少し離れた木陰に、ビーチに全く似合わない、黒いスーツにサングラス、黒いソフト帽の、ブルース・ブラザースのような男たちが潜んでいる。ただし、人数は4人。ダブル・ブルース・ブラザース。
 ハンニバルが売り子の方につかつかと歩み寄る。
「もしもし、ジャック君。忙しいところ、ごめんなさいね。ちょいとつかぬことをお尋ねしますがね、あそこのボディガードみたいな奴ら、何でここにいるの?」
「ああ、彼らねー。」
 売り子のジャック(仮名)は、綺麗に並んだ白い前歯をテカテカと光らせながら、アラバマ訛りで答えた。
「ビーチの客でさー、アベックなんか、よくいるんだけどねー。その片っぽが僕らに惚れちゃうこと、よくあるんだよねー。僕らってさー、ほら、美男美女じゃーん。そうすっと、やっぱ、ケンカなんかになっちゃうけどさー、僕らケンカって野蛮だからー、ヤなのよー。顔とか、大切じゃーん。だからさー、ケンカ売られた時、大丈夫なようにねー、彼ら雇ってんのー。わかってくれたかなー。ちょっとコワいけどー、僕らに手出ししなきゃ……。」
 ハンサム売り子のジャックが、美しく鼻血を吹いて、美しく倒れた。何てことない、彼の話し方と話の内容に、何となく腹が立ったハンニバルが、ニコニコしながらも、いきなり殴り飛ばしただけである。
「あ、ごめーん。つい手が出ちゃった。」
 客の女の子たちと売り子のベティちゃんたちは、キャーキャー言いながら、蜘蛛の子を散らすようにビーチの方へ逃げていく。客の男の子たちも、少し遠巻きに事態を見守る。ジャックその1は、倒れている。ジャックその2は、ハニワのような表情で硬直したまま、ジャックその1を見つめている。ハンニバルは笑っている。コングは呆れている。ボディガードたちは、ダラダラと嫌々こちらにやって来る。
「コング、やれるか?」
「やれるかって? やんなきゃなんねーだろ、このシチュエーションじゃあよォ。」
「じゃあ、ま、テキトーに行きましょかね。」
 ということで、恒例の殴り合いが始まった。
 ハンニバル&コング対4人のボディガード。見た感じでは、ボディガードたちは、それほど強くなさそうだ。(ジョニーよりは断然強いだろうが。)
 ハンニバルが殴る、殴る。コングが殴る、殴る。終了。
「テキトーって言っても、こりゃあテキトーすぎるぜ。」
 気が抜けてしまったコングが言い捨てた。
「もう少しやってくれるかと思ったんだが、1発でノック・ダウンじゃねえ……、フェイスより弱いぞ、こいつら。こんなので、よくボディガードが務まるもんだ。」
 感心しているハンニバル。コングとハンニバルが強すぎるのではないかと思うが。
「悪いけど、ジャック君パート2、もう少し端の方へ寄せて屋台を出してくれないかねえ。こんなに堂々と店開きしてると、オジサンたち、また来ちゃうからね。」
 売り子に優しく言葉をかけて、去っていくハンニバルとコング。その心中は、物足りないファイトの後のモヤモヤで一杯だった。この不完全燃焼をどうやって解決すればよいのだろうか!? 2人の足は、ジョニーの家の台所へと向かう!!



「バニラ、ストロベリー、ラムレーズン、チョコミント、キャラメルリボン、リコリス、バブルガム、カシスがいいってば!」
 台所に響き渡るマードックの声。
「リコリスとバブルガムはいいとして、あとはオレンジヨーグルトとパンプキン、スイートポテト、シソ、バラ、トマトをお薦めしますっ!」
 張り合うジョニー。
「どうでもいいけどさ、車には8種類しか積めないんだから、早く決めてよ。」
 間延びしたフェイスマンの声が、マードックとジョニーの声に掻き消される。
「表通りまで聞こえたぞ。何、騒いでるんだ?」
 ドアを少し開けて、ハンニバルが中を覗き込んだ。コングも後に続く。ここはジョニーの家の台所、もとい、台所兼ジョニーの家。
「お帰り、ハンニバル。何のフレーバーを売るかで、さっきからモンキーとジョニーが揉めてるんだよ。」
 フェイスマンがアイスクリーム製造機に凭れて、気だるく答えた。
「ほう。それにしても、立派な台所だな。まるでアイスクリーム屋みたいだ。」
 ハンニバルのボケに対し、ノーバディー・セズ・ツッコミ。
「で、フェイス、車は準備できてるかな?」
 恥じらいを含んだ口調で、ハンニバルは聞いた。
「もちろん。タダで譲ってもらった新車だし、ちゃあーんとジョニーズ・アイスクリーム・ショップってレタリングしてもらったしね。完璧だよ。裏に停めてある。そっちはどうだった?」
「軽ゥく、威してきたぜ。」
 コングの言葉に、ハンニバルは口の両端を引き攣らせるかのように笑い、繰り返した。
「軽ーく、ね。」
 釣られてフェイスマンも口の端を引き攣らせる。
「あとは、フレーバー選びか。」
 ハンニバルの呟きに、ジョニーとマードックの目がキラリと光る。
「言い合いをしてても仕方がないだろう、モンキーにジョニー。公平に話し合いと行こうじゃないか。」
 さて、調理台を囲んでのフレーバー会議が始まった。議長ハンニバル、書記フェイスマン。書記はチラシの裏に、シェーファーのペンで議録を綴る。
「ジョニーの主張を、まず聞こうか。」
「僕としては、平凡なフレーバーには今一つ自信がないんです。ですから、変わったフレーバーで客を引く方法を取りたいと思います。町中だと変なフレーバーはすぐに飽きられるというデメリットがありますが、ここは一応リゾート地なので客は飽きる前に帰るのではないかと考えます。」
「もっともな意見だ。で、マードックは?」
「俺はバニラがなきゃいけねえかなって思うんだよね。バニラはさ、アイスクリーム屋には絶対なくちゃならない定番アイテム、アイスの王者だよ。妙なフレーバーばっかりじゃ、客も寄りつかないんじゃない?」
「こっちも、もっともな意見だ。フェイスはどう思う?」
「俺? 車には8種類積めるけど、ベーシックなの4つ、変なの4つってのは、どうかなー、なんて。」
「ふむ。コングは?」
「俺ァ美味けりゃ何でもいいと思うがよ。フェイスの案にちょいと意見させてもらうと、3つの平凡なアイスを常備しておいて、5つは日替わりってのは、どうだ?」
「では、ここで決を採る。バニラを入れる案に賛成する者は挙手願います。」
 賛成4人、反対1人。
「日替わりフレーバーに賛成の者は?」
 賛成5人。
「次は、変なのと普通のをいくつずつ置くか、だ。変4、普通4に賛成する者は?」
 3人。
「変5、普通3は?」
 2人。
「では、変4、普通4で、バニラを入れ、変なフレーバーは日替わりということに決定した。文句はないな?」
 全員が頷く。
「次は、そのフレーバーを何にするかだが、その前にジョニーの作ったバニラやら何やらを食べてみたいと思うが。」
 全員、賛成。
「何があるんだい?」
 ジョニーは立ち上がって、巨大な冷凍庫を開いた。肉問屋の冷凍庫の大分小さいくらいの冷凍庫だが、ウォーク・イン・クロゼット程度の大きさはある。パワーは最強なのだろう、おかげで台所が暑いのなんの。
「えーっと、今日は……バニラ、フレンチバニラ、カスタードプディング、マイルドチョコレート、ビターチョコレート、ホワイトチョコレート、ストロベリー、ブルーベリー、ラズベリー、マロン、チェリー、ラムレーズン、ロッキーロード、キャラメルリボン、チョコリボン、マーマレードリボン、ストロベリージャムリボン、ブルーベリージャムリボン、チーズケーキ、チョコミント、モカ、紅茶、抹茶、バブルガム、シソ、バラ、リコリス、パイナップル、バナナ、ピーチ、アプリコット、アーモンド、パンプキン、スイートポテト、メープルシロップ、サクラ、ラベンダー、セサミ、ジンジャー、カルダモン、シナモン、プラム、キウイ、オレンジ、ヨーグルト、オレンジヨーグルト、メロン、メロンヨーグルト、カシス、トマト、洋梨、レモン、ライム、スイカ、リンゴ、マスカット、巨峰、マンゴー、ペパーミント、ダイキュリー……だけですね。」
「だけ、って……60種もあるのに?」
 フェイスマンが驚いて言った。
「失敗作を入れると、200種以上ありますよ。まあ、美味しいのは100種くらいかなあ。」
 冷凍庫から出てきたジョニーの眼鏡が曇っている。
「全部、一口ずつ食べてみて、順位を決めようじゃないか。」
 ハンニバルの言葉を皮切りに、会議は試食会に移行した。
 数分後、フェイスマンが、近くのコンビニエンス・ストアでコピーしてきた、60のフレーバーと60のマス目が書かれた採点表を全員に渡した。
「あくまでも自分の好みではなく、ビーチにいるような若者に好まれるかどうかが採点基準だ。○×方式で行くぞ。」
「おう!」
 意気込んでAチーム+ジョニーは、アイスクリームを食べ始めた。食べては口を濯ぎ、また食べる。なかなか、本格的である。
 窓から夕日が差し込んできた。長かった一日が終わろうとしている。
「終わったぞ!」
 5人は右手に持ったペンとスプーンを投げ出した。
「集計頼むぞ、フェイス。俺達は紫外線の弱まったビーチに行って遊んでくる。」
 思う存分アイスクリームを食べて、心のモヤモヤも消し飛んだハンニバルが、爽快な顔で言った。
「食べた後は運動しないと太るからねえ。」
「俺は太ってもいいっていうのー?」
「フェイス、もう少し肉をつけないと、抱き心地が、いや、抱かれ心地が悪いって、女に言われるぞ。」
「でも、お腹が出ちゃったら……。」
 フェイスマンは、ハンニバルの丸々とした腹部に目を止め、言葉を濁した。
「……わかったよ、行ってらっしゃい。集計しときますよ。」
「よろしい。」



 すっかり太陽が沈んだ頃、たっぷりと海水浴を楽しんだハンニバル、コング、マードックとジョニーが帰ってきた。
「集計、終わったよ。」
 フェイスマンの投げて寄越した紙を、ハンニバルが受け取った。
「5人しかいないから、順位なんて決まんないよ。」
 ハンニバルが紙面を目で追う。
 1位、チョコミント、バブルガム、オレンジヨーグルト、キャラメルリボン、リコリス、バラ、ジンジャー、ビターチョコレート、ライム、洋梨の10個。
 2位、バニラ、カスタードプディング、パンプキン、マロン、ストロベリー、モカ、マスカット、チーズケーキ、マイルドチョコレート、フレンチバニラの10個。
 3位……。
「バニラとストロベリーが2位か。マズいな。」
 ボソリとハンニバルが言う。
「バニラとストロベリーを入れて、1位から4つ削るってのはどうだい、ハンニバル?」
 建設的な意見だ、マードック。
「こりゃ、ジョニーに任すか。」
 自分の手に負えなくなると、他人に責任転嫁するハンニバルであった。
「うーん、そうですね……。バニラ、ストロベリー、チョコミント、キャラメルリボンが定番で、バブルガム、オレンジヨーグルト、バラ、洋梨が、日替わりの明日の分、っていうのはどうでしょう?」
「決定だな。」
 他の意見が出ないうちに、ハンニバルが言い切る。
「明日は、脳足りんのジャック&ベティの店と勝負だ。とりあえず、アイスのストックはあるようだから、ジョニーはよく寝ること。俺たちはTTホテルに戻って、ビーチで花火だ。明朝10時にビーチで会おう。いいかい、ジョニー?」
「車は?」
「お前が運転してくるに決まってるだろう。」
「でも、僕、車の運転できません。」
「そうか……じゃ、フェイスを迎えに行かせる。これでいいな?」
「はい。」
「無免許でいいから、早く運転できるようにならないと、俺たちは明後日に帰るからな。それまでは運転してやるが……そうだ、コング、ジョニーに運転を教えてやれ。」
 頷くコング。ハンニバル、少しジョニーに甘いぞ。



 明朝10時、ビーチは既に人で賑わっている。
 軽く威した甲斐あって、ジャック&ベティの屋台は、少しだけ脇に退いてくれていた。敵の屋台からほんの2、3メートル離れた所に車を停め、ジョニーズ・アイスクリーム・ショップは新装開店した。
「オレンジヨーグルト1つとォ、チョコミント1つ下さァい。」
 真っ赤に日焼けした女性が、最初の客だった。
「コーンは、ソフト、ハード、ワッフルのどれにしますか?」
「じゃあ、両方ともワッフルにして下さーい。」
 アイスクリームを受け取った女性が、1つを友人らしき女性に渡し、食べ始めた。
「うわー、美味しー。」
「ウェハースのスプーンがついてて、食べやす〜い。」
「溶けたアイスが全然垂れてこないの、何でー?」
「コーンの一番下に、スポンジケーキが入っているんです。溶けたアイスをケーキが吸収して、最後の一口が美味しいですよ。」
 ジョニーが業務用笑顔を湛えて答えた。
「へーえ、すごーい。オシャレよねー。」
「ちょっと小振りなのも、女の子には嬉しいわよねー。」
「うん。私、このアイスのファンになっちゃいそー。」
「ホントー。ボク、これ自分で作ってんのォ?」
「はい、そうです。」
 とジョニーが返答しながら頷いた。
「偉いのねー。ボク、いくつ?」
「20歳です。」
「ウソー、10代の真ん中辺かと思っちゃったァ!」
「クリクリの金髪が、カワイ〜イ! もー、食べちゃいたいぐらい!!」
 照れるジョニー。意外と女性の母性本能をくすぐるタイプだったらしい。
 時間が経つに連れ、ジャック&ベティの客足は減り、ジョニーの店の前は長蛇の列となった。
「勝負あったな。」
 ハンニバル、貴様は味皇か。
「明日か明後日には、ジャック&ベティは廃業だね。」
 ジャック&ベティのアイスクリームの味を思い出して、表情を歪めたフェイスマンが言う。
「それにしても、腕がムズムズするぜ。ボディガードの奴らに、もう1発お見舞いしてえな。」
 コングは木陰に潜むボディガードを睨んだ。顔を腫らしたボディガードは、2人に減っている。
「ま、あいつらも、ジャック&ベティと共に廃業になるだろうさ。……さて、アイスクリーム食べ放題のマリン・リゾートでも楽しみますか。」
 とハンニバルはビーチに目をやって、いきなり続けた。
「今日の作戦は、ここのビーチを2つのホテルの共用にすることだ。」
 ハンニバルの、急な展開の有無をも言わせぬ発言に、フェイスマン、コング、マードックは嫌な顔一つせず、ニンマリと笑って了解した。
「その前にモンキー。」
 とハンニバル。
「何? アイス貰ってくんの?」
「ビキニスタイルのお嬢さん的な格好は、いい加減にやめろ。着替えてこい。足ヒレと水中眼鏡も外せ。」
 丸一日、妙な格好を満喫したらしく、マードックは素直に水中眼鏡と足ヒレを外した。
「じゃあ俺、着替えてくんね。」
 と一歩踏み出した途端、マードックは足をもつれさせて、思いきり転んだ。
「あれ? 足ヒレがないと歩けないや。」
 そう言って立ち上がるマードックに、コングの拳が炸裂しようとしていた。
「そんなハズぁねえぜ、バカやってんじゃねえよ、このドアホゥ!」
 すんでのところで、マードックはその拳を避けた。
 やっといつものAチームらしさを取り戻したな、と思いつつ、ハンニバルは葉巻に火を点し、フェイスマンに言った。
「我らのサイフは、まだ赤字かい?」
 にこやかだったフェイスマンの顔が、突然引き締まった。
「そう言えば、一昨日までの作戦では入金なし、経費は4000ドル以上、細かい計算は今日中にしておくけどね。今朝までの作戦では、入金なしの出費50セント、これコピー代ね。まだまだ赤字だよ。……あっ、そこの彼女、アイス食べてかない?」
 すっかりいつもの調子のフェイスマンにも満足し、ハンニバルはゆっくりと甘い匂いの煙を吐き出した。
【おしまい】
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