全員参加リレー小説 バニーちゃんは大いそがし
The A'-Team
 夏、バニーちゃん姿は、非常に適切な服装だと、マードックは確信した。
 ここで説明せねばなるまい。バニーちゃん姿というのは、(健全な方は御存知ないかもしれないが)いわゆる一般に言うところの、バニーガール姿である。
 ウサギの耳に、ウサギの尻尾、そしてハイレグの胴体部隠しに、網タイツ、それから黒いハイヒール。これが、ごく普通のバニーガール姿である。
 しかしマードックにハイヒールは似合わない。背が高すぎる。そこで彼は、靴だけ愛用のコンバースを履くことにした。ま、色は黒だから、いいか。
 きちんとした服を着るとなると、ズボンにTシャツに、と何だかんだと暑くなってしまう。だが、このバニーちゃんは、とても快適。体を覆っている部分は少ないし、網タイツは風通しがよい。少なくともズボンよりは。ウサギの耳はちょっと暑いけど、少しの風でも感知できる。
 とっても気に入ったマードックは、この素晴らしい服装をみんなに見てもらいたくなった。そっと病院を抜け出すと、バニーちゃん姿で往来へ飛び出した。
「ねえ、ちょっと! そこのバニーちゃん!」
 途端に脳天気な声がかかる。
「え? 何々? 俺のこと?」
 くるっと振り向いたマードック。
「げっ、ななな何やってんだ、モンキー。」
 声の主はフェイスマンであった。可愛い女の子と思って声をかけたら、顔見てびっくり。相手の足元をよく確かめなかったのが、フェイスマンの敗因である。〔足元だけか?〕
「ああ、これ、かーいいだろ? おまけに涼しくってさ。俺もう、革ジャンにジーンズなんて、とても着れねーわ。」
〔マードックのズボンはジーンズじゃないぞ。〕
「だからって、そんなんで往来に出てくんなよっ!」
 結構、常識人のフェイスマンは、両腕をバタバタさせて抗議すると、自分の麻のジャケットを脱ぎ、マードックに突きつけた。
「えーっ、いいよ、このままで。」
「困るんだよ、目立っちゃうだろ。せっかくお前を迎えに来るために、いろいろと小道具を用意してきたってのに……ああ、ぜ――んぶ無駄! になっちまった……ふう。」
スーツケースごと、必要のなくなった小道具を植え込みの中に投げ捨てた。
「あー、もったいない。」
 ぶつぶつと文句を言うフェイスマン。
「ほら、こっち来いよ。ち、ちょっと何してんだよ!!」
 先に立って行こうとするフェイスマンが振り向くと、マードックは相変わらずバニーちゃんのまま、植え込みの中にガサゴソと入っていくところだった。
「え、何って……小道具がもったいないから……。」
「だからって、人が捨てたモン、拾おうとすんなよ。」
 灌木の植え込み(多分、ドウダンツツジ)をまたいでいるバニーガール姿の毛深い男の腕を掴んで引きずって行こうとしている色男。誰が見ても変である。警察が来たって文句は言えまい。かなり怪しい2人であることよ。
「拾っちゃダメなの?」
「ああ、俺がいらないから捨てたんだ。拾うなよ。」
「絶対、拾っちゃダメ?」
「ダメと言ったら、ダ―――――!!」
 むきになるなよ、フェイスマン。大人気ないぞ、お前ら。まあ、マードックはよしとする。可愛いから許す。〔誰が可愛いって? 私の目には魚眼レンズはついてない。〕
 とにかく、じたばたするマードックを引っ張って、その場を去る〔猿?〕フェイスマンであった。



 フェイスマンの調達したマンションでは、既にハンニバル、コングが待っていた。
「連れてきたよ。ああ、もう苦労したよ。」
 ドアをばっかんと閉めて、フェイスマンが溜息をついた。
「ご苦労。」
 暖簾を掻き分けて、葉巻を銜えたハンニバルが顔を出し、マードックを見ると葉巻を手に持って、にぱっと笑った。
「ほう……これはこれは。今度は何が始まるんだ、モンキー。」
「見てやってよ、ハンニバル。こんな格好したヤツ、助手席に乗せて、目立つの目立たないのって……。」
「あ、これー? いや、ちょっと暑いからさあ。看護婦さんに頼んで揃えてもらったんだ。」
 得意気なマードックとぼやくフェイスマン〔ボヤッキーか〕に一時に捲くし立てられて、ハンニバルは恭しく肩を竦めた。
 ハンニバルの後ろから出てきたコングはと言えば、マードックの姿を一目見るなり、額に縦皺を寄せて怒鳴る。
「ああー(語尾上がり)? 何やってんだ、このバカが。視覚に訴える暴力だぜ。」
「まあ、そう言わずによ。コングも、やる?」
「いいねえ。コングもやってみたら、アレ。」
 何を考えているのか、ハンニバル。
 しかし、コングはフンと鼻から息を出すだけで、奥の部屋に引っ込んだ。思いきりドアを閉めると、ドアノブがもげた。
「コング、行っちゃったけど、いいの?」
 ドアを指差すマードック。よく見ると、ご丁寧にも彼の指には、つけ爪が。さらに、真紅のマニキュアが。
「別にいい。」
 ハンニバルがきっぱりと言う。
「今は仕事不足で、選り好みができない状態だ。そして、今回の仕事は、飛行機に乗らなければならない。ってなワケで、コングがいない方がいいんだな、これが。」
「飛行機乗るの?」
 マードックがはしゃいでいる。踊り始めたマードックを、フェイスマンはちろりと睨んだ。
「ウサギのダンスのつもりかねえ……。」
 そんなフェイスマンの呟きを、ハンニバルは無視した。
「それじゃ、急いでるもんだから、コングに薬を飲ませて、続きは車と飛行機の中でってことで、よろしいかな?」
 ハンニバルが言うそばから、フェイスマンは牛乳にタポタポと睡眠薬を注ぎ入れ、わざとらしいほどのにこやかな顔と声で隣室に呼びかけた。
「コーング、お茶の時間! 特選牛乳、飲むかい?」
 途端にドアノブのもげたドアが開いて、コングが顔を出した。
「おう、気が利くな、フェイス。」



 さて、今回のお仕事は、カナダのファーマーさんから頼まれたものである。悪い地主に困らされている、とAチームに助けを求めてきたのだ。
 フランス系カナダ人のシャルダンさん(58)は、ビート畑を耕す零細農家のファーマーだが、地主のピコレット・ド・メスト一家に収穫の2分のルート3を差し出すように強要され、孫の小学校入学費用すら、ひねり出せない始末だった。実際にシャルダン家を脅す中心になっているのは、ピコレットの長男、サン・ポール・ド・メストなのだった。
 場面変わって、ここはフランス寄りカナダの田舎町(いわゆるフランス移民の子孫の町)、セボン。急ぎだってんで、リッチに飛行機に乗っては来たものの、この仕事の依頼主が必要経費として飛行機代を払ってくれるかどうかが、フェイスマンには悩みの種であった。それと、空港からここまでのバス代も。
 コングは、箱に詰めてキャリーに括りつけてある。ゴットンゴットンと段差の部分で揺れるたびに、箱の中から“ウー”という呻き声が聞こえる。
 道行く人々が振り返る。しかしそれは、木箱から聞こえる呻きによっての反応ではなく、やはり依然としてバニーちゃんの格好をしているマードックを見ての反応なのである。
 カナダは、やはり寒い。なぜならば、北に位置しているからだ。バニーちゃんの服は、カナダには合わない。そう気づいているのは、フェイスマンだけだったが。そこで、彼は言った。
「何か着た方がいいんじゃないか、モンキー。……別にその格好がどうとか言うつもりはナイけど。」
「あ、そう? そう言われると、ちょっと寒いかも。何か着るモンある?」
「えーと、ちょっと待ってろよ。」
 フェイスマンが鞄をごそごそと探った。
「こんなの、どう?」
 取り出したのは、金ボタンのついた裾の短い青いジャケットである。
「こりゃーいいや。」
 バニーちゃんの上から上着を着込んで、マードックは金ボタンを留めた。
「どお、ハンニバル?」
「ううむ。さしずめピエール・ラパンってとこだな。よく似合っているぞ、モンキー。」〔素直にピーター・ラビットって言えよな。〕
 ビアトリクス・ポターが聞いたら、卒倒しそうなセリフである。
「あんがと。」
 マードックは礼儀正しいので、ちゃんとお礼を言った。
「ところでフェイス、まだ何か面白い服ある?」
 完全に、フェイスマンとマードックの趣旨がずれている。
「面白い服なんか……あ、あった。」
 鞄の下の方から、フェイスマンは赤いスカーフを取り出した。それは、合成繊維でできた、巾40cmくらい、長さ2メートル強の、赤い赤い長いスカーフだった。
「うひゃー、カックいい! イカすぜ大将、ナイスでグーだよ。」
 とマードックはフェイスマンからスカーフを引ったくり、首に巻いた。考えたくない姿かもしれないが、一応、今のところのマードックの装いを見てみよう。
 頭につけた、ウサギの耳、薄い桃色でほとんど白にも見える。チャチなホワホワのポリエステルの毛は、汗ばんだ肌についたら、とても痒いだろう。値段は14ドルくらいか。頭に留める部分、カチューシャと呼んでいいのだろうか、この部分はマードックの頭には小さすぎていた。本物の耳の上、4cmの場所で、カチューシャの端は終わっている。カチューシャの裏の滑り止めのギザギザは、彼の頭頂部の額に、くっさりと刺さっている。レオタードのような胴隠し部分は、胸毛を隠すには短かった。(中略)網タイツは……略。そして、コンバース・ハイカットの黒。(中略)要するに、あまり見たくない姿であった。
「ところで、クライアントと連絡はついたのか、フェイス?」
 と急にマジになるハンニバル。しかしその顔は、にぱっと笑ったまま、葉巻を銜えている。
「んー、空港まで迎えに来るって言ってたんだけど、空港にはいなかったし……。目印はセボン・タイムズなんだけどねえ……。」
「そんなのあるのか?」
「町役場で出してるんだって。」
「じゃあ、あの人じゃない?」
 つかつかと、空港行きバス停留所のベンチに座っている、くたびれた中年(老年?)に歩み寄るマードック。
「あんた、シャルダンさん?」
「はあ……あの……あなたは?」
 マードックのド派手な格好に、引け腰の中年。シャルダンさん(58)か。
 ブー。はずれ。シャルダンさんは、バースデイを迎えて、昨日めでたくも1つ年を取ったのだった。残念。正解は、シャルダンさん(59)でした。
「俺たちはAチーム!」
 ばんと胸を張ってハンニバルが言うが、へらへらと笑いを浮かべている太めのオジサンと、自分より大きな不審な箱を括りつけたキャリーを引いて疲れた顔をしている色男と、奇妙キテレツな服装の頭のイカれた男が並んでいても、“神出鬼没で困っている人を助けてくれる、オールマイティで最強のAチーム”だとは、とても信じ難い。
「……本当に?」
「本当に本物のAチームだが、何か異存があるのかな?」
「4人と聞いていましたが。」
「残りの1人は、この箱の中。」
 シャルダンさん(59)は、そっと箱の中を覗き込んだ。
「失礼しました。私の想像と少しばかり違ってましたんで。――ああ、申し遅れましたが、私がサワデー・シャルダンです。」
「俺はハンニバル・スミス。こっちがフェイスマンで、この変なのがモンキーで、箱の中のがコングだ。」
「よろしく頼みます。そうそう、約束の時間に約束の場所まで行かなんで、申し訳ない。ド・メスト一家に車を壊されてしまって……。家の近くまでバスは来てないし、仕方ないんで歩いてここまで来ましたが。」
「じゃ、俺たちも歩いてシャルダンさんちまで行くってわけなの?」
 フェイスマンの顔から血の気が失せていく。コングを引いて歩くんじゃ、尚更である。
「そんな顔しなさんな、行軍だと思え。どうせ遠くったって、歩いて1、2時間くらいだろう?」
「いえ……4時間はゆうに歩くんで……。」
「4時間か。」
 ちょっと考えてしまうハンニバルであった。フェイスマンは足下に卒倒している。マードックは話すら聞いていない。
「よし、レンタカーを使おう。近くにあるか?」
「そうですねえ、一番近いのが、空港のところにある店だったと思いますが……。」
「それなら、バスに乗って空港に戻ろう。」
「しかしながら、それは無理です。」
「なぜに?」
「今日の空港行きのバスは、5時間前に終わりました。ついでに言っておきますと、他のバスも、もうありません。ここには1日に2本、空港行きと空港発のがあるだけです。」
「空港まで歩くと、どのくらいだ?」
「6時間強ですかね。」
 じっと考えるハンニバル。
「よし! フェイスとモンキーは空港に向かい、車を借りてくる。俺はコングを連れて、シャルダンさんと共に家へ行く。ヒッチハイクも可、だ。」
 つらいよな、Aチームも。5人は、ぱっと二手に別れて歩き始めた。と、そこに……。
“ブゥオオオ――ン!”
 なんと!! 天の恵みか、車の排気音!!
「やりぃ、普段の行いがいいと、こういう事もあるんだね。」
 フェイスマンは、その真っ赤なスポーツ・カーを停めんと、ライターをつける形の手をぶんぶん振り回した。
 赤いスポーツ・カーはスピードを落とし、Aチームの前を徐行で通り過ぎつつ、こう言い放った。
「やーい、シャルダンのバーカ。車も持ってねーでやんの、このビンボー人!! フローム・サン・ポール・ド・メスト。」
 いい性格していらっしゃるぞ、こいつ。ド・メストの手下か。
「敵の正体が見えたな……。」
 リーダー然とした面持ちで、ハンニバルが呟く。
 赤スポーツ・カーは、走り去っていった。窓から空缶、投げ捨てつつ。しかも、ポストウォーター(プリンシェイクでも可)。



 8時間後、Aチームはシャルダンさん宅で、遅い夕食を摂っていた。豆のスープ。それも缶詰を温めて薄めただけのもの。西部のガンマンでも牛追いでも、もっとマシな夕食を摂ると思うが。さらに、そのスープはキャンベルではない! Aチームの面々が不服そうにしているのも、無理のないことだ。キャンベル以外の缶詰スープなんて……。それと、取ってつけたようなビーツサラダ。人間の食い物じゃねえぞ。
 シャルダンさん宅前に停められたオンボロのレンタカー、コング入りの箱、哀愁をそそりやがる。
「助けて下さい……。」
 不意に涙ぐむシャルダン氏。
「そう言われてもねえ……俺たちもボランティアじゃないんだからさ……。」
「助けてくれるまでは、死んでもあなたたちを離しません。」
 さめざめと泣くシャルダン氏であった。でも、死んだら屍の手を開いて離せばいいんだけれど、やっぱり人情っていうものがあるから。
「わかった、シャルダンさん。月にいくらなら払える?」
「200がせいぜいです。」
「よし、Aチームは平常料金20万ドルが相場だから……毎月200ドルを1000回払いだ。何のことない……83年とちょっとだ。孫の代には払い……終えないか。ま、大したことないさ。」
 ハンニバル、計算が速い。もしかして商業高校卒じゃあるまいな。
「仕方ありません……このままド・メストに好き勝手にされるよりはマシです。」
 シャルダンさん、悲愴な覚悟だねえ。ハンニバルは、そういうタイプにはちょっと甘い。
「じゃ、引き受けましょう。」
「1000回払いですか?」
「ああ。200ドル×1000回だが、今回に限って、2回目以降は踏み倒しも可だ!!」
 かくして商談成立。めでたしめでたし。(あとになってフェイスマンが文句を言ったが、もう遅い。)
「では、夜も遅いが腹が減ったので〔今、食事中じゃなかったか?〕、ド・メストの家へ殴り込みだ! コングは起きたか!?」
 勢いづくハンニバルの出端を、フェイスマンが挫いた。
「まだ寝てる。」
 誰だよ、適量の2倍もの睡眠薬をミルクに入れた奴は。
「寝てる奴は、放っとけ!」
 こうしてコングを除いたAチームの3人は、ド・メスト宅へ向かった。



 どげぇーん!!
 ド・メスト宅の玄関の扉は、もろくも壊れた。コングがいないので、前もってマードックとフェイスマンが、ドアに切れ目を入れて、蝶番のネジを抜いておいたのを、ハンニバルが蹴ったのであるが。コソクだぞ、Aチーム。しかし男はハッタリだ。
「はーい、どちらさま? あら、やあねえ、ドア壊れちゃったわ。」
 お上品な言葉使いをしているが、その実体は汚い男だ。ただのオカマかもしれない。彼がサン・ポール・ド・メストだ。
「サン・ポール・ド・メスト!!」
 本当ならコングが叫ぶ場面のはずだが、代わってマードックが叫ぶ。コングちゃんなら、こう言うだろーな、と。
「てめえ、シャルダンさんから奪い取った今年の収穫の2分のルート3と、孫の給食費用〔入学費用だろ〕と、粉ミルク1缶とデルモンテのトマトジュースお中元用1ケース(24本入り)、耳を揃えて返してもらおうじゃねえか。」
「あら、そんなもん、もう私たちのオナカの中よ。それでも返せって言うんなら、アタシのこの体で……。」
「そうか、じゃ払ってもらいましょう、その体で。」
 何を言い出す、ハンニバル。サン・ポール・ド・メストは、はっと気づいたようにAチームの面々を凝視した。
「ま〜あ、そちらのオジサマ、アタシのこ・の・み。綺麗なオナカのカーブが素敵ね。そっちの坊やもカワイイお目々してぇん。……でも、こちらのノッポさんの凛々しいお顔、私、もう、シビれちゃう〜ん。」
 ……はあ。こいつ何とかして。
「……ハンニバル。俺、鳥肌立ってきちゃった。」
 フェイスマンが、少しずつハンニバルの後ろに隠れていきながら囁いた。
「モンキー、この際だ。お相手しろ。」
「はあーい。」
 元気いいお返事をして、マードックはベルトを解き、羽織っていたコートをすちゃっとはだけた。もちろん、その下はバニーちゃん。
「はあい、私、バニーちゃん。精神病院から抜け出してきたの。さあ、一緒に遊びましょ!」
「まあ、ステキ! アタシと一緒に別室で歯医者さんごっこしましょ。」
「えーっ、歯医者さんごっこォ? そんなの、やあよォ。今どきのトレンドは、獣・医・さ・ん・ごっ・こ。」
「そ……それだけはヤメて下さらない!? ああ、ダメ。ダメなのよ、アタシ。獣医なんて、そんなケダモノ、ああ……。」
〔獣医さん、ごめんなさい。悪気はありません。〕
 部屋の中へ逃げていくド・メスト。この勝負、マードックの勝ちだ。
「お、覚えてやがれ!!」
 叫んだのは、口の悪い部下A。
「覚えているとも。」
 勝ち誇るAチーム。



 翌日。Aチームが薄いスープで朝食を摂っていると、シャルダン家の前に赤いスポーツ・カーが停まった。
「仕返しに来たのかな?」
 窓からフェイスマンが覗いてみると、車のドアが開いて、部下AとBが2人がかりで何やら段ボール箱を積み下ろし始めた。
「何だろう?」
 見守るAチームの前で積み下ろしを終えた部下は、再びスポーツ・カーに乗り込んだ。
「ごめんなさい、アタシが悪かったわ。お借りしたものはお返しします。フローム、サン・ポール・ド・メスト。」
 言い残して去っていく部下2名。
「収穫の2分のルート3と、給食費〔入学費だってば〕と、粉ミルク1缶と、トマトジュース24本だ。」
 早々と箱を開けて、フェイスマンが言った。
「改心したのかね、昨晩の勝負で。」
 ハンニバルが、つかつかと箱に歩み寄る。
「待て、フェイス。喜ぶのはまだ早い。これを見ろ!」
 ババーンとハンニバルが指差したのは、トマトジュースの缶。
「これが、どうか……したの?」
 首をひねるフェイスマンの方へ歩を進め、ハンニバルは人差し指を伸ばしたポーズのまま、その指を缶へペトリとつけた。
「ここだ、よく見ろ! これでわからなかったら、フェイス、お前の目はフシ穴だ。」
 注意深く、缶の表示を読むフェイスマン。
「カ、ゴ、メ……。そうか!」
 奪い取られたトマトジュースはデルモンテだったのだが、このトマトジュースはカゴメのだ。〔カゴメの人、ごめんなさい。悪気はありません。〕
「ド・メストめ……。売られたケンカは買わにゃなるまい。」
 ハンニバルの瞳は、メラメラと炎を燃やしていた。
「コング!! フェイス!! モンキー!! 作戦開始だ!!」
(Aチームのオープニングテーマ、鳴り響く。)
 チェーン・ソウで鉄パイプを切るコング。何かの部品をはめるフェイスマン。トマトジュースの缶にペイントするマードック。それら全てを満足気に眺めるハンニバル。
(Aチームのテーマ、終わる。)



 ピンポーン。
 鳴り響くチャイムに、ド・メストは奥からパタパタと走り出てきた。と言っても、まだドアはない。
「あら?」
 ばばーん。
 彼を狙っていたのは、コングお手製の、その名もトマトジュース砲。その先から、カゴメのジュース缶がド・メスト目掛けて重々しく飛んだ。〔スチール缶だよな、当たると痛いぞ。〕
 ガコッ。
 ド・メストの頭蓋骨が、ちいとばかし陥没する音。
「デルモンテのトマトジュースだ、ド・メスト。カゴメじゃなくってな。」
 葉巻を片手に、ハンニバルが言い切った。
「それと、シャルダンさんには今後一切、手出ししないと約束しろ!」
 返事はない。
「は・い、や・く・そ・く・し・ま・す。」
 マードックが、失神しているド・メストのほっぺたを、ぷにぷに引っぱりつつ、腹話術よろしく答える。一件落着。
「でも、ド・メストのことだから、まだシャルダンさんを脅すかもしれないよ。」
 心配性のフェイスマンが懐から、いつ作ったのか、もう手出ししませんの契約書を取り出すと、失神しているド・メストの腕を取って、トマトジュースのプルタブで彼の親指を切り、血判を押した。
「もう、これで大丈夫。」
 一安心のフェイスマン。
 そしてAチームは、片道8時間の道を、赤いスポーツ・カー(貰った)に乗って30分で走破し、帰途についたのであった。



 さて、これでA’チームも、金曜の夜の修羅場を終了して、帰途につけるぞ。めでたい。
【おしまい】
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