冷たい雨にうたれて
ふるかわ しま
「行かないで薔薇和さん!」
 窓子の悲痛な叫びが、雨の舗道に響き渡る。
「許してくれ窓子。所詮、俺たちは結ばれない運命だったんだ……。」
 背を向ける男の肩にも、大粒の雨滴が光っている。
「ひどいわ! あの夜……あんなにも固く誓い合ったのに……。天使のような君に捧ぐとカラオケで歌ってくれた『よせばいいのに』は嘘だったのね……。」
「窓子、済まない……。でも……でも、牛乳と小魚は男の夢なんだっ!」
 追いすがる女を振り切って走り去る男。
 泣き崩れる窓子。彼が可愛いと言ってくれたからこそ、世間の冷たい目にさらされながらも一生着続けるつもりだったバニー・スタイルの衣装にも、無慈悲な豪雨が打ちつけている。
 昨日まで仲睦まじい恋人同士、海外テレビのチッチとサリーと呼ばれていた幸せ一杯の2人に、一体何が起こったというのか……。
 話は数時間前の、12月26日の夜に遡らねばなるまい。



「ねえ、ハンニバル。星の位置、これでいいかな?」
 巨大なツリーの頂に星をぶっ差しながらフェイスマンが問う。
「いいねえ、シンプルかつゴージャス、モミの木の緑に金色が映えて、実にイカしている。ところで、星以外の飾りは、そりゃ一体何だ?」
 ハンニバルの指差す巨大なツリーは、確かに“そりゃ何だ”と聞かざるを得ない、鬼気迫る風情の代物であった。高さ約2メートルの株。植木鉢などという洒落たものは、もとよりなく、ブリキのバケツに足を突っ込んで居心地悪そうにつっ立っている。ボディには、来年の日めくりカレンダーを始めとして、七夕の短冊、しゃもじ、ラッパ、ブラジャー、ゴミ袋etc.……。
 日付はクリスマス・イヴを362日後に控えた12月27日。しかも外は雨。クリスマス・パーティには、あまりにもうってつけな夜である。
「フェーイス。もう少しまともな飾りつけはできなかったのか?」
「だって仕方ないだろ、ハンニバル。気まぐれでクリスマス・パーティやろうなんて言い出すんだから。12月26日の朝に言われたって、ロクなもん揃いやしないよ。」
「だからと言ってブラジャーだのパンティだのは、ないんでないかい?」
「それしか揃わなかったんだよ!」
 ブラとパンティしか揃わない状況とは、一体何であろうか。
 ピンポーン!
 ドアベルの音と同時に、例によってバニーちゃん姿のマードックとコングが登場。
「メリークリスマース! やっほーフェイス。おっ、なかなかいいツリーだねえ。」
「何がメリークリスマスでい。サンタなんて、もう一昨日ラップランドに帰っちまってるぜ。12月27日にクリスマス・パーティなんて、時差でもなきゃ世界中のどこの家でやるっていうんだ。」
「普通じゃつまらないと思ってね。知っての通り、本物のクリスマスは、ストックウェルのお招きでパー。クリスマスなしで1年の終わりを迎えるなんて、いかにも淋しいじゃないか。」
 さすがハンニバル、節目節目を大切にするお方。
「そうそう。豪華な料理だって調達してきたしね。」
 フェイスマンが得意そうに指し示すテーブルの上には、数の子、伊達巻、栗きんとん……この時期ならではの豪華さである。
「料理はいいんだが、1つだけ問題があるんだ。」
 ハンニバルが重々しい口調で呟く。
「して、その問題とは?」
「モンキー、それはな、クリスマス・ツリーの飾りの件なのだ。……そこで、コング、マードック、命令を与える!! 今から2時間以内に、素敵なツリーの飾りを調達してくること!! ただし! ブラジャーとパンティは不可!!」
 ブラジャーとパンティが不可なことくらいは、精神病院出たり入ったりの身の上でも推測がつく。しかし、12月27日に“素敵なツリーの飾り”とは。
「全く、大佐もフェイスも、何考えてやがるんだ。」
 文句たらたらのコング。
「クーリスマスークーリスーマスー。さーて何を飾ろうか。」
「ツリーなら、サンタとトナカイ、星と電飾と相場が決まってるぜ。」
「何、無粋なこと言ってるの。斬新な時期のクリスマスなんだから、もっとステキなもの飾らなくっちゃ。」
「ステキなもの?」
「そ。ステキなの。」



 1時間後、ショッピング・カートを押して、スーパーマーケット内を爆進する2人の姿があった。
「トロ、ウニ、イクラ、タマゴヤキのツリーは?」
「やめろ。」
「ベビーソックス、ガラガラ、おしゃぶりツリー。バナナ、キウイ、マンゴーのツリー。チアー、ダッシュ、ドメストのツリー。」
「黙らねえとブッ飛ばすぞ。」
「どうしてさ。トロ・ウニツリーはヘルシーなジャパニーズ・フードへの敬意を表して、赤ちゃんツリーは丈夫なベビーが誕生しますようにとの願いを込めて、洗剤ツリーは一般のツリーにはない清潔感を演出できる。やっぱりツリーにも主張を込めないと。」
 喋りながら、目についた物をポイポイとカートに放り込むマードック。
「ほらほら、コングちゃんも選んで選んで。」
 マードックに急かされて、渋々品物を選び始めるコング。
「ヤシの実とキワノでトロピカル・ツリーってのはどうだ。」
「ダメダメ。そんなの誰でも考えつくレベルだよ。」
 考え込むコング。
「タワシと菜箸で台所ツリー。」
「タワシはいいとこついてるんだけどねえ。」
 再び考え込むコング。
「思いついたぜ! 牛乳と小魚で、元気な体をつくるカルシウム・ツリーってのはどうだ。」
「センスのかけらも感じないね。」
「抹茶とバニラで和風アイス・ツリー。」
「甘い。」
「七味と洋芥子で薬味ツリー。」
「辛い。」
「水戸納豆ツリー。」
「まだまだ。」
「長ネギ玉ネギ・ツリー。」
「基本がなってないね。」
「サンダル・ツリー。」
「ダメ。」
「えもんかけ・ツリー。」
「ダメ。」
 涼しい顔で却下するマードック。いつの間にか本気になっているコング。
「門松ツリー。」
「お正月じゃないんだから。」
「クリスマス・ツリー。」
「クリスマスじゃないんだから。全く修行が足りないね。でかい図体して、まるでセンスないんだから。」
 ピキッ!
 コングのこめかみに、青い血管が浮かび上がった。握り締めた拳は、怒りで震えている。
 ヤバイ……。
 マードックのコング・メーターが、一気にDangerまで撥ね上がる。気づいた時、既に遅し。コングは大魔神化を終了していた。
「ガタガタぬかしやがって、このウスラトンカチ野郎! なーにがクリスマス・ツリーだ。いい加減なことぬかしやがって!」
 ブウ〜ン!
 コングの腕が唸り、青果棚のスイカの山を叩き潰した。
「ひー。ごめん、コングちゃん!」
 逃げ出すマードック。コングは大根を2本引っ掴み、マードックの後を追う。棚の間をチョロチョロと逃げ惑うマードック。勢い余ってシリアルとベビーフードの棚を殴り倒しつつ進むコング。
「わかったわかった。今年のクリスマスは長ネギ玉ネギ・ツリーでいいからさ……。」
 シュッ……!
 マードックの頭の真横を大根がかすめ、キャットフードの缶がガラガラと崩れて通路を埋めてゆく。派手な大男のいきなりの猛攻に、他の客は皆、見て見ぬフリ。たまりかねたスーパーの店員が叫ぶのは、こういう場合の決まり文句とも言える一言。
「喧嘩なら外でやれ、外で!!」
 である。
「済みませーん。すぐ出ますから。」
 逃げ惑いつつも笑顔で答えるマードックは、カートを盾にコングから身を守りつつ出口へ。
「ほら……コングったら、店の人に迷惑だろ? 買い物も終わったことだし、今日のところは、この俺様の広い心で許してやるから……ひいっ、やめて!」
 とうとうマードックを追いつめたコングは、彼を軽々とリフトアップすると、ズカズカと店を出る。店の前の舗道にドサリとマードックを落とし、スタスタと立ち去りかけたコングが、振り向いて叫んだ。
「いいか! 今年のクリスマス・ツリーは、牛乳と小魚だ!! カルシウムは男のロマンだ! よく覚えとけ、この網タイツ野郎!!」
 捨てゼリフを残して去っていくB.A.バラカス。残されて1人立ち尽くすマードックの肩には、無情な雨が打ちつけていた。



 その夜、Aチームに訪れた遅いクリスマス・パーティは、いりこで飾られたツリー(仕上げに牛乳が注いである)が、バケツに足を突っ込んで、居心地悪そうに佇んでいた。 
【おしまい】
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