ちっとも野生じゃないエルザ
ふるかわ しま
「彼女は現在6歳と8カ月です。とても頭のいい女の子で、1歳の秋にはもうレゴで汽車を作っていました。3歳になる頃には……もう足し算、引き算もできたんですのよ。朝は必ず6時に私を起こしに来てくれて……カーテンを開けて光を入れてくれるんですの……。私が疲れて帰ってくると肩を揉んでくれたり、部屋が散らかっているとテキパキと片づけてくれますし……。テレビのニュースが大好きで、野球でヤンキースが勝つと、そりゃあもう大喜びで……。とても快活な性格で、家中を走り回って暮らしていましたのよ。そうそう、パーティも大好きで、ゲストの方々に愛想を振りまく一方、ロブスターにツバをつけて所有権を主張するのも忘れません。時々、大理石の柱の所にお漏らしをしたり、近所の飼い犬にちょっかいを出して吠えられたりもしましたけれど、とてもいい娘なんです。私の宝物です――。そのエルザが……いなくなってしまったんです……!! 今朝から姿が見当たらなくて……、ええ、あちこち捜しました。お友達の所にも片っ端から電話をかけました。それでも見つからなくて。今まであの子、1回も1人で外出したことなんてないんですの。1回もなかったんですのよ!! きっと誘拐されたんだわ……。スミスさん、お願いです!! エルザを取り戻して下さい!! お金ならいくらでも払います!!」
 ここまで一気に捲くし立てた超派手かつゴージャスなお婆ちゃんは、ここで一旦インターバルを取ると、スワトウのハンケチで勢いよく鼻をかみ、丸めて屑篭に捨てた。
“金持ちだ!”
 フェイスマンのリッチセンサーが“OK”サインを送り始めた。
「もちろんお受けしますとも、奥様。大切なお嬢様が誘拐なんて、夜も眠れないほど、ご心配でしょう! このハンニバル・スミス大佐と愉快な仲間たちにお任せ下されば、48時間以内にお嬢様をお救いしてお返しします!」
 きっぱりと言い切るフェイスマン。その横でソファにどっかりと腰を下ろし、葉巻を銜え、白い歯を見せて笑いながら座しているジョン・スミス大佐。本当に大丈夫なのか?
「して、奥様。エルザさんがいなくなった時の詳しい状況と、エルザさんの外見上の特徴を教えて下さい。」
「エルザは――。」
 ゴージャスなお婆ちゃんは、シルクのストッキングを指で直して、座り直した。
「朝の10時頃でした。朝食の片づけを済ませてエルザの部屋に行ってみると……彼女の姿はどこにも見当たらず、窓が開いていました。」
「ほほう。で、身代金の要求は?」
「ありません。何の手掛かりもありませんの……。でも、でもきっとエルザは誘拐されたんだと思います!! エルザはどこか、こう……浮世離れして気高く、12月に初めて降る雪のように清らかで美しいんですもの……。」
 おばあちゃんの目は、既に遠くに行ってしまった人のそれであった。
「それで、エルザさんの特徴は?」
 ハンニバルが穏やかに問う。
「目はブルー。髪は金色。いなくなった時は水色のトレーナー上下を着て、革の首輪をしていました。スーパーの袋を見ると中に入る癖があります。郵便屋さんが好きです。匂いを嗅ぐのも好きです。名前を呼ぶと、耳が後ろを向きます。写真はありませんが、とにかく普通の娘とは外見が違うので、すぐにわかると思います。報酬は1万ドルでいかがでしょうか?」
「写真がないとおっしゃいますと、捜すのはなかなか難しくなります。失礼ですが、お嬢様は、お母様似ですか?」
「どちらにも似ておりません。でも、エルザは普通の娘と違いますの。だから報酬を弾んでいるんです!」
「……わかりました。お受けしましょう。」
「ただし、料金は後払い。もしエルザに万が一のことがあれば、ビタ一文払いません!」



 お婆ちゃん家を辞して、歩道をてくてく歩きつつ考え込む2人。
「なあ、フェイス。……何だか変だと思わないか?」
「……確かに……何か変だよね。普通、娘が誘拐されたら、Aチームよりポリス呼ぶよね……。それに安すぎる! 1万ドルなんて報酬じゃ、普通の探偵なら鼻も引っかけないよ。」
「ふむ。だが今、俺たちは選り好みしていられる状況ではない。さっさと令嬢を見つけ出して、1万ドル貰って、あの超ド派手お婆ちゃんとおさらばだ!!」
 宣言するハンニバル。黙って頷くフェイスマン。
「まず情報を整理しよう。派手なお婆ちゃんは金持ちだ。そいでもって娘が今朝、失踪した。」
「失踪? 誘拐って話だぜ。」
「証拠はない。」
「それもそうだね。」
「状況は大体わかった。次はエルザについての情報を整理しよう。」
「エルザについて、だね。」
「まず、エルザは令嬢だ。」
「そう、令嬢ね。」
「金髪碧眼、6歳で、水色のスウェットの上下を着ている。革のネックレスもだ。好きなものはロブスター。」
「6歳の娘にしては、変わった趣味だね。」
「スーパーの袋と郵便屋と、匂いを嗅ぐのも好きらしい。」
「超変わってる。」
「確かに変わっている。人間離れしていると言っていいくらいだ。」
「確かに。スーパーの袋に入るのが好きなんて、まるで猫みたいだね。」
「ああ。」
 黙々と歩き続ける2人。2人とも、眉間に皺が寄ってしまっている。そして15分経過。
「……なあ、フェイス。さっきお前、エルザのこと何て言った……?」
「何て……って……。令嬢で……変わってて……。」
「その後だ。」
「まるで猫みたいだって……。」
「そうだ!! わかったぞ!! 猫だ!!」
「へっ?」
「猫だ、フェイス。エルザは人間じゃなくて、猫なんだ!!」
「まさか。だって足し算・引き算をこなして、レゴで汽車が作れる猫なんて、どこにいるって言うんだい?」
「だが、スーパーの袋とロブスターと郵便屋は、すべて猫の嗜好品だ! それにあのお婆ちゃん、エルザのことを一言も“娘”とは言っちゃいなかったじゃないか!!」
「そうか! それなら異常に安い報酬のことも納得が行く!」
「そうと決まったら、この街のネコ・スポットを片っ端から捜すぞ!!」
「おう!」
 しかしAチーム×1/2がペット捜しとは、何とも落ちたものよのう。



 1時間後、水色のスウェット上下を着せられたペルシャ猫“エルザ”は発見された。これで1万ドルはAチームのもの……と思いきや、何とエルザは近所のオス猫2匹と3Pでサカっていたのだった!! 事もあろうに、それをそのまま、お婆ちゃんに伝えてしまったフェイスマン。エルザの行っていた行為は“万が一のこと”と見なされ、Aチームにはビタ一文払われませんでしたとさ。 
【おしまい】
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