大爆破! 醤油って書ける?
ふるかわ しま
 サンデー・モーニング、午前8:00。
「爆破してほしいんだわ、パーッとひとつ。」
 依頼人は、のっけからハイだった。
 日曜の早朝、突然ベーカー街の愛の巣、じゃなくてフェイスマンがずるい手を駆使して入手したばかりのマンションの一室に飛び込んできたこのオヤジだが、ハンニバル・スミスの引っ越したばかりの住所を知っていることからして、タダ者ではないはず。
「と、言われましても、ミスター・デルハインツ。」
 ハンニバルが静かに返答する。ベッドに半身を起こして、フェイスマンが入れた朝のコーヒーを啜っている状態に踏み込まれた時でさえ、ハンニバルは冷静だ。彼に他人のハイは伝染しない。彼がハイになる時、それは常にその場先取り。
「ただの取り壊しなら、解体業者に依頼した方がいいんでないかい?」
「そらま、そうだども……、あれま、あんた何でわしの名前知ってるだかなあ?」
 それはそうだ。彼、まだ名乗ってない。はっ、もしかしてハンニバルったら、シャーロック意識してる……?
「Tシャツのプリント、ただ読んだだけなんだけど……当たりみたいね。」
 フライパン片手に台所から顔を出したフェイスマンが答える。フライパンはもちろんテフロン加工。油を引かずに卵が焼ける優れ物だもの。
「あんれま、そうだった。これ、うちのペナールチィ・グッズ。」
「……ノベルティ・グッズと言いたいね?」
「そう。そのノベルチー・ズック。去年、うちの工場の30周年記念の時に作っただ。」
 得意気に胸を張るTシャツには、ベティ・プープ面のトマトとでっかいデルハインツの文字。
「金は出すだ。どうか、わしの仕業と見破られぬように爆破して下せえ。」
「……何を?」
「わしの工場。」
 流れる沈黙。そして、それを破るのはフェイスマン。
「ちょっと待ってよ、デルハインツさん。あんたの工場でしょ、誰に見破られないように爆破しろっていうの?」
「工場長のデルハインツにだべ。」
「はあ?」
 頭がこんがらがるテンプルトン氏。
「……保険金詐欺の手助けならお断りするよ、ミスター。これでも清廉潔白が信条のAチームだ。」
 さすがハンニバル、目のつけ所が違う。
「保険金なんか、かけてねえだ……。」
 でも、ハズレ。
「ただ、わしは息子のためを思って……。お願いします、皆さん。どうか、わしの仕業だと息子に悟られねえで、工場を粉々にしちまって下せえ。あの忌ま忌ましい工場を……。」



 所変わって、ここはAチームのアジト。今回の依頼について説明するテンプルトン氏。
「……というわけなんだ。報酬は5万ドル。仕事は至って簡単。ミスター・デルハインツの息子、デルハインツ・ジュニアが経営する工場を爆破する。何か質問は?」
「は〜い。」
 元気よく挙手のマードック選手。
「フライパンはテフロン加工?」
「……もちろんだとも、モンキー。油控え目、テフロン加工だ。」
「ファンターポウ!」
(ファンタアップル=ファンタスティックの意。)
「……他に質問は?」
「は〜い。」
「モンキー?」
「じゃあ、大佐のダイエットは順調に進んでるんだ。」
「……そのはずだよ。……俺の見てない所で間食してなければね。」
「ふぁんたグウレイプッ!」
(ファンタグレープ=グレートの意。)
 ちっとも本質を把握してないマードックに、ちっともへっこまないハンニバルの腹さえ思い出され、溜息をつくテンプルトン氏である。
「……もっとマシな質問はないのかい、君たち?」
「しっかし自分の工場を爆破しろなんて、何考えてんだ、そのオヤジ。」
 頼りになるなあ、コングちゃん。
「話によると、デルハインツ氏は由緒あるケチャップ屋の家系らしい。祖父の代までは家内工業で細々とやって来たんだけど、デルハインツ氏が事業を拡大して、今では2つの大規模なケチャップ工場を経営してる。そのうちの1つを息子さんに任せてるって話なんだよね。今回、爆破依頼が来たのは、その息子さんが経営する2号工場の方。」
「何でまた、爆破なんかしたくなっちまっだんでい。何か裏があるんじゃねえのか?」
「それはわかんないけど……でも、この不況下、5万ドルは捨て難いもんで、つい……。」
「引き受けちまった……ってわけだ。」
 ハンニバルが後を引き継いだ。
「ファンたレイモンぬ。」
(ファンタレモン=特に意味なし。)



 百聞は一見にしかずということで、工場第2号の視察にやって来た4人。
「煎餅臭い。」
 いきなり言い出すB.A.バラカス。
「鼻がイカレてるんじゃないのか、コング。ケチャップ工場が煎餅臭く感じるなんて。」
「いや、フェイス、確かに煎餅臭いぞ。」
 ダイエットのせいで匂いに敏感になっているハンニバルである。
「ここ、本当にケチャップ工場なのかい? 俺様の動物並みの嗅覚は、違うベクトルを指してるんだけど……。」
「……その動物の嗅覚の意見は?」
「こいつは、ソイ・ソースの匂いだ。」
 ソイ・ソース。それは醤油。
「その通りです。」
 いきなり背後から男の声。
「わっ、びっくりした。あんた誰?」
 振り向く4人の前には、30代前半と見られる小柄な青年が立っていた。手には黒い液体の入った1升壜を2本持っている。
「私はマーク・デルハインツ。ここの工場の責任者ですが。皆様こそ、こんなさびれた醤油工場に何の用ですか?」
「はじめまして、ミスター・デルハインツ。」
 と1歩前に出るハンニバル。
「私はジョン・スミス。お父さんとは旧い友人で……近くまで来たものだから会えないかと思って。」
 にこやかに差し出す右手を無視して、青年は胡散臭そうにAチームを眺めている。
「……何者ですか? また、父の差し金?」
「だから、お父さんの友人で……。」
「嘘だね。父の友人なら、父がこの工場に寄りつかないことぐらい知ってるはずだ。……どうせまた、父がこの工場を打ち壊せとか何とか、下らないお願いをしたんでしょう。見え透いてるんだよなあ、やり口が。」
 ……ばれてーら。
「……立ち話も何です。中で話しましょう。ちょうど、手焼き煎餅も焼き上がったところです。」



 丸テーブルの上には、あらゆる種類の煎餅が、これでもかと並べられていた。
「父は、私が家業であるケチャップ職人を継がず、東洋の豆からできる調味料にうつつを抜かしていることが気に入らないんです。……父はケチャップこそがソースの王道だと信じて疑わぬ古いアメリカ人なので。父にとって醤油は、未だに敵国の邪悪なソースなのです。」
「しかし、なぜケチャップ屋の1人息子が醤油を?」
 ハンニバルが問う。
「……大学を卒業する際、生まれて初めてニューヨークへ旅行に行ったんです。その時初めてスシを口にし、世の中にこんな美味い物があったのかと、目から鱗が落ちる思いでした。何せそれまでは母が作るケチャップ料理しか食べたことがなかったものですから……。ショックでした。世の中にこんな味覚があったなんて……。醤油はケチャップのように甘すぎず、どんな料理にも合う。私はその時、決意したんです。醤油こそがソースの王様だと。そして醤油造りこそが男子一生の仕事だと!」
 マーク青年は、熱っぽく醤油への愛を語り続けた。
「お願いします、皆さん。父がいくらで皆さんを雇ったか知らないけど、その倍のお金を払います。どうか今回は見逃してやって下さい。時間はかかるかもしれないけど、必ず私は父を説得してみせます。そしてデルハインツをキッコーマン、ヒゲタと並ぶ立派な醤油メーカーにしてみせます!!」



 工場を後にしたAチームの面々。ハイウェイを飛ばしながら、今後について考える。何だか妙な展開になってしまった。
「爆破は取りやめでしょ、ハンニバル?」
 と、10万ドルに目が眩んでるフェイスマンが問う。
「当然でしょ。ただの親子ゲンカに俺たちが加勢する必要はない。」
「俺は醤油より、ケチャップの方が好きだな。何てったって僕ちゃん、ファンタオウレンジュなジューシイ・ボーイだから。」
 ファンタはジューシイではないと思うが。
「なあにワケわかんねえことほざいてやがる。醤油もケチャップも、たかがソースじゃねえか。」
 そりゃまた、大胆なご意見。
「しかしカエルの子はオタマだな。情熱の対象は違えども、職人気質だけはしっかり受け継いでる。」
 ハンニバルが感心したように言う。
「ああ。……だけど醤油工場ってのは儲かるんだね。ぽんと10万ドル払っちゃえるなんて。俺たちが最初の刺客じゃないみたいだし。……もちろん10万ドルは受け取っていいよね、ハンニバル。」
 心配気なフェイスマン。
「駄目だ。何もしてないのに金を受け取るのは、Aチームのポリシーに反する。これから親父さんの所に断りに行くから、お前がこの前こっそり受け取ってた前金の2万5000ドル、あれも返すように。」
 がっくりと項垂れるフェイスマンに、非難の視線を浴びせるマードック&コングちゃんであった。



「……というわけで、ミスター・デルハインツ。今回のお話はなかったことにしてくれ。ケチャップ屋を継いでほしいという気持ちはよくわかる。だが俺たちは、悪を粉砕するのが仕事だ。息子さんの醤油工場を爆破するのは筋が違う。」
「……息子に丸め込まれちまっただな。あいつは昔からそうだった。口ばっかり達者で、ロクに勉強もせんと……。」
 ……まるで誰かと似てる。by翔んでイスタンブール。
「この間いただいた2万5000ドル、お返ししますけど、交通費ほか諸々で100ドルほどいただいておきました。」
 さすがフェイスマン、しっかりしてる。
「……一度、息子さんとじっくり話し合ってみられたらどうです? 醤油造りだってビジネスとしたら悪くなさそうですよ。息子さん、羽振りよさそうだったし。」
 ハンニバルが優しく問いかける。ミスター・デルハインツは、しばらく下を向いて何か物思う風であったが、短い沈黙の後、決意したように顔を上げた。
「……わしは何も息子のやること全てを否定しているわけじゃねえだよ。確かに醤油は大嫌いだが、あいつが本当に醤油造りてえって言うんなら、認めてやってもいいと思っとる。ただし、わしの目の届かねえ所でなら。」
「じゃあ、どうして息子さんにそう言ってあげないんです? 息子さん、本気で醤油に取り組んでますよ。」
「違うだ……あいつは……。――仕方ねえ、全部話しましょう。実は、息子はあの醤油工場でヘロイン造ってるだ。醤油工場は隠れ蓑なんす。……おねげえだ、スミスさん、息子を立ち直らせてやって下せえ。」
 デルハインツ氏の瞳に、涙が光った。



 また、わけのわからない展開にはまってしまったAチーム。あの純朴な青年がヘロインとは。
「きっとあの親父さんの思い過ごしだぜ、ハンニバル。マークはヘロインなんて扱えるタマじゃねえ。」
「わっかんないよ、コング。この俺様が一見バカに見えて、その実、天才なように、人は見かけによらないからね。」
「誰が天才だ、このヒヤソーメン野郎。」
「……醤油工場にしては羽振りがよすぎるのも確かだ。」
 とハンニバル。
「しかし、あの青年の醤油に懸ける情熱も本物っぽいんだよねえ。」
 ついまた受け取ってきてしまった2万4900ドルの札束を数えながら、フェイスマンも呟く。
「いくらあの親父さんが、息子がヘロイン造ってると言ったって、麻薬はブツ押さえないことには話にならん。……よし、今夜あの醤油工場に不法侵入の上、家宅捜索だ。証拠が見つかり次第、工場は爆破する。みんな、火薬の準備をしておけ!」



(Aチームのテーマ曲かかる。作業している映像、流れる。)



 午前2時。黒装束に身を包んだAチームの4人とビーグル犬1匹が醤油工場の前に整列した。
「モンキー、何だよ、その犬?」
「こいつ? 俺の病院仲間で、ジャッキーってんだ。これでもこいつ、優秀な麻薬中毒捜査犬なんだぜ。」
「本当に役に立つんだろうな。」
「大丈夫だって、こいつ、近くにヘロインが1ミリグラムでもあれば、大量のヨダレと粗相で教えてくれることになってる。」
 ……大丈夫じゃないぞ、それ。
「よし、行くぞ!」
 工場内は暗く、そして醤油臭かった。直径5メートルはある大きな檜造りの樽が12台備えてあり、自然醗酵するポコポコという音が静かに響いている。
「本格的な造りだな。これがヘロイン精製のカムフラージュなんて考えられないよ。」
 樽の側面に取りつけられた梯子に登りながら、フェイスマンが言う。
「ああ、大豆も日本産の最高級の丸大豆だ。本当に通の仕事だぜ。」
 壁際に積み上げられた大豆の袋を読んだコング。
「ああ、この分じゃきっと水も天然ミネラル水を使ってるに違いない。やはり親父さんの思い違いか……。」
「待ってくれ、ハンニバル!」
 マードックが叫ぶ。
「どうした、モンキー?」
「ジャッキーが粗相してる。」
「何だって!?」
 ヨダレをだらだら垂らしながら工場内を一直線に進むビーグル犬と、それを追う天下のAチーム。何だか妙な光景。
 ジャッキーは、工場長室の金庫の前でピタリと止まった。
「よし、モンキー、爆破だ。」
「オッケー。」
 ボムッと小型爆弾で金庫の鍵を吹っ飛ばす。煙が引き、懐中電灯で照らした金庫の中には……確かにあった。禁断の白い粉。それも半端な量ではない。軽く3キログラムはあるだろうか。ジャッキーは1袋銜えて引きずり出すと、そのままどこかへ行ってしまった。去っていく後ろ姿は弾んでいた。ありがとう、ジャッキー。そして、さようなら。
「……俺たち、マークに騙されてたんだね。」
「ああ、やはりこの工場はダミーで、ヘロインが造られてたんだ。……仕方ない。コング、マードック、爆破の用意だ。」
「ああ。」
 工場内に散っていく2人。



「できたよ、ハンニバル。あと5分で最初の爆発が来る。」
「コングは?」
「ばっちりでい。15分もすりゃ、この工場、跡形もなくなるぜ。」
「よし、脱出だ!」
 出口に向かう4人。幸せなジャッキーも、いつの間にか戻ってきている。
 と、その時、いきなり工場の明かりが点いた。
「私の工場で何をしているんです!」
 マーク・デルハインツ氏、仁王立ちで登場。
「……あなた方でしたか。昼間の説得で諦めてくれたと思っていたのに。」
「大事なことを1つ話し忘れてたようだね? ヘロイン造ってるなんて、一言も言わなかったじゃないか。」
 ハンニバルが笑顔で言い放つ。
「そうそう、水臭いなあ、お兄さん。一緒に醤油煎餅齧った仲なのに。」
 フェイスマンも、にこやかにつけ加える。
「すっかり騙されたよ、マーク。本当に醤油に命懸けてる、今時感心な職人だと思ってたのに。」
「……騙してなんかいませんよ。嘘なんて一言もついてません。私は醤油と醤油造りが世界で一番好きです。」
「じゃあ、何で君んちの金庫から、あんなに大量のヘロインが?」
 ハンニバルの表情から、もう笑顔は消えている。
「ヘロインは世界で2番目に好きです。」
 いけしゃあしゃあと答えるマーク青年であった。
 どっか〜ん!
 1発目の爆発が起こった。
「ファンターポウ!」
 マードックが叫ぶ。
「私の工場に、一体何を……!?」
「悪いけど、どっかんさせてもらったよ。何てったって、元から断たなきゃ。」
「そんな……。」
「マーク、親父さんは君が麻薬ビジネスから手を引けば、醤油造りを認めてもいいと思ってる。」
「え……?」
 どっか〜ん!
「だから、今後一切、ヘロインからは手を引くんだ。」
「……父が……醤油造りを認めると……本当にそう言ったんですか?」
「おう、本当だとも。……親父さん、てめえのこと心配してたぜ。」
「父が……。――わかりました。皆さんの言葉を信じて、ヘロインからは手を引きます。……でも、皆さん、1つ思い違いをなさってるようです。」
「思い違い?」
「ええ。私がヘロインを造ってるのはここじゃない。ここはただの醤油工場。」
「じゃあ、ヘロインは一体どこで……?」
「ケチャップ工場の地下です。父の、ケチャップ工場の。」
「何だって!?」
 どっか〜ん!!
 その時、一際大きな爆発音が響き渡り、工場が崩れ始めた。



 後日、Aチームに1箱の小包が届いた。差出人はデルハインツ親子。中身は、手焼き煎餅の詰め合わせと、1通の手紙。
 Aチームへの感謝の念が記された後、文章はこう締め括ってあった。
『息子ともよく話し合ってみたのですが、工場の再建に莫大な金がかかるので、しばらく親子でヘロイン造りに専念することになりました。まとまったお金ができたら、必ずや残りの2万5000ドルをお払いします。敬具。追伸、醤油とケチャップを混ぜると、なかなかいいハンバーグ・ソースになります。』
 Aチームの努力は報われたのであろうか。ハンニバル曰く、
「親子の絆を取り戻せたんだから、それでよしとしましょ。」
 ハンニバルがよしとするなら仕方ない。
 従って、今回はこれでハッピー・エンドとする。
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved