Beer Barrel Polka at Tiffany
The A'-Team
*1*

 アメリカ人の80パーセントは体重を気にしている。女性の平均体重は70キロを超えたらしい。ということは、男女含めたアメリカ人全体の平均体重は、85キロくらいいってるんじゃないだろうか。



「それにしても、その腹は平均以上だと思う。」
 フェイスマンが言った。
「気にするな。俺は気にしてない。」
 と、ハンニバル。だって自分の腹は、自分じゃ上からしか見えないし。ハンニバルの見る鏡といったら、フェイスマン所有の魔法の鏡だし。どーしてか、服を買いに行った時は2割増しハンサム&スリムに見えることになっているアレだ。
「俺は気になるよ。ビア樽みたい。」
 後半はもごもごと口の中で呟いたフェイスマンである。
「いいじゃねえか、それくらい。恰幅いい方が、依頼人にも受けがいいぜ、きっと。」
 コングの発言は、結構、無責任。
「何がハンニバルの腹を膨らませたかってことを考えてみよう。」
 今回は学者風のマードックが、伸びるボールペン“発表に、授業に、講義に最適!”をシャキッと伸ばし、ハンニバルの腹の出っ張りの頂上をペシペシと叩きながら、鼻メガネをつっと押さえる。
「原因なんぞあってたまるか。これは俺の成長の証だ。」
 ペンの先を指先で摘み、ハンニバルは不機嫌に言い放つ。確かに成長の証ではあるが、行き過ぎだろう。
「来たわよ!」
 ドアをばーんと開けて、エンジェル(エイミー・アマンダー・アレン)登場。
「どうしたんだ、今日はえらく不機嫌だな。」
「どうもこうもないのよ。ニューヨークのエステに行ってきたんだけど、あと5キロ体重を落とせって言われちゃったのよ。この私がコレステロールを溜めてるですって! 冗談じゃない! って言いたいところだけど、やっぱりキレイになりたいし、思い切ってダイエットすることにしたのよ。で、1人でゴハン我慢するの悔しいから、天下のAチームとスリムになる喜びを分け合おうと思ってやって来たの。はい、お土産!」
 お土産! と言って机の上に投げ出された物は、と見れば、こりゃ懐かしい、ブルワーカー。
「そりゃいいや。頑張れよ、ハンニバル。」
 他人事と思うなよ、B.A.バラカス。
「何言ってんのよ。みんなでやるの! Aチーム、全員!!」
「ええっ?」
「やだよ。」
 とハモったのは、フェイスマンとマードックである。この2人は、自分だけはその必要がないと信じているのだ。
「もちろん俺は免除してくれるんだよね。」
 揉み手をしながらエンジェルを窺うフェイスマン。しかし、エンジェルはにっこりと微笑んだ。
「あと5センチ、ウエストが減ったら、今の2倍もてるわよ、フェイス。」
 もてないって。
「モンキーも……。」
 エンジェルの目が、ちらりとマードックを見る。
「お、俺も〜?」
「細いから何もしなくていいと思ったら大間違い。あんた、足や腕は細いけど、お尻は大きいし、あんまり筋肉ついてないし、それに何てったって、オデコが広いじゃないの。だから、一緒にダイエットするの。」
 すごい剣幕でまくし立てる、これでこそエンジェル。たじたじになって反論しようとするマードックだが、彼に言えたのは、ただ一言だけだった。
「……オデコは関係ないじゃん。」
「そうね、ダイエットとブルワーカーだけではオデコは戻らないわね。でも、プロの手で頭皮マッサージを施されたら、どうかしら?」
 エンジェル、何、企んでやがる。
「そ、そりゃあ、ちょっとはいいかもしれないけど……。」
 口籠もるマードック。彼は自分の頭皮力に、まるっきし自信がないのである。
「フェイスもよ。ダイエットだけではウエスト5センチ減は困難。でも、プロの手で“肉揉み出し”を施されたらどうかしら?」
「……そりゃ、違うだろうねえ。」
「ハンニバルも! ダイエットで腹を凹ませるのは至難の技! けれど、プロの手で“泥パック”を施されれば!」
 くどいぞ、エンジェル。
「……ねえ、エンジェル。君、ニューヨークのエステで、何か吹き込まれてきてない?」
 フェイスマンが恐る恐る尋ねる。
「鋭い勘ね、フェイス。実はこれ、依頼なのよ。」
「依頼!?」
 声を揃えるAチーム。
「ニューヨークのエステティック・サロン“ティファニー”は、創立1周年。でも、未だかつてここのエステで痩身できたお客はいないの。セオリーは完璧なのに! 来る客来る客、みんなジョン・ベルーシ張りの食いっぷりで、いくらマッサージしても一向に痩せなくて、変な噂が立っちゃったの。あそこのエステはかえって太る、呪われてる、って。」
 太るエステ。そりゃ、流行らん。
「で、俺たちに何しろってんだ。まさかニューヨークへ行けと……。」
「そう! あなたたちの役目は、エステのモニター。1カ月で5キロ痩せたら、つまり私も含めて5×5=25キロ減ったら、成功報酬50万ドル!! さ、ニューヨークへ行くわよ、Aチーム!!」
 こうしてエンジェルに引きずられ、ニューヨークに向かうAチームだった。



 舞台変わって、ここはニューヨーク。セントラル・ステーション前に降り立ったAチームの目にまず飛び込んできたのは、どでかい看板だった。
ダイヤモンド・フェア この夏、輝くボディになる
  クリスティのエ・ス・テ
   ――エステティック・サロン ティファニー
 にっこりと微笑んでいるのは、トップモデルのクリスティである。
「看板はいいんだけどねえ……。」
 フェイスマンのぼやきかと思いきや、エンジェル。この看板に釣られて、エンジェルは“ティファニー”に足を踏み入れ、そして、そんなこんなでこうなってしまったのであったわけであるからこそ、看板を見つめるエンジェルの瞳には悔恨の念が渦巻いているのであった。
「さて、入ってみようじゃない。」
 腹の肉をダプンダプンさせながら、ハンニバルはエステティック・サロンの自動ドアに向かった。それに続くエンジェル、フェイスマン、マードック、そして荷車に乗せられた、眠ったままのコング。ドナドナドーナードーナー、コングを乗ーせーてー。
「らっしゃい!!」
 威勢のいい入店挨拶にビビるAチーム。
「約束通りAチームを連れてきたわよ、ロレンソマルケス。」
 ロレンソマルケス・ロスアラモス、愛称ロリス、女装をするとロレーヌと言われる経営者は、135キロの巨漢。カウンターの上には、ウェルカム・キャンディが積まれている。そもそもエステティック・サロンを開くタイプではない。
「待ってたのよAチーム。エンジェル、あなたって友達甲斐のある人ね。」
 ――オカマ。そうか、それなら開くかも。
「お招きに与かりまして、痩せに来ましたよ。いや、俺は別に太りすぎてるわけじゃないんだが、困ってる人を放っておけないのがAチームなもんで。体型に問題がある3名を連れてきた。」
 ハンニバル……。
「そうねえ……。」
 4人を上から下まで見つめ、ロリスは腕を組んだ。
「まあ、まずはカウセリングね。それぞれに理想ボディラインを割り出して、目標を設定してもらいましょうか、Aチーム。」
 エンジェルそっくり。気が合うわけだ。
「うちで最も優秀なカウンセラーを4人用意したわ。」
 もう、すっかりロリスのペースだ。フェイスマンが控え目に口を開いた。
「あのー……ここってカウンセラー、何人いるの?」
「4人よ!」
 胸を張るロリス。その姿はいっそ清々しい。
「さあ、カウンセリング・ルームへどうぞ。」
 掌を上に向けポーズを取るロリスに、Aチームはおとなしく従ったのだった。



*2*

「で、あなたはご自分のボディにどのようなご不満をお持ちなんでしょうか?」
 そわそわと落ち着かないマードックに向かうカウンセラーAは、真面目腐った女だった。
「別にー。」
「あえて。」
「……額。」
「はい。」
 カウンセラーAは大きく頷き、カウンセリング用個室の椅子から立ち上がると、マードックを促し、別の部屋に入っていった。
 その部屋のドアに貼られたプレートには、おどろおどろしい文字で『ヘアー・サロン』と書かれてはいるものの、中の様子は、マードックのかつて知ったる、今も知ってる精神病院の処置室のようなものであった。



「で、君は自分のそのエクセレントなボディのどこが不満なのかい?」
 目覚めたばかりのコングと向き合うカウンセラーBは、ナイスガイだった。
「特にねえな。」
「あえて。」
「筋肉のキレが今一つだな。今日はまだ牛乳飲んでねえからよ。」
「はい。」
 カウンセラーBは大きく頷き、カウンセリング用個室の椅子から立ち上がると、コングを促し、別の部屋に入っていった。
 その部屋の入口には、爽やかな文字で『トレーニング・ルーム』と書かれてはいるものの、中の様子は、大学のアメフト部のロッカー・ルームのような汗臭さであった。



「で、君はその微妙にゆるみを持ったボディのどこが不満なのかね?」
 口元に笑みを湛えながらも不安そうなフェイスマンの正面に鎮座するカウンセラーCは、プロフェッサー風。
「えっと、いや、その、ちょっとたるみかけたとこかなー、なんて。」
「なるほど。生活のたるみが身体に如実に現れておる。だが安心したまえ、この場合の処置方法は、当サロンが最も得意とするところだ。」
 カウンセラーCは重々しく頷いて立ち上がると、フェイスマンを奥の小部屋に導いた。
 その扉にかかっている札には、きちんと楷書で『栄養指導室』と書かれている。しかし、中の様子は……そう、高校の家庭科室と思っていただければよろしい。



「でー? ん、どこが気になるって? ん、ん? あ、腹ね。それと顎ね。いやー、ちょい待ち……全部だね。」
 カウンセラーDは、脳ミソの足りない自称大学生のような、コゲコゲの肌をした青年だった。ハンニバルに一言も言わせず、自分の判断だけでカルテに書き込んでいく。
「えっとー、顎下5センチ、腹30センチ、腕回り10センチ、尻20センチ、腿15センチっと。」
「もしかして、それ、そんなに痩せろってこと?」
「もち。」
「そんなに太っていると?」
「そう。」
 遺憾に思いつつも、ハンニバルはガキに促され、金色のゴシックで『トータル痩身ルーム』と書かれたドアを嫌々押した。
 そこは、あたかもSFの世界であった。この設備にして客を太らせるとは、なかなかのテクである。何か秘密があるはずだ。



*3*

 ヘアー・サロンには最新の機器が揃っていた。
「まず、洗髪には1○1シャワー。あの幻の妙薬1○1をふんだんに含んだお湯で、頭皮に刺激を与えつつ洗うの。」
 カウンセラーAが、得意気に伸びるボールペンで機械を示す。
「へえ、すごいや。」
「でも、それだけでは成果は今一つ。そこで当サロンでは、ワカメの細切りを1○1水と共にシャワーの口から噴出させるという画期的なシステムを開発したの。しかも、頭皮に適度な刺激を与えるため、ハラペーニョ・ソースを加えて。」
「……ハラ……ペーニョ……。」
「さ、洗髪台に頭を出して!」
 カウンセラーAは、マードックの(残り少ない)頭髪をむんずと掴むと、その頭を洗髪台に突っ込んだ。
「ち、ちょっと待っ……。」
 ジャアアアー!
 シャワーからワカメ水(ハラペーニョ入り)流出。
「ぎゃあああ〜!!」
 マードックの叫びは、それぞれの部屋で処置を待つ残り3人の耳にも届き、不安を増量させた。
 危うし、マードック! 髪は増えるのか!?



 トレーニング・ルームでは、コングがわけのわからない機械にセットされ、戸惑いを隠せない。それは、ちょっと見にはルーム・サイクル。しかし、怪しいコードが何本も接続され、なぜかヘルメットまでついている。
「何でい、これは?」
「マルチメディア・ルーム・サイクル。」
 腰に手を当て、得意気なカウンセラーB。
「ここを漕ぐと、それに応じた風景がヘルメット内のスクリーンに投影される。因みに電力は、漕いだペダルで自家発電。それで、これはここだけの話だけどね、最高出力になると、ちょっとHなフィルムが見れることになってるから。」
 爽やかにカウンセラーBは説明した。Hなフィルムなんて興味ねえよ、とコングは思ったが、あえて口には出さない。
「じゃ、ヘルメット被って。」
 カウンセラーBは、コングの頭にヘルメットを乗せようとした。が、入らなかった。ヘルメットが小さすぎるのか、コングの頭がでかいのか。
「別にヘルメットはいらねえよ。」
 コングは黙々とペダルを漕ぎ始めた。その途端、ネオンライトが輝き、BGMが流れ始める。妙なインド音楽と、サイケなネオン。2、3分もすると、コングの脳ミソは麻痺し始め、ラリラリ状態となるに至る。しかし、それでもペダルを踏み続けると、ルーム・サイクルから微量な電気が発され、10分後にはコングの脳も身体もシビシビになって、足腰立たなくなっていた。遂に、コングの身体はドッタリと床に落ちた。
「それじゃ次は、余分な脂肪を溶かしてしまいましょう。」
 床上のコングに得体の知れないシートをかけ、シートから続いている謎のコードを壁面の穴に突き刺す。スイッチをぱちっと入れると、シートが異様なまでの高温になる。コングが全身麻痺でいるのは、不幸中の幸いと言えよう。
 危うし、無言のままのコング! 筋肉のキレはよくなるのか!?



 栄養指導室の丸椅子に座らされたフェイスマンは、黒板に板書するカウンセラーCを、ぼーっと見つめていた。
「であるからして、以上の論理により、君は糖分、換言すれば炭水化物の摂取過剰により、たるんでしまっていると思われる。そこで、君には、私自らが調理した健康食を飲食していただく。もちろん、長年続けていくことも大切ではあるが、君には特別に、数日で効果覿面の即効性健康食を調合してあげよう。」
「はあ、どうも。」
「しばし待て。」
 プロフェッサーもといカウンセラーCは、おもむろに机の下から鍋を取り出し、火にかけた。鍋の中には、澄んだ液体が入っている。
「スープですか?」
「そう、スープ。」
 鍋が熱されるに従って、異常にいい匂いが漂ってくる。
「あ、いい匂い。何のスープ?」
「野菜スープだ。10種類の野菜と、10種類の野菜でない物が入っている。」
「中身を教えてほしいんだけど。」
「うむ。まず野菜だが、チコリ、ウド、タデ、生ゴボウ、ユリ根、京ニンジン、チシャ菜、野ゼリ、モロヘイヤ、ズッキーニ。」
「ふーん。じゃ、野菜でない物は?」
「コンニャク、ウドン、トウフ、ナットウ、タコ、モツ、カエル、アン肝、砂糖、そしてバニラ・エッセンスだ!!」
 フェイスマンは、今から飲まされる物のことを考えて、頭を抱えた。
「君、心配しなさんな。これが結構効くのだ。」
「……飲むだけで痩せるの?」
「無論だとも。これから2週間の間、通常の食事は一切摂らず、このスープを1日8リットル飲み続けてみたまえよ。2週間後の君は、別人のように変わっている!」
 ……そうだろう、それは。
 危うし、フェイスマン! 飲んだら下すぞ、きっと。



 さて、トータル痩身ルームのハンニバル。紙のシーツを敷いた簡易ベッドに横たわったハンニバルは、ガラスのカップを腹一面に押しつけられ、複雑な表情だった。脂肪吸引カップである。
「それが終わったら、揉み出しマッサージね。」
 ゴム手袋をはめたカウンセラーDが、両手をワキワキさせながらやって来る。
“ひー。”
 ハンニバルは声にならない悲鳴を上げた。50万ドルへの道は険しい。我慢を知らずに育ってきたハンニバルは、この状況を乗り越えるべく、楽しいことを考えることにした。
 吸引カップが腹の肉をちゅうっと吸う――1万ドル。腕の肉がローラーでぼゆぼゆされる――2万ドル。顎の下の肉がカウンセラーDによって揉まれる――3万ドル。太モモの肉がベルトでばうばうされる――4万ドル。以下略。
“50万ドルに達した時、俺は解放されるんだ!”
 それだけがハンニバルの救いであった。
 そしてメニューは進み、ハンニバル計算で50万ドルが達成された。
「これでよし!」
 カウンセラーDが、ハンニバルの腹からカップを外した。
「これで終わりかい?」
 やれやれと思うハンニバル。
「いや、もう1つ、特別なのがあるんだ。」
「特別なの?」
「ああ、これで腹の脂肪ともオサラバという、素晴らしき装置。」
 カウンセラーDがそう言い終わるか終わらぬかのうちに、寝台に横たわったままのハンニバルの手足に、鉄の手枷足枷がはめられる。
「何だい、こりゃ?」
 あくまでも冷静なハンニバル。
 ウイ〜ン!
 天井が開き、アームが2本伸びてくる。アームには、それぞれ極太の注射器が握られていた。
「……注射は苦手でね、やめてくれないか。身体に変な物を注入されてはたまらん。」
「注入はしないよ、おっさん。“注出”するんだ。」
「注出?」
「そう。その注射器、1本10リットル入る。あんたの脂肪をこれで吸い出すのさ。」
「ごめんだね。苦労して育て上げたこのグレートな腹の肉を、そう安々とは他人にやれんね。」
 もがくハンニバル。でも、もちろん手枷足枷は外れない。
「貰っちゃうもんね。」
 ほくそ笑むカウンセラーD。どーなる、ご老体!!



「そんなことはさせないわ!」
 バン! と扉が開き、カツン! とハイヒールが床に響いた。
「あなたは……えーっと、オーナーのお友達の……。」
「エンジェルよ! 愛と正義の美少女戦士と呼んでちょうだい!」
 どこで覚えてきた、その台詞。
「施術中なんですが……外してもらえませんか、エンジェルさん。」
 一応、敬語らしきものを使うカウンセラーD。
「そういうわけにはいかないわ。今、その台の上で腹部の膨らんだ伸しイカみたいになってるのは、私の昔からの知り合いなのよ。痩せさせるのはいいけど、脂肪注出は、絶対にダメ!」
「ダメと言われましても……。」
「だって、ソレじゃ美しくないもの。お客を呼べないわ。」
 その後ろで、ハンニバルが力強く頷いている。
「大丈夫。ナイショにすればいいんですよ。この人には、しっかり口止めして。」
「あっ、そーか。それもそーね。じゃ、お願いするわ。」
 エンジェルは、カウンセラーDに言いくるめられて、あっさり退場した。
「あ……エンジェル、ちょっと……。」
 口をパクパクさせるハンニバル。
「さあ、じゃ納得したところで、さっさと済ませちゃおーな、注出。」
 カウンセラーDはコンソールを操作しに戻り、注射器がゆっくりとハンニバルの腹を目指して下りてきた。
――!!」
 ――暗転。



*4*

 『ムーン・リバー』が静かに流れる“ティファニー”の待合室には、口元だけがにこやかなロリスと、彼に釣られて歪んだ笑顔を浮かべるエンジェル、そして、生え際さらに後退、ついでに部分ハゲのマードックと、ユデダコ顔で全身ミソ臭いコングと、まずいスープを無理矢理に漏斗で流し込まれて腹パンパンのフェイスマンが、ソファに並んで座っていた。
「げぷ……コング、ミソ臭いの何とかしてよー。」
 今にも口からスープが流れ出そうなフェイスマンが、コングの方を向き、鼻を摘んだ。
「何とかしてもらいてえのは、こっちの方だ。ジャパニーズ法とか言いやがって、火傷の上にミソ塗られちゃたまんねえぜ。」
 脂肪のみならず筋肉まで高温でたるみ切ってしまったコング。
「それにしても、モンキーの頭ったら何でえ。まるで、恐山みてえに荒涼としてんじゃねえか。」
 ニヤニヤとマードックの頭を見つめ、コングはその哀愁の額をびたびたと叩いた。
「もう……放っといて。」
 目頭を袖口で押さえ、マードックがぽそりと言う。
「何て言うか……このサロンがダメなわけ、私わかった気がするわ、ロリス……。」
「そう? やっぱりそう思う? あたしも……思ってたの、この商売、向いてないんじゃないかって……。」
 寂しげに微笑むロリス。
「……でもね、せっかく始めたこの商売、やめる決心がつかなくて。」
 ロリスの瞳から、涙が1粒零れた。
「それじゃ、げっぷ、ロリス……。」
 フェイスマン、苦しそう。
「そう、皆さんを呼んだのは……引導を渡してもらうつもりだったの……。ありがとう、Aチーム。やっぱり、あたし、エステティック・サロンを廃業するわ……。」
 ロリス、そんなことだけのために50万ドルも費やしてAチーム呼んだか……。この男が決心をつけるためだけに、俺たちはこんな……ハゲて、火傷して、タプタプで……。
「やあ、みんな、お待たせしたね。」
「ハンニバル!?」
 ガラス戸をキイッと開いて、爽やかに登場したスリムなナイス・ミドル……その男、ハンニバル。
「いやあ、半信半疑だったけど、全くこのサロン、効果あるねえ。」
 スリムになっただけでなく、ハンニバル、心なしかお肌の色つや、張りも戻っているようだ。
「何で……?」
 呆然と呟くフェイスマンに、ハンニバルが胸を張る。
「そりゃ当たり前。私ゃ、辛ーい修行に耐えた!」
“俺たちも耐えたんだけど……。”
 その言葉を飲み込む3人。フェイスマンに至っては、どうしても逆戻りしてくるスープをも飲み込む。
「5人が5キロずつでなく、1人で25キロ痩せても、報酬はいただけるのかな?」
 気のせいか幾分細くなったような指先で葉巻を弄びながら、ハンニバルが尋ねる。
「ええ、もちろん。」
 ロリスは、こくこくと頷いた。
「25キロも痩せられて、さらに50万ドル貰えるとは、いや、嬉しいねえ。」
“50万ドル……1人当たり12万5000ドル……エンジェルが入ったとしても1人10万ドル……ならいいか。”
 今までの痛みも苦しみも、10万ドルとなれば話は別。それで、ちゃんとしたエステに通えばいいのだから。カツラだって、いくらでも買えるし。
「ねえ、あなた……ハンニバルさんでしたっけ、当サロンのモデルになりません?」
 ハンニバルの傍にずいっと寄り、屈んだ姿勢のロリスが上目使いに言う。ちょっと、目がハート型。
「モデルだって?!」
 Aチーム一同が、口を揃える。
「ロリス、げぷ、廃業するんじゃなかった、げっぷ、の?」
「だって、こんなに美しくスリムになるなんて!! やっぱり、あたしの理論は正しかったのよ!! ね、ハンニバルさん?」
 目をキラキラさせて、ロリスが言う。
「ああ、確かに俺はスリムになった。だがロリス、やっぱりこの痩身法、よくないと思うよ、身体には。」
 そう言ってシャツを捲り上げるハンニバル。確かにスリムになっている。
「……何も問題ないんじゃ?」
「これを見てくれ。」
 ハンニバルが後ろを向いた。
「え?」
「はあ?」
「何、それ?」
 呆気に取られてハンニバルの背中を見つめる一同。……ハンニバルの背中には、脂肪を注出されて余った腹の皮が引っ張られて、折紙よろしくガムテープで止めてあった。
「こりゃ、ひでえや。」
「……ダメね、やっぱり。」
「ダメだと思うよ、げぷ、やっぱり。」
「ハゲよりひどい。」
「……というわけだ。俺は失礼する。」
 と、ハンニバル。
「ハンニバル、どこへ?」
 エンジェルが、ハンニバルの背中に呼びかけた。
「注出した俺の脂肪を腹に戻してもらう。麻袋よりビア樽の方がマシだと思うんでな。さ、カウンセラーD、戻してもらおうか、俺の肉。」
「……はい。」
 がっくりと項垂れるカウンセラーD。泣き崩れるロリス。



 ハンニバルとカウンセラーDが、トータル痩身ルームから戻ってきた。2人共、神妙な面持ちである。
「ハンニバル、何かまだ少し痩せてない?」
 エンジェルが首を捻る。
「そう言えば、腹の辺りが……そう、5キロほど少ないような……。」
 目を細め、目測するマードック。
「どうしたの、げぷぅ。」
 答えを期待している5人の視線が、答えを言いたくない2人に突き刺さる。
「話した方がいいんじゃないっスか?」
「話してもいいのか?」
「俺は構いませんけど。」
「じゃ、話そうか。」
「でも……。」
「ああ、そうだな……。」
 2人の間で、わけのわからないやり取りがあった後、意を決したようにハンニバルが顔を上げた。
「それじゃ話そう。だがフェイス、聞きたくなかったら聞かないでいい。」
「え……何で、げっぷ、俺が?」
 名指しされたけれども、何が何だかわからず、嫌な予感すら漂わないフェイスマン。
 一瞬の沈黙が過ぎ去り、ハンニバルが口を開いた。
「カウンセラーCが俺の脂肪5キロを盗んでスープにしてしまったんだ。」
――!!」
 聞くなり、口を押さえてトイレへと走るフェイスマン。さっきフェイスマンが飲まされたスープに人油は入っていなかったといえども、気分的に気持ち悪いわな、やっぱり。多分、鍋は同じだし。
 そんな彼を見送るみんなの眉も、彼と同じくハの字になっていた。



*5*

 午前1時。Aチームは今、ニューヨークからロサンゼルスへと向かう長距離列車中の人々となっていた。
 ハンニバルとフェイスマンの個室。
「50万ドルは貰えなかったけど、交通費弾んでもらえてよかったよね。ペッ。」
 洗面台に胃液を吐きつつ、フェイスマンが言った。
「結局、5キロも痩せたのか。帰ったら、しっかり食べて太らないとな。」
 2段ベッドの下の段で横になっているハンニバルが呟く。身体中の脂肪を出し入れされたおかげで、今になって節々が痛んでいるのだった。
「俺も吐き続けてたから、8キロくらい痩せちゃったよ。」
「……2人合わせて13キロか。」
 ハンニバルとフェイスマンは顔を見合わせ、隣のコンパートメントの2人を呼ぶべく、近隣の迷惑も顧みず、壁を乱打した。
「コーング! モンキー!」
 2分後。
「何なの、こんな夜中に。せっかくシリトリしてたのにさあ。」
 コンバースの踵を踏んだ、ロングTシャツ姿のマードックと、短パン一丁に裸足のコングが現れた。
「お前たち、一体何キロ痩せた?」
「抜けちゃった髪の重さと、流した涙と鼻水で、1キロってとこかな。」
「俺ぁ、ぴったし10キロ痩せちまったぜ。」
 フェイスマンがそれを聞いて、電卓のキーを叩く。
「5+8+1+10=24キロ。……あと1キロだよ、ハンニバル。」
 あと1キロで50万ドルが手に入るというのに。
「今、何時だと思ってんの? 静かにしてよ、もう……。」
 色気のないパジャマ姿(ホルスタイン柄)のエンジェルが、ノックもなしにドアを開いた。
「ごめん。あと1キロ痩せてたら50万ドル貰えるとこだったから……。」
 しょげ返りついでに謝るフェイスマン。
「えーっ! そうだったのーっ!?」
 エンジェルの大声に、Aチーム4人は“シーッ”のポーズを取る。
「ハンニバルが5キロ、俺が8キロ、モンキーが1キロ、コングが10キロ痩せたから、トータルで24キロなんだ。」
「あら、フェイス、私も2キロ痩せたんだけど。」
「本当かい?」
 男声4部合唱。
「ええ。あなたたちが処置室で苦しんでる間に、私もロリスに全身マッサージとパックをしてもらったの。」
「それじゃあ、24+2=26キロで……50万ドル貰えるよ!」
 電卓を持つフェイスマンの手が、久々の入金予定に震えている。
「よし、早速ロリスに連絡だ。エンジェル、頼んだぞ。」
「何で、私が?」
「それはな、エンジェル、我々は“ティファニー”の住所も電話番号も知らないからだ。……じゃ、よろしく。」
「よろしく、って……みんな、これからどうすんのよ?」
「決まってるだろう、寝るんだよ。今、何時だと思ってるんだ?」
「おやすみ、エンジェル。」
 ×4人。
 コングとマードックは自分たちの個室に戻り、ハンニバルとフェイスマンの個室のドアにも鍵が下ろされた。
 廊下に1人佇むエンジェル。しばらくはその場で悪態をついていたが、手帳(アドレス帳つき)と小銭入れを取りに戻り、その後、ぶつぶつ文句を言いながらも、車内公衆電話を探しに出たのだった。
【おしまい】
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