Need Training Day After Day
ふるかわ しま
 テンプルトン・ペック氏は、目下、雲梯から下がっている。進むでも戻るでもなく、ただ下がっている。雲梯の高さは3メートル弱、にっちもさっちもいかないのなら落ちてしまえばいいものを、律義にも歯を食いしばり耐えている。彼の出で立ちは、白のタキシード(40万円)と赤のボウタイ、靴はクロコダイル。そして、雲梯の下は沼であった。クリーニング代を考えると、落ちるに落ちられないのである。
 B.A.バラカス軍曹は、もっと先に進んでいた。25メートルの沼雲梯を30秒で終了し、次の“山中駆け巡り2キロメートルコース”も快調に飛ばしている。ゴールドチェインをジャラジャラ言わせ、ウホウホと山中を駆け巡る姿は、さながらゴリラン・キング。しかし、コースは彼には狭すぎたので、木々は倒れ、彼の後ろには一際広い獣道1本ができ上がることになった。
 ハウリング・マッド氏は、さらに先に進んでいたはずであった。が、アスレチックコースを終了し退屈し切った彼は、テンプルトン氏の後ろにぶら下がり、氏の胴体に両足を絡めて揺さぶるという嫌がらせに興じていた。もちろん、奇声を上げながら。
 そんな3人を、仮設テントの放送席(?)からじっと見つめている御仁がいた。ジョン・ハンニバル・スミス大佐、年齢不詳。渋い顔でハバナ産の葉巻に火を点ける彼の額には、前髪が汗で貼りついている。
 ロサンゼルス郊外の山中に忽然と、しかも秘密裡に出現したAチーム専用アスレチックコースの気温は35度。並の人間なら音を上げるところだが、並の人間は普通、神出鬼没を生業にはしないものなので、並でない3人は(1人を除いて)有能なる指揮官の指導の下、楽々と訓練をこなしていた。が、しかし……!!
「やはり何かが足りない。」
 ハンニバルは呟き、立ち上がると、胸にぶら下げていた銀のホイッスルを思い切り吹いた。
 ピ――――――――――――――――――――――――――――――
「集合!!」
 叫ぶ大佐。
 ――1分後、兵士1名帰還。
「点呼!」
「1!」
 コングが怒鳴る。
「よし! 軍曹、残りの2人はどうした?」
「雲梯で遊んでやがる。」
「集合!」
 再度、大佐が叫ぶ。
 マードックがその声に気づき、フェイスマンの胴体から足を解いた。力尽きた白スーツの男は、雫が垂れるように沼に落下した。どうやらマードックに支えられていたらしい。
「駄目だな、ありゃ。」
 B.A.バラカスが吐き捨てる。
「……その通りだ。この訓練には何かが足りない。……今日はこれで解散する。明日も朝6時より訓練を始めるから遅れるなと、モンキーと沼男に言っといてくれ。」
 そう言い残すと、ハンニバルはくるりと踵を返し、去っていった。



 ――その夜。
 ジョン・スミス大佐の部屋は、紫煙で10センチメートル先も見えない。ご老体はノートを開き、腕組みをして、何事か考え込んでいる。見開かれたB5判のノートには、横に2本の線が引かれ、白いページを3等分している。左端には、それぞれT(ンプルトン)、B(ラカス)、M(ードック)のイニシャル。そして、ノートの上部には『長所』『短所』『効果的訓練方法』。
「まず、フェイスマン。」
 と、ハンニバル。
「長所は、口八丁手八丁。短所は、根性がない。これだな、うん。根性を鍛えるには、やはりハードなサーキット・トレーニングだ。」
 T−訓練欄に circuit training, 5 hours と記入する。
「次に、コング。長所は、正義感、メカニックの技術、体力。短所は、飛行機嫌い。これはやはり“習うより慣れろ”だろう。」
 B−訓練は、セスナによる曲芸飛行搭乗。
「そして、モンキー。長所は……ヘリの操縦テクニック。奇天烈な発想。短所はズバリ“落ち着きがない”。」
 既に小学校の通信簿状態である。
「落ち着きを身につけるには……アレだな。」
 M−訓練は、Japanese tea ceremony ……それは茶の湯。
 記入の終わったノートを眺め、満足気にほくそ笑むハンニバルであった。因みに、ノートの表題は『最強戦士育成計画』。



 翌朝、6時。
 ロス郊外山中に忽然と、しかも秘密裡に出現したAチーム専用訓練場、とセスナ1機、と茶室と日本庭園。
「何を始めるつもりでい。」
 セスナを目にした途端、機嫌が悪くなるB.A.。
「やっほー、ヒコーキってことは、今日は操縦訓練だね。俺様の曲芸飛行を見たら、どんな名パイロットもタジタジよ。」
「モンキー、お前じゃない。ちゃんと操縦士は呼んである。それに、お茶の先生もだ。既にセスナと茶室でスタンバってもらっている。」
「……お茶の先生って、美人?」
 フェイスマンは事態を理解してません。
「日本人なので美醜の判別がつきにくいが、割といいセンいってる。だがフェイス、お茶を習うのは、お前じゃない。」
「ハンニバル、今日の訓練って一体……?」
 不安そうなB.A.。
「今日はな。」
 一息つくハンニバル。
「今日は?!」
 声を揃える3人。
「お前たちを最強の戦士に変身させてやる。題して『好き嫌いはいけません/苦手克服大作戦』だ!!」
 腰に手を当て胸を張るハンニバル(胸より腹の方が出っ張っていることは言うまでもない)。
「冗談じゃねえ! 俺は死んでもセスナなんか乗らねえぜ!!」
 コングが叫ぶ。
「ねえ、ハンニバル、俺はセスナじゃないの?」
 マードックが問う。
「俺は? ねえ、日本美人(って誰が言った?)とティータイムって、俺にピッタリじゃない?」
 フェイスマンも言う。
「まあ、待て。」
 と、場を制するハンニバル。
「今から今日のメニューを説明する。一度しか言わないから、よく聞くように。まず、フェイス。」
「うん?」
「お前の短所は、根性と体力のなさだ。したがって今日のお前のメニューは、昨日通り、アスレチックコースのサーキット・トレーニング5時間だ!」
「えー!! また? 俺もう昨日のトレーニングで足腰ボロボロ、もう限界。これ以上やったら病気になっちゃうよ。」
「却下! 次にコング! お前は何が何でも、飛行機に慣れてもらうぞ! セスナによる曲芸飛行1時間!」
「何をっ!?」
 憤るB.A.バラカス。
「反抗しても駄目だぞ、コング。今後もAチームの一員としてやって行くならば、今日の訓練は是が非でも受けてもらう!」
「俺は死んでも……。」
「次に、モンキー! お前はもう少し落ち着かにゃならん。今日はみっちり茶の湯に親しんで、落ち着きと慎みを身につけてもらう。」
「ひゃっほう、茶道ってお菓子が出るんだよね。」
 わかってないぞ、こいつ。
「開始は15分後! 各自、衣装(?)に着替えてトレーニング開始だ! 逃げるなよ、コング! 解散!」
 あっさりと解散する3人。Aチームって、こんなに素直だったっけ。



 30分後。
 放送席で3人の訓練を見守るご老体は、満足気だ。
 セスナは飛んでいる。それも、宙返り、錐揉み、垂直落下など、超テクな曲芸飛行を見せて。
「コング、頑張ってるなあ。」
 茶室は静かだった。鹿威しの音が響き、奇声も妙な物音も聞こえてこない。
「モンキーの奴、心を入れ替えたらしいな。感心、感心。」
 アスレチックコースでは、紺に2本線のトレーニングウェアにタオルで頬っ被りまでしたフェイスマンが、黙々とメニューをこなしている。心なしか、体つきも逞しくなったように見える。
「ほほう、フェイスもなかなかやるじゃないか。どうやら、苦手克服大作戦は成功のようだな。さすが世界一のリーダー、自分で自分を褒めてやりたいね。」
 ハンニバルは満足気に呟いた。



 が、しかし――
 コングは、飛行機には乗っていなかった。フェイスマンは、アスレチックコースを走ってはいなかった。マードックも、もちろん茶室にはいなかった。
「うひょー、快適快適。今度は4連続大回転の後、垂直落下するから、お兄さん、しっかり掴まっててねー。」
 パイロットは猿轡を噛まされ、後部座席に転がっていた。操縦席の男の額が、太陽の光を受け、輝いている。
「結構なお手前で。ところで君、今夜ヒマ?」
 茶道とは、密室の儀式。キモノ姿の男と女主人の間には、妖しい空気が流れ始めていた。
 山中アスレチックコースを走る男の後には、一際広い獣道ができ上がっていた。
「今夜は、ご褒美に何か美味いもんでも食わせてやるか。」
 満足気に微笑む名指揮官は、明らかに自分の部下たちの特性を2つ見落としていた。Aチームの集団としての特性――それは臨機応変、そしてチームワーク。
 苦手克服大作戦は、失敗に終わった。
【おしまい】
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